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黒騎士、白銀の姫君と共に。

 マツリを腕に乗せた俺は、ようやく目的地であるマーコシュラス霊峰の神殿に辿り着き、足を踏み入れた。

 黒騎士の正体を知ったマツリは、もう黒騎士に乗って運んで貰う事に遠慮はせず、嬉々として乗ってきた。うむうむ、良きかな良きかな。特に感触とか。


 あの奇怪な魔物を倒した後も魔物とは遭遇せず、簡単にここまで来る事ができた。だが周囲を感知した限りでは、霊峰に生息していたらしい動物や魔物は姿を出し始めているようだった。全く魔物に遭遇しなかった理由はやはりあの奇怪な魔物が原因だったようだ。


 神殿の奥の祭壇を前に、ようやくマツリが降ろすように指示する。言われた通りにしゃがむと、マツリはぴょんと飛び降り自分の小さな鞄から本とチョークを取り出した。


「じゃあ、早速用を済ませるわ。ちょっと待っててね」


 マツリは本を開くと、そこに描かれている絵を見ながら、床にチョークで円を描き始めた。精霊を召喚する魔法陣を描くのだろう。

 興味があったのでその様子を側で眺める事にする。今から精霊を召喚し、契約を交わすのか……いいな。カッコいい。俺もやってみてー。


「時に、精霊との契約は難しいものなのか?」


 ただ待つだけではやはり退屈なので、召喚魔術について色々聞いてみる事にする。迷惑であればマツリから言うだろうしな。


「本来ならその精霊に自分が主人として認めて貰わないといけないわ。だいたいは戦闘で負かして屈服させるのがセオリーだそうよ」


「成る程……お前ならばその必要はないわけか」


 魔法陣を描く手を休める事なく俺の質問に答えるマツリ。彼女の持つイーヴィティア神の権能によって、精霊は無条件に彼女の虜になる。本当に権能との相性が良い魔術だ。


「召喚魔術についての知識があれば、我にも可能だろうか?」


「あら、ユートも召喚魔術の適性があるの?」


「黒騎士と呼べ。一応はな。確かD評価だったか」


 名前で呼ぶマツリの発言を訂正させながら尋ねる。こいつ、名を教えてからは俺の事を黒騎士でなく名前で呼んで来やがる。本当にやめてくれ。俺は黒騎士なのだ。こんな事なら名を教えなければ良かった。


「フフッ、二人っきりの時くらい良いでしょ? そうね、私以外の召喚魔術を扱える人は見たことないからよくわからないけど、適性があるなら可能だと思うわ。もちろん、術式をしっかり把握し理解しないといけないけど、そこは貴方も術者型の人だし言うまでもないわね」


 マツリから返ってきたのは、予想通りの内容だった。召喚魔術の術式さえ理解できれば、か。


「召喚魔術の適性さえあれば、お前の精霊のように強力な精霊とも契約できるのか? お前とは違い認めさせる為にその精霊を屈服させる必要があるのだろうが」


 マツリの使ってみせた、限定召喚という技術を思い出しながら聞いてみた。契約した精霊の力の一部を一瞬だけ引き出す技術。それだけの術だというのにその性能は非常に高かった。

 その元となった精霊であるサラマンダーと言えば、炎の化身と言われる強力かつ危険な精霊。上級魔術並みの炎を無尽蔵に吐き出し操れると言われている。姿を現せば街ひとつなど容易く焦土と化してしまうとか。

 もし俺もそれくらい強力な精霊を配下にできれば……夢が広がる!


「不可能ではないと思うけど、契約する精霊の「格」によって術式も高度で複雑になるわ。そもそも、契約できてもその精霊がどれほど力を貸してくれるかは信頼関係に左右されるの。契約できたからと言ってすぐにその精霊の力を自在に操れるわけではないわ。正直に言うと、他の魔術の適性があるのならそっちに力を入れるほうが手っ取り早く強くなれるわね」


 マツリの返答は芳しくなかった。仮に召喚魔術の術式を会得できても、契約した精霊の性能は信頼関係次第。術式を会得し苦労して精霊を屈服させ契約できてもまだその効果が十全ではないとは。大器晩成にも程がある魔術だ。


「……まさか、召喚魔術を主に使用する術者は珍しいのか?」


「らしいわよ? 宮殿の魔術師さん達が言うには、帝国内ではマトモな召喚術師はいないって言ってたわ」


 やはりそうか。もし術者を志すにしても、他に何も魔術の適性がない等といった理由でもない限り、しっかりした性能が発揮されるまでにそんな面倒な工程が必要な魔術となれば、手を出そうとする者が居なくとも納得だ。マツリはたまたま自身のスキルと好相性だった為に召喚術師を志しているというだけで、言わばイレギュラーな存在なのだろう。


 ……他に同じ魔術を用いる術者がいない、特異な魔術を駆使する少女、か。

 カッコいいな。羨ましい。まあ、俺のパートナーに相応しいと思っておこうか。


 会話をしている間もマツリの魔法陣を描く手は止まってはおらず、円の中は複雑な文字列がびっしりと書かれた。そろそろ完成する頃か。


「……できたわ。早速召喚するわね」


 チョークを滑らせていた手が止まり、マツリは立ち上がり一歩下がる。見事な魔法陣だ。何の道具もなしに綺麗な円を描ける技術は素晴らしいな。


「此の地に宿りし偉大なる御霊よ、我が声に、我が問いに応え給へ……」


 マツリは魔法陣に手を翳し、魔力を与えながら詠唱を始めた。その詠唱に呼応するように魔法陣に光が灯り、満ち、溢れる。

 その輝きが最高潮に達し、光が形を作り始める。その光は人型になり、翼を形成し、しっかりとした輪郭を帯びる。


 そして、


「我こそは天より戦に殉ずる命を授かりし魂。戦乙女ヴァルキリーのレシオン」


 召喚されたのは、荘厳な翼を背に持つ、輝く鎧を身に纏った女性の人型の精霊。

 天使……否、戦乙女ヴァルキリーを名乗った彼女、レシオンは厳かな口調で静かに、しかし神殿全域に満ちる声で己の存在を主張した。


 ヴァルキリー……神の手により作り出された、戦う事を目的とした精霊。俺が元いた世界の神話に登場する同じ名の天使は、神に認められし英雄の魂を神域に導く存在とされていたが、戦う天使という印象もあった。どうやらこの世界ではそちらの意味を持つ存在らしい。


 それにしても、何という気迫だ。全身に満ちる魔力、隙のない佇まい。今まで俺が立ち会ってきたどの魔物よりもこの精霊は強い。俺がこいつと戦って勝てるかどうか。

 そしてその精霊が放つのは、明確な殺意だ。自身を呼び出した事に怒りを感じているのか。

 マツリは無条件に精霊を虜にできると言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか? もし権能の能力が通じなければ、この強大な精霊の怒りを買い……想像できる未来は、最悪の結末だ。


「我を現世に召喚せし者は……」


 厳かに語り続けるヴァルキリー、レシオンの降りる視線がマツリを捉える。どうだろうか? もしも失敗したのなら、すぐにでもマツリを連れ逃げ出すべきか。若しくは交戦か……。


「…………」


「…………」


 マツリを目にしたレシオンの言葉が止まり、互いに見つめ合っている。


「…………」


「…………」


 険しい表情をしていたレシオンに対して、マツリがにっこりと笑顔を向け微笑みかけた。




「…………か、」


「か?」




「可愛いっ!?」




 その微笑みを見たレシオンは、途端に表情を綻ばせマツリに飛び付いた。いやいや、それまでの緊張感はいったい……。


「嘘!? 可愛い!? だって、え? 何これ!? こんな可愛い生き物が存在するの!? 待って待って待って……可愛過ぎる!!」


 レシオンは夢中になってマツリを見つめ、その身体や顔に触れながら可愛いと連呼し続ける。語彙が酷い事になっているぞこいつ。


「初めまして、レシオンさん。私はマツリ。召喚術師よ」


 暴走するレシオンに対して、普段と変わらぬ調子で自己紹介をするマツリ。この変貌ぶりによく冷静でいられるな。


「は、はい、初めまして。マツリというのね? ああっ、良い名の響きね! 声も素敵!」


「フフッ、ありがとう。レシオンさん、貴女が良ければ私と契約して欲しいの。貴女の力を貸して下さらない?」


「私の? ええ! 是非! いくらでも貸すわ! 貴女の為なら何でもしてあげる!」


 そしてそのままあっさりと契約の取り決めを済ましてしまった。このヴァルキリー、大丈夫なのだろうか? いや、実力ならば先程の気迫から充分に伝わったが、何だろうこのポンコツ感。マツリの能力によってここまで狂わされるとは。


「ありがとう。それじゃあ……手を出して下さる?」


 マツリの差し伸ばした手のひらを見て、レシオンは直ぐにその場に跪き手を預ける。マツリはその手を取ると、手の甲に口付けをした。その瞬間、マツリとレシオンの魔力が交錯するのが感じ取れた。契約を交わしたのだろう。


「契約成立ね。レシオンさん、必要な時には呼び出すわ」


「き、キス……この手は一生洗わない!」


 マツリの言葉が耳に入っているのか疑わしい程に浮かれるレシオン。いや洗えよ。

 フッ、手の甲に口付けをされた程度で舞い上がりおって。俺なんてマツリと正真正銘本当にキスしたんだからな。

 ……思い出したらまた胸が高鳴ってきてしまった。いかん。落ち着け俺。


「じゃあ、用は済んだし行きましょうか」


「あ、え、もう行っちゃうの?」


 俺に振り向き離れようとするマツリに、名残惜しそうに声を漏らすレシオン。偉大なる精霊がそんな泣きそうな顔をするなよ。


「心配しなくてもすぐに会えるわよ?」


「で、でも……えっと、それじゃあ、その……最後に、少しだけ、抱き締めてもいい?」


「いいわよ?」


 レシオンの要求を受け入れるマツリ。レシオンはおずおずとマツリに近寄り、そっとマツリを両腕と両翼に包み込んだ。


「……あぁ……幸せ……」


 そして恍惚の表情を見せるレシオン。

 偉大なる精霊……?


「……満足した?」


 そのまま暫くされるがままにしていたマツリが口を開く。放っておくといつまでも続けてしまいそうな雰囲気だったしな。


「うぅ……本当はもっとこうしていたいけど……仕方ないわよね。貴女に迷惑はかけれないわ」


「そんなに残念がらなくても、何だったら呼び出す度にこうしていいわよ?」


「い、いいの? 本当に? 嘘じゃない?」


「ええ、貴女が望む私にできる事があるなら何も惜しまないわ」


「ああっ、なんて良い子……尊い……わかったわ。貴女からの呼び掛け、楽しみにしてる!」


 マツリとそんな約束を交わし、ようやくレシオンは姿を消した。やれやれ、無条件に好かれると言っても考えものだな。


「フフッ、面白い子だったわね。それとも、しっかりした意志を持っている精霊と契約したのはあの子が初めてだから、他の子も喋れたらあんな感じなのかしら?」


 消えたレシオンの挙動にそんな感想を述べるマツリ。面白い、ねぇ。


「大丈夫なのか、あのような精霊で……」


「あら、貴方にはあの子が弱そうに見えたの?」


「いや、実力の事を言っているのではない。俺が今までに戦ってきたどの魔物よりも強いだろう。そうでなくてだな……」


「なら何も問題ないわ。形はどうあれ、私の事を慕ってくれているのは確かでしょう?」


 ……マツリ自身がそう言うならば気にするだけ無駄か。

 荷を纏め始めるマツリに、それ以上追求するのはやめておいた。本当に問題にならなければ良いのだが。


 帰還する準備を終えたマツリが俺に近寄る。その意志を汲み取った俺が身を屈めると、彼女はすぐに俺の腕に乗りその身を預けた。

 女の子特有の柔らかさを感じながら立ち上がる。うむ、良きかな良きかな。


「フフッ、今日はとても良い日だわ」


 機嫌良く唄うように呟くマツリ。その笑顔は、全てを照らす太陽のようだ。


「そうか。性格はどうあれ、強力な精霊と契約できたのだからな」


「それだけじゃないわ。貴方も仲間になってくれたのだもの。こんな素晴らしい日はないわ」


 マツリの言葉に、思わず笑みが零れる。黒騎士の姿からはマツリには伝わらないだろうが。


「……行こうか、白銀の姫君」


「ええ、私の黒騎士」


 互いに呼び合うやりとりに、晴れやかな心になる。

 山を降り街に戻ったら、マツリに着いて行く準備をせねば。ギルドにも事情を説明し、滞在している宿を引き上げ……忙しくなるな。






 俺の異世界での旅は、新たな始まりを告げた。


 ……否。俺達のーー白銀の姫君と、漆黒の騎士の物語だ。


 願わくば、二人の物語に幸多からん事を。

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