王都での優雅な朝。
目が醒めると、未だ慣れない天井が視界にあり、自分が王都に、アユミの屋敷に居る事を思い出す。きっとそのうちこの感覚も忘れて行くのだろうと思いながら朝を迎える。
王都に移り住んでから、一週間程が経った。目まぐるしかった環境の変化も落ち着いてきた頃合いだ。
豪華な部屋だ。一介の冒険者であった自分がこんな部屋に住む事になるとは夢にも思わなかった。しかも部屋代も取らないときたもんだ。そのうえ三食食事まで用意してくれる。まさに至れり尽くせり。
とはいえ、さすがにお金までは自分達で稼がないといけないので冒険者業は変わらず続けている。変わらず、と言ってもやはり拠点を王都に移したので変化は著しいのだが。
お金の使い道は、エリスやマサヤは色々あるらしい。マサヤはまず武具を揃える事から。
エリスは……よくわからないが。毎日普段着が変わっているあたり、服なんかに使っているのだろうか?
シオンは特に使い道はないので貯金している。おかげさまでその貯金は結構な額になっていたりする。生活費が不要である事の何と素晴らしい事か。
今日の予定は特に決まっていない。昨日は冒険から帰ってきたばかりなので今日は一日休みを取るかもしれない。普段着に着替え部屋を出たシオンは、屋敷内の共有の居間へと向かう。
朝食等の食事は居間に集まって皆で食べる習慣がいつの間にかできていた。誰とも言わずに始まったものだが、騒がしい食卓も何かと楽しいので特に不満はない。
「あ、シオン君じゃん。おはよー」
その途中、同じく寝起きらしいアユミに遭遇した。服装は既に外出用のものだが、髪があまり整えられておらず寝癖が確認できる。後でメイドに整えて貰うのだろう。
「おはよう。昨日は帰ってたのか。珍しいな」
「まあね。とは言っても今日からまた暫く戻れないかもだけど」
欠伸を咬み殺すアユミに挨拶を返す。アユミは王城での業務のみならず、各地に飛び回って残る異界人の情報を探している為になかなかこの屋敷に帰れないのだ。家主だというのに。多忙極まる立場なので仕方のない事だが。
ちなみにトモエも中々姿を見せないが、あいつは王城の魔術塔に篭って魔術の研究に勤しんでいるらしい。業務ではなく趣味だそうだ。異界人ってマイペースな奴ばっかりだよな。
「皆で朝食を取る暇もなかったりするのか?」
「や、それくらいの余裕ならあるよ。ちょっと進展もあったし、報告も兼ねてね」
進展、というのはやはり残る異界人の事だろう。未だ所在の掴めていない異界人の事か、若しくは他国にいる異界人についてか。
話しながら二人で並んで歩き、居間に到着。居間には朝食の支度をするメイドや執事の他に、既にエリスが席に着いていた。
「シオン君、アユミさん、おはようございます」
「おはよ」
「おはよー。エリスは朝から元気だね」
朗らかな笑顔で挨拶するエリス。こいつは前から朝は強かったからな。何回こいつに叩き起こされた事か。
「マサヤはまだ寝てるの?」
「だと思いますよ。まだ来てませんので」
「あいつは朝は弱いみたいだからな」
「む、ボクが帰ってるのに寝坊なんて生意気な。ね、マサヤ起こしてきてよ」
「畏まりました」
アユミは中々に理不尽な理由で近くにいたメイドの一人に指示を出した。メイドは恭しく御辞儀をしてから静かにその場を離れる。他のメイドが席に着いたアユミの背後に寄り、乱れていた髪を櫛で梳き始める。慣れているのであろうアユミは何も言わずにメイドに身だしなみを整える事を任せている。
「御食事の準備が整いました。如何なさいますか?」
「マサヤが来るまで待つよ。いい?」
「私は構いませんよ」
「ああ、別にいいぜ」
執事からの質問に、シオンとエリスに確認しながら指示するアユミ。それを聞き入れた執事はこちらもまた恭しく御辞儀をして下がる。
……やっぱり慣れないな。貴族のように使用人に囲まれた生活というのは。エリスはその環境を楽しんでいるようだが、自分が身の回りの世話をする人がいる生活をするなど、少し前までは想像もつかなかった。どうしても遠慮がちになってしまう。
「ねえねえアユミさん、もし機会があればこの街のお洋服店とか案内して頂けませんか? 自分で探すのはそろそろ限界なんですよ」
「そういえば一緒に回ったりしたことなかったね。いいよ。すぐには無理だけど暇を見つけて付き合ったげる。オススメのスイーツ店もあるよ」
「ホントですか!? 是非お願いします!」
エリスとアユミは早速きゃいきゃいと女の子らしい話題に花を咲かせている。考えてみれば、エリスはリインドの街にいた頃は歳の近い同性の知人がいなかったな。アユミとは丁度いい友人関係が築けているようだ。
「そういえばさ、エリスって普段から敬語だよね? 多少砕けてはいるけど、誰に対してもさ」
「そうですか? 自分ではそんなつもりないんですけどね。こういう口調が定着しちゃってまして」
「そっか。まあ、エリスがボクに距離を置いているわけじゃないなら気にしなくていっかな?」
「あはは、充分信頼してますよ〜」
二人の会話をしている様子を何気なく見詰める時間が続く。他愛のない話を聞きながら、女の子ってとりあえず喋るの好きだよなーなどとぼんやりと考えていると、何気なくこちらに目を向けたらしいエリスと目が合った。
「どうかしましたかシオン君? あ、私達のガールズトークに混ざりたいのですか?」
「いや別に。何も考えちゃいなかったよ」
「ふーん? それじゃあ……なるほど! 無意識に私に熱い視線を送っていたというわけですね! シオン君もやっと私の事意識し始めましたか! えへへ〜、これはもう相思相愛と考えて間違いないですね!」
「お前の思考回路は必ずそういう方向に向かわないといけないポンコツ仕様なのか?」
「酷っ!? わーんアユミさーん! シオン君が冷たいですよー」
「え、何? 今のって同情を誘える流れなの? どう聞いてもエリスが痛いコにしか思えないんだけど?」
「アユミさんまで!? おぅ、ジーザス!」
いつもの残念発言をするエリスに辛辣な言葉を浴びせながらも、その反応に噴き出してしまうシオンとアユミ。実はこの流れ、最近はよく見る光景だったりする。
「何だか私、弄られキャラが定着してきてる気がするのは気のせいでしょうか? いつでも本気でシオン君の事を想っているだけなんですけどー?」
「今の発言が本気だったとしたらその定着もやむなしだろ」
「そんなー」
自分の扱いにがっくりとテーブルに突っ伏すエリス。そんな彼女をアユミが追い打ちにからかっていると、居間の扉が開きやっとマサヤが入ってきた。
「おう、おはよーさん」
「あ、マサヤさんおはようございます」
「おはよ」
「ずいぶんと遅いお目覚めじゃないの」
遅れて来たマサヤにそれぞれ挨拶する。アユミは少々棘のある言葉を投げるが、笑顔である事から察するに怒っているわけではなさそうだ。エリスに対するノリのままからかっているらしい。
「俺にとっちゃ今でも早い時間だと思うんだが。いやでもビビったわ。まさかメイドさんに優しく起こされるなんて思ってもみなかったからよ、一発で目ぇ覚めちまったわ。すげーわ。メイドさいこー」
「あのさ、同意のうえなら構わないけど、もしボクのメイドに一方的に手を出したらタダじゃおかないよ?」
「何それえろい!」
「しねぇよんなこと! あ、でも同意ならいいの? マジで?」
「マサヤは厳重警戒かなー?」
「冗談だって冗談! 本気にすんなって!」
マサヤの不穏な発言に釘を刺すアユミ。ちょっと美人な女性を見かけるとすぐにテンションを上げるのもこいつのいつもの事だ。
ところで、マサヤに着いてくるように居間に来たメイドさんが少し頬を染めながら目線を逸らしているのは単に気まずいからってだけだよな?
そうこうしているうちに、皆の前のテーブルに朝食が並べられて行く。スープにサラダにパスタに……いつもながら、やはり庶民には馴染みの薄い程に良い献立だ。
「もしかして俺が来るまで朝食待ってたのか? なんか悪いな」
「ホントだよもー。悪いって思うんだったら今度からもう少し早起きしなよ?」
「毎日メイドさんが起こしに来てくれるなら……あ、いや何でもないっす。すんませーん」
皆からの冷めた視線に勘付きすぐに謝るマサヤ。シオン個人としては各々がいつ起きようと構わないと思っているが、健康的な生活習慣を身につけるのも悪くはないとも思うので口出しはしないでおく。
しかし、女性に朝優しく起こされる、ねぇ。そんなに良いものなのだろうか。
早朝、自分を優しく揺さぶり声をかけるエリスを想像し……って、何でエリスを想像してんだオレは!?
「うん? シオン君、どうかしましたか?」
「いや、別に何も……」
そして妙な想像をしてしまい気恥ずかしい気持ちになってしまった所を目ざとく気付くエリス。何でもないから気にしないでくれ頼むから。
色恋とか恋愛とか、そういうのは全然わからん。オレにはまだ早いんだと思う。考えても仕方ない事だし、だからエリスからどんなに好意を向けられても困るだけだ。
「もしかしてシオン君もメイドモエ……?」
「お前がたまに言うその「モエ」って何なんだよ」
そんなシオンの様子を見てまた妙な事を口走るエリス。いやまあ、何となくだがこいつが言う「モエ」なる言葉の意味はわかる気はするが、だからこそ断言する。違う。
「むー、シオン君がメイドさん達にときめいちゃってたらどうしましょうアユミさん!」
「ボクに振られても……あ、エリスもメイド服着たら?」
「おお! ナイスアイディア!」
「勝手に人の趣向を決めつけんな。何がナイスアイディアだ」
再び変な暴走を始めるエリス。ホント何なのこいつ。
「どう思いますシオン君、私がメイド服を着てみたら……」
「どうって……」
エリスが使用人達と同じようなメイド服を着て、シオンの事を「ご主人様」と呼ぶその様を想像する……。
「…………」
「…………」
「…………ん?」
つい黙り込んでしまったシオンだったが、気が付いたら皆がシオンに注目していた。
「何だよ?」
「や、しっかり想像してるあたり、本当にメイドモエなのかなって」
「わかるぜシオン。彼女のコスプレって想像するだけでもイイよな」
「今度メイド服借りてシオン君に御奉仕しなきゃ!」
「違う違う違う違う! 何でそうなんだよ!?」
あらぬ誤解をかけられ、朝食をとり始める皆に向けて誤解を解くのに必死になるシオンだった。




