時空間魔術。
周囲を岩山に囲われた場所。魔物に見つかりにくいであろうその位置に、エリスが結界魔術で不意の侵入を防ぎ、さらにトモエが幻想魔術を用いて外からはシオン達の姿が見えないように仕掛けを施して野営地とする事にした。元々この場所にも魔物が巣食っていたのだが、皆でサクッと倒していたりする。
これだけ周到にこの場所を隠しているのだから滅多な事では外の魔物には見つからないだろう。とはいえやはり絶対とは言えないので最低でも一人は見張りは必要か。
この結界や幻術の維持については、トモエが魔石を用いて術者が寝ている間も持続できる技術があるらしく、先程その術をエリスに教えていた。便利だな魔術って。
今日のところはここで一晩過ごし、明日ダンジョン探索を再開するつもりだが、来る前にアユミが一日目に行く目標にしていた二階層に到達したわけではない。いや、実のところ二階層への階段は目前の位置にあるのだが、前情報で二階層の環境は休憩するには適していない地形だという事を知っていたので、その手前であるこの場所で一晩休んでから二階層の攻略に挑もうとトモエと提案した結果だ。アユミは二、三程小言を吐きつつも同意した。
そんなわけで、今日はこの場所で休憩だ。ダンジョン内では空模様は変わらず曇り空だが、外ではもう日が暮れている頃合いのはずだ。
アユミの目標の手前でこそあったが、事前に調べていた限りでは、この探索の進行具合は過去に例がなかったはずだ。理由はやはりこのパーティーの実力の高さ。ダンジョンの構造自体は今のところ他のダンジョンと大して変わらないので、攻略の難易度は出現する魔物の強さが理由だったようだ。
マンティコアやクエレブレとの戦闘以降も何度か魔物と遭遇したが、どの魔物も危険性の高いものばかりだった。だがこいつらは当たり前のように苦戦する事なくそれらの魔物を倒し続け、大した時間を取られる事なく進行を続けてきたのだ。一般的な冒険者パーティーならばとうの昔に半壊し撤退を余儀なくされている事は想像に難くない。
この野営地にしてもそうだ。あれ程危険な魔物が闊歩するこんなダンジョン内でこれ程まで安心感のある場所を作れてしまうのは他の冒険者パーティーでは難しいだろう。本来ならば周囲の魔物に気付かれない事を祈りながら休憩しなければならず、まともに身体を休める事ができるかどうか。
さて、そんな恵まれた野営地なのだが、今シオンの目の前にはさらに常識では考えられない光景が広がっていた。
中央に置かれた長テーブルと人数分の椅子、そのテーブルの上に次々と並べられてゆく豪華な料理の数々。もちろんアユミの仕業だ。
件の時空間魔術でアユミの屋敷から使用人達に作って貰った料理を取り寄せているのだ。
「みんなお待たせ。さ、食べよ食べよ」
そして準備された料理全てを運びきったらしく、アユミが皆に席に着くよう促す。それはまるでいつものアユミの屋敷での食事時のような光景だ。ダンジョンの中なのに。場違いにも程がある。
「いやもう、この現状を他の冒険者が見たらどんな顔するだろうな」
「あはは、シュール過ぎますよね。でも美味しい食事が頂けるなら細かい事気にしないですよ」
「細かいか、これ……?」
深く考えずに次々と席に着く皆を眺め、仕方なしに肩を竦めながら自分もそれに倣うシオン。食糧に関してはアユミに任せていたのでこうなる事は最初からわかってはいたが、それでも、なあ?
「それじゃ、いただきまーす」
皆が席に着いてアユミの言葉を皆も復唱し食事に手をつけ始める。まずは前菜のサラダから口に運ぶ。うん、美味い。
「まさかダンジョンでこんなに快適に過ごせるなんて思わなかったぜ。アユミ様様だな」
「んっふっふー、じゃんじゃん褒めていいんだよ?」
マサヤに讃えられ鼻を高くするアユミ。シオン以外の三人は口々にアユミを褒めちぎりながら食事を続ける。ノリの良い連中だ。
「お前が凄いのはじゅうぶん分かったよ。戦闘面においてもな。でもお前の能力について幾つか質問したいんだが」
「んむぐ、んっ……うん、何かな?」
そんな様子が落ち着いた頃にシオンはそう切り出した。アユミは食べていた物を飲み込んでからそれに応える。
「お前が戦闘の時に使った術はどんな理屈なんだ? あんまり魔力は感じられなかったのに攻撃を防いだり、スパスパ斬り裂いたりしてたやつ」
「んあ? あれって魔法じゃねーの?」
「いや、感知した限りだと普通の魔術のような魔力が感じられなかったんだ。あれが時空間魔術なんだろうけど、仕組みが全くわからなかった」
シオンの問いにマサヤが反応したが、疑問に感じた理由を説明する。エリスの使う防壁魔術や、トモエが見せた風属性の魔術によるかまいたち現象のような術も、アユミの使ってみせた術に近しい効果を発揮できるだろうが、それぞれは魔力により構築された術式によって引き起こされる現象なので、相応の魔力の反応を確認できるはずなのだ。
だが、アユミの術にはそのような魔力が確認できなかった。
「斬り裂いてたのって、モンスターの身体を部分的に転移させていたんじゃないですか?」
「ざんねーん、不正解。時空間魔術は自分以外の生き物は転移できないからね。答を言うと、防御した時も斬り裂いた時も同じ理屈で引き起こしていたんだよ」
エリスの想像した答を否定しながら、アユミは正解を語り始めた。
「空間と空間の間に『層』みたいなのを作り出したの。その層を隔てた空間は、物理的な干渉が不可能な状態になるんだ。身を守った時はそれが理由。そしてその層は例え物質が間に挟まっていても作り出す事が可能で、物質に差し込むように層を出現させたら、その物質は真っ二つに分かれちゃうってわけ。斬り裂いてた理屈はそんな感じ」
アユミは手にしていたナイフとフォークを置き、手と手を合わせながら説明をした。
層……? わかるようなわからないような……。
「……えっと、干渉不可能って、どんな衝撃を受けてもですか?」
「うん。物理法則に従っている以上は突破は無理だよ」
「差し込む物質の硬度に限界は?」
「ないよ。空間そのものを操作しているからね」
「……やばすぎませんかそれ?」
アユミの説明を聞いてその内容について幾つか質問をしたエリス。そしてその質問への返答を聞き、驚愕する。
あのエリスが、チートってやつの代表みたいな奴がやばすぎる、と発言した?
「えっと、つまりアユミさんの作り出すその層は、絶対に破壊されない盾で、どんな物でも斬り裂ける術なんだそうです」
エリスがいまいち理解できていなかったシオンやマサヤに簡単に解説した。おい、何だその子どもが考えたような最強設定は。
「だっはははは! 何だそりゃ!? 最強過ぎるだろ!」
「やー、アユミさんの能力は何となく凄いのは薄々勘付いていましたけど、予想を遥かに上回ってましたね。本物のチートですよ」
説明を聞いて笑い出してしまうマサヤ。何故。
エリスの様子を見る限り、アユミの使った「層」とやらは誇張でも何でもなく本当の事のようだ。マジか。強過ぎるどころの話ではないだろ。
「あー、一応時空間「魔術」なんだから自分の魔力を消耗しているんだよな? そんなに凄いならやっぱり消費する魔力も馬鹿にならないんじゃないか?」
次に気になったのはその魔術の燃費だ。使用しているところを目にした限りでは詠唱等の手間なく即座に発動していたように見えたが、問題は消費する魔力量だ。もし燃費の悪い術だったとしたら切り札としての運用にせざるを得ない。
しかしその問いに対してアユミは、
「うん? や、全然?」
「は?」
「時空間干渉が可能なら消費する魔力は僅かで済むのも利点なんだ。そもそも、そんなに魔力を使っていたならシオン君も感知能力で看破できてたでしょ? 君が魔力を感じなかった理由はそのまま。使用した魔力が限りなく低かったからだよ」
時空間魔術の燃費について説明し終えたアユミは、食事を再開し「あむっ」と香辛料の効いた肉料理をかじる。
「あー、倒したモンスター達を片っ端から転送してたの、見てた時はあんなに時空間魔術使ってて大丈夫なのかな〜って心配になっちゃいましたけど、苦にもならない程度の消耗だったんですね」
「まあね〜。むぐむぐ」
そう、アユミはここまでの道中、マンティコアやクエレブレを始めとした、皆が倒した魔物の遺体全てをその時空間魔術で転送していた。話によると、転送先は屋敷で、使用人達に解体、換金させているのだそうだ。生き物は転送できないが息絶えているならば問題ないのだとか。本来ならば見限らなければならない多くの魔物のドロップアイテムを余す事なく回収しているというわけだ。
しかしまあ、使用人達は料理の件といい本当にご苦労様だな。
その数は既に相当なうえに、見上げる程に大きな魔物も中にはいた。今の時点でどれほどの換金額に達しているのか楽しみでならないが、確かに言われてみればアユミはあれだけの頻度と質量の魔物を転送し続けていたのだから、普通に考えたら相当消耗しているのではと勘繰って当然だ。本人がけろりとしているので今の今まで気にもしていなかったが。
「最強の剣と盾、転送や瞬間移動、それら全てが魔力消耗も少なく使えるってわけか」
アユミの能力の実態を知り、驚くどころか最早呆れてしまう程。なるほど、これはエリスの言う通り次元が違う。他の異界人達は確かにとんでもなかったがその強さは言わば常識的な強さの延長線上……あ、マツリだけは異端だが。だったが、アユミの能力はもう理解の範囲外だ。とんでもなさ過ぎる。
「さて、万能なアユミの時空間魔術だが、それでも欠点はやはり存在する」
アユミの能力の説明がひと通り終わった頃に、それまで皆の反応を見ながら黙々と食事を続けていたトモエが口を開いた。
「今後共に戦う仲間としては、能力の弱点も皆に説明しておくべきではないかな?」
「ん、むぐむぐ……もちろんそのつもりだよ。まあ、欠点って言うよりは相性の問題なんだけどね」
トモエに促され、アユミは最強としか思えない能力の欠点について語り始めた。
「何でも斬り裂ける空間の層の術だけど、物理的な肉体に生命を依存しない、実体を持たない精神体の存在……精霊だとかゴースト系みたいな奴相手には全く効果がないの。普通に剣で斬りつける時のような衝撃もなくただ切り離しているだけだから、エレメント系の存在は全然ダメージを受けないんだって。すぐに元どおりになっちゃうの。ボクの攻撃手段はこれしかないから、一人でエレメント系の相手をしないといけなくなったら詰んじゃうんだよね。逃げるしかないんだ」
アユミが語った自身の能力の欠点は、相手による相性問題。エレメント系の存在に対しては極端に弱いのだそうだ。
「これからのダンジョン攻略もボクも場合によっては戦闘に参加するだろうけど、そういう相手が出てきちゃったらボクは役立たずだからそこだけは覚えておいてね?」
「あー、そういう相手を想定して他の魔術を会得しようとは思わなかったのか?」
確かにエレメント系の存在は、物理的な攻撃よりも魔術による攻撃が効果的である事は広く知れ渡っている。しかしそれでも、冒険者は気功魔術によって武器に魔力を帯びさせる等して対策を講じている場合が多い。アユミは自身の能力が通じない相手が存在する事を知っていながら、その対策を自分では何も考えていなかったのか?
「ボク、時空間魔術以外の魔術適性はからっきしだよ? あってもE判定ばっかり。みんなと違って身体能力もあんまり強化してもらってないからね? シュヘルムヴィアー神の権能は、どちらかというとマツリちゃんのイーヴィティア神の権能に近い能力特化タイプだよ」
その返答は、シオンも以前想像した、アユミの持つ権能のタイプの問題だった。エリス達の持つ神の権能は身体能力も大幅に上昇させていたが、アユミのシュヘルムヴィアー神の権能はそれがあまりないパターンだったようだ。
「ま、エレメント系以外の相手ならだいたい敵なしだから、そこは信頼してくれていいよ? 代わりにエレメント系が出てきたらみんなに頼るから、そこら辺よろしくね?」
アユミは能力の欠点も語り終えそう締めくくり、食事を再開するのだった。




