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親しき仲にも礼儀あり。

「お風呂だー!?」


 トモエの火属性魔術による明かりに映し出され、シオン達の目の前にあるのは、エリスの嬉しそうな叫び声の通り、湯気だった温水がいっぱいに浸された浴槽……風呂だった。


 目的地であるバジリスクが寝ぐらにしている洞穴に到着したシオン達一行は、早速居着いていたバジリスクをさっくり倒し、今夜の野営地とした。

 洞穴内に他の魔物がいない事を確認してから、例によって洞穴の入り口にエリスとトモエが進入防止の結界と幻術を施し、アユミが運んで来た食事を食べ終えひと息ついたところで、トモエが洞穴の奥へと一人で向かって行った。暫くして帰って来たかと思うと、今度は皆について来るように言い、案内されるがままについて行った先にあった光景がこれだ。


「エリス嬢だけでなく、皆も砂漠を超えて来た故に今宵はしっかり身体を洗っておきたいだろうと思ってな。地属性魔術と錬金魔術によって浴槽を作り、水属性魔術で上質な水を確保し、火属性魔術によって温度を高める……我が華麗なる魔法技術の前では造作もない事よ! フハハハハハ!」


 この浴場を作成した事をいつもの演技がかった口調で自慢げに語るトモエ。何しに行ってたのかと思ったら、こんなもん作ってたのか。


「作るのは良いけどさ、これで魔力を無駄に消耗しちゃって明日万全な状態まで回復できませんでした、なんて事にはならないでよね?」


「その程度のペース配分を怠る俺ではない。安心するがいい」


「ねえねえ! 早速入ってもいいですか? いいですよね!?」


 アユミに注意されているトモエに食ってかかるように瞳を輝かせながら尋ねるエリス。ダンジョン内でまともに入浴できる機会はないと思っていたのだからこの反応もやむなしか。


「うむ、構わんぞ。やはりまずはレディーファーストでエリス嬢から入浴するがよい」


「やった! ありがとうございます! ……あ、わかってるとは思いますけど、覗いていいのはシオン君だけですからね?」


「いやオレも覗かねーよ」


 相も変わらず阿保な事をほざくエリスをその場に置いて、アユミに急かされるままその場を離れ、皆で元いた野営地場所へと戻る事に。

 アユミは直前でエリスに桶とタオルと着替えを渡していた。ホント便利だな時空間魔術。

 トモエが離れると明かりはどうするつもりだろうかと一瞬思ったが、エリスは自分で光を発する魔術を発動していた。あの様子なら心配ないな。


「男女それぞれでまとめて入れるくらい大きく作っても良かったんじゃないか?」


「や、これでいいよ。どうせエリスちゃんが入ってる間は君達が変な気を起こさないようにボクが見張るつもりだし?」


 戻る途中で思いついた意見はアユミに却下された。なるほど、そういう事なら仕方ない。自分まで疑われてしまっている点は少々納得行かないが、深くは追求しないシオンだった。


「……フッ、シオン氏、マサヤよ、少し耳を貸せ」


 さて、元の場所に戻り思い思いに寛いでいた皆だったが、唐突にトモエがひそひそと小声でシオンとマサヤに話しかけてきた。あー、なんか企んでるなこいつ。


「何してんの野郎どもー?」


 そんなトモエの様子に気付いたアユミが早速声をかけてきた。


「いやいや、今のうちに入る順番でも決めておこうかと思ってな? アユミは例によって屋敷に戻って入浴するのだろう?」


「そのつもりだけど……そんな相談してるように見えないんですけどー?」


「考え過ぎだ。気にするでないフハハハハハ!」


 何故そこで笑う。言い訳下手くそかよこいつ。


「露骨に怪しいんですけど……まあいっか」


 アユミは興味が失せたように肩を竦める。いいのか。


「さて……諸君、うら若き乙女の柔肌を覗いてみたくはないか?」


 おい。


 予想こそしていたが、やはり覗きの催促だったか。下卑た笑みを浮かべながらトモエは眼鏡を光らせる。


「そりゃあ見たくないっつったら嘘になるぜ? けどよ、アユミに見張られてるんだから無理なんじゃねーの?」


「フッフッフ、何も直接浴場まで足を運ぶ必要はない。遠見の魔術と映像を映し出す魔術を組み合わせればだな……」


 マサヤの同意する反応を確認し、トモエはそれぞれの手のひらの上に魔力による魔法陣を作り出し、二つの魔法陣を合わせてみせた。

 すると、魔法陣にこの場所ではない光景が映し出された。

 それは、浴槽に浸かるご機嫌な様子のエリスの姿。


 勿論、一糸纏わぬ姿で……


「おおおっ!? いいぞいいぞ! さすがは大魔術師様だぜ!」


「フハハハハハ! この程度俺にかかれば造作もない!」


「なあ、もうちょっと角度を調整できねー? 上のほうから、こう……」


「うむ、早速やってみよう。こうして……む? シオン氏? 如何なされた?」


 シオンは映し出している映像の、視点の位置を調整しようとしたトモエの腕を掴んでいた。


「何か要望があれば痛たたたた!? 痛い! 痛いぞシオン氏!?」


「消せ。すぐにだ」


「わ、わかった! わかったから離してくれ! すまなかったこの通りだ!」


 掴まれた腕にめいいっぱいの力を込められ、その苦痛に耐えきれずシオンの命令に素直に従うトモエ。シオンが手を離すと同時に映像と魔法陣は消え失せた。


「お前らは知らないかもしれないけどな、この世界には「親しき仲にも礼儀あり」っていう格言があってだな?」


「む、その慣用句ならば我々の世界にも全く同じものがあったぞ? ふむ、類似どころか同一の慣用句が存在するとは中々興味ぶか……」


「話を逸らすな。去勢すんぞ」


「ヒェッ」


「わ、悪かったってシオン、んなに怒んなよ」


「ベツニオコッテマセンヨ?」


「片言が怖い!? すまなかった! 金輪際エリス嬢を覗こうとはしない。頼むから許してくれ!」


「なーに馬鹿やってんのさ」


 平謝りする二人と、騒ぎを聞きつけ近寄って来たアユミ。笑いを堪えている様子を見るに、事の顛末は察しているようだ。


「薄々こうなるとは思ってたけどね。これに懲りたならエリスちゃんには手を出さないほうがいいんじゃない?」


「う、うむ、肝に銘じよう」


「あー、まあ、誰だって自分の彼女にんな事されちゃあ嫌に決まってるよな。悪かったよ」


「別にそんなんじゃねぇけど……」


 反省する二人の様子に、シオンも多少は落ち着きを取り戻してきた。

 彼女とかそういうのじゃなくて。単なる正義感みたいなもんだ。きっとそうだ。


「でもお前、アユミの風呂を覗こうって流れだったら今ほど怒りはしねーだろ?」


「ん……それは……いやお前、あんな幼児体型見て興奮するか?」


「あー、それはともかく置いといてだな?」


「俺はする! むしろするぞ!」


「聞こえてるぞ野郎ども!!」


 しまった。口を滑らせた。

 自分の体型の事を気にしているアユミの目の前でその事を口走ってしまったのは失敗だった。三人は怒り狂ったアユミにこっ酷く怒鳴られ続ける羽目となった。






 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★






「ふぅ〜、サッパリしました。トモエさん、ありがとうござい……どうしたんですか皆さん?」


「い、いや、何でも……」


 入浴から戻ってきたエリスは、アユミの前で正座させられる三人を見て目を丸くした。

 どう見ても何でもなくはないよなぁ。


「あ、さては皆さん、覗き見しようとしましたね? それがバレてアユミさんに怒られているんでしょー? やーらしー。でもアユミさん、シオン君だけは見逃しても良かったんですよ?」


「もう説明すんのもめんどくせぇ……次、オレが入っていいか?」


 勘違いをしつつまたも阿保な事を言うエリスはもうこの際スルーして、シオンはため息混じりに立ち上がり他の二人に尋ねた。


「うむ、だがその前に温度の調整をしよう」


 トモエもシオンに続いて立ち上がり、シオンに着いて行く。


 それから、エリスも何故か着いてくる。


「……お前は何で着いてきてんだ?」


「お背中流して差し上げようかと!」


「いらん。さっさと寝てろ」


「そんな〜、いけずぅ〜……あ、そうだ。ねぇねぇトモエさん、魔術とかでシオン君のお風呂覗けたりしません? ぐへへへへへ」


 どこぞのデバガメと同じ発想をしてうら若き乙女とは程遠い酷い笑い声を出しやがったエリス。


 ホントにもう、何なのもう……。

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