黒騎士、その秘密を明かす。
「高いわね。とても見晴らしがいいわ」
俺の腕に乗り身体を預けながら周囲を見渡したマツリが呟いた。それもそうだろう。何せ黒騎士はマツリの倍以上の背丈があるのだからな。
「座り心地はどうだ?」
「快適よ。でも疲れたならすぐに言ってね? 無理させてまで甘えるわけにはいかないわ」
マツリは楽しそうに俺の質問に応えながらも、気遣う言葉も忘れない。その心配は無用だがな。この黒騎士に疲労という言葉は存在しない。
何より、感覚共有による女の子特有の柔らかさ……特にお尻の柔らかさを常に体感できるのだからむしろ俺得。むふふ。
そんなこんなで、マツリを片腕に乗せながら霊峰を登り進む。坂道はあまり急な斜面ではなく、歩くのにそこまで苦労はしない。麓に広がっていた森林の木々はこの辺りにまで続いており、山道という点以外は景色に目立つ変化はない。
「貴方の鎧、温かいのね。何だか人肌みたいだわ」
俺の鎧に触れながら、マツリは突然そんな事を言ってきた。感覚共有によって触覚を感じ取っている事が勘付かれたのではないかと一瞬どきりとした。
「……行動に支障を来たさぬよう、常に魔力を通しているからな。恐らくはその為だろう」
「常に? 凄いわね。貴方、もしかして精神力の評価はAなの?」
「まあな。故に魔力の絶対量は豊富だ。この程度では消費にもならん……今の言葉だけで、よく我の精神力の評価を見抜けたな?」
「ええ、昨日話した他の異界人さんも、桁違いの魔力量を持っていたの。羨ましいわ。私、知力の評価こそAだったけど、精神力はそんなに高くはなかったもの。術者としては魔力の絶対量は重要な要素だものね」
溜息を吐きながら己の能力に愚痴を零すマツリ。知力がA評価なのか。見た目の割に頭が切れると思っていたが、納得だ。
「知力も術者にとって重要な能力だ。自論だが、精神力よりもそちらのほうが術者としては必要な能力だと思うぞ」
マツリは自身の能力を卑下しているが、知力の高さも術者にとって重要な能力である事に変わりはない。術式の理解、構築、記憶等の要素は知力が深く関わってくる。結果として、使用する魔術の精度や効率が洗練され、強力なものとなるのだ。
それに消費する魔力ならば魔石等で代用する事が可能だが、知力が関わる要素となる術式構築の外部からの補助には限度がある。結果としては、最終的には知力の高さが術者としては最も重要な能力であると俺は考えている。
その事を説明しながら山道を進む。マツリは俺の解説に無言で、しかし熱心に聞き入っている。真面目なのだな。
「やっぱり、実際に戦ってきた人の意見はためになるわね。私は召喚魔術を会得したの、つい最近だったから実戦経験はほとんどないの」
「それは意外だな。昨日見た限定召喚とやらはそこらの術者型の冒険者連中等とは比較にならない程強力に見えたが」
「術の理論なら頭に入れているわ。私、少し前までは戦わなくても権能の力だけで世界を変えられるって思ってたの。でも、その力が通じない存在がいる事を知って……大恥をかいたわ。自惚れてた。世の中そんなに上手くいかないって痛感したの。だから戦う術を身につけなきゃ、ってね」
「成る程……ならば素晴らしい才能ではないか。あれ程の威力を出せる魔術をそんな短期間で得られるとは」
「召喚魔術の威力は、契約した精霊との信頼関係に依存するの。精霊がどれだけ私に協力してくれるのか……その点イーヴィティア神の権能は理想的ね。最初から全ての精霊が私の事を信頼してくれるもの」
「権能に適した魔術だったわけか……そういえば、お前のその権能は、魔物に対しては無意味なのか? 昨日遭遇した魔物は全て普通に敵意を向けてきたが」
「そうなのよね。魔物には効果がないの。身体能力の強化は一切ないし。ホント、戦闘に関してはハズレもいいところよ。召喚魔術だって私に適性がなければ無意味だったし。貴方のような他の異界人の権能が羨ましいわ」
再び自身の能力を愚痴り始めるマツリ。何かと劣等感を抱くタチのようだ。
そんな感じに二人で雑談をしながら進み続ける。このまま順調に行けば予定より早く神殿に辿り着ける。
だが、その順調な旅路に違和感を覚える。順調過ぎるのだ。つまりは霊峰に足を踏み入れてから想定していた魔物との遭遇が一切ない。
マーコシュラス霊峰は本来、メンバー全員がCランク以上の冒険者で構成されたパーティーで挑む必要がある程に厄介な魔物が多く出現する場所だ。そのはずがこの現状はどうだ。その魔物との遭遇がなく、楽に山登りができてしまっている。
「妙だな……ここまで魔物の出現がないとは」
感じた疑問を口に出しマツリにも異常を伝える。
「戦闘が少なく済むのは良い事だとは思うけど……」
「それはそうだが、何らかの異常が起きている場合は別だ。その異常がどのような事態を引き起こすか想像もできんからな」
一度その場で立ち止まり辺りを見回す。静かな森だ。普段ならば魔物が徘徊しているような場所とは到底思えない。
仕方なく、魔力感知の範囲を広げ周囲の様子を探る事にする。先んじて異変に気付ければこちらから取るアクションも自ずと絞られるはずだ。
広範囲を感知した結果は……ひとつだけ、魔物の気配を見つけた。もう少し登った先だ。
「この先に魔物がいるな。単体だ」
「あら、魔物が全く居なくなっているわけではないのね?」
「そのようだが……この異常事態の中で此奴だけが残っているのが気掛かりだ。もしかしたら、此奴がこの事態を引き起こしている存在やもしれん」
「ふぅん……どうするの?」
俺の推理を聞き、判断を委ねるマツリ。
「フィールドで発生した異常の解決は冒険者の務めだ。如何なる魔物であろうと我の敵ではない」
戦いを挑む事を告げる。このような事態を引き起こした魔物が相手ならば、多少は楽しめるやもしれんからな。
「そう。あまり無理はしないでね?」
「無論だ」
俺の身を案じるマツリに余裕を持って応え、魔物の居る方向に向けて歩みを始める。
暫く歩いていると、捉え続けている気配がこちらに近付いて来るのを感じた。どうやら相手もこちらの気配に気付いたらしい。
程なくして、標的の姿が木々の合間から現れる。
「……ボーゥ」
その魔物は、今までかつて見た事のない異形だった。
背丈はこの黒騎士よりも一回り以上は大きく、体毛の一切ない鈍色の肌。目鼻がなく、口と思われる穴がひとつだけの頭。そして右腕が異様に発達し、その筋肉質の右腕の先端には一本の巨大な爪。
「こいつ……」
「何だ? お前はこいつを知っているのか?」
俺はこんな奇怪な魔物は見た事がないが、マツリの反応は違っていた。
「……ええ、前に一度。気をつけて。かなり強いらしいから」
マツリは俺の問いに答えると、そのように忠告してきた。
強敵、か。望むところだ。
俺は身を屈めてマツリに降りるよう促すと、すぐに彼女は地に降り俺から離れる。魔物を警戒し、すぐにでも術式を発動できるように魔力を操作しているのが感じ取れた。
そんなマツリを背に魔物へ近付きながら、荷を置き背負う大剣を取る。魔物は接近する俺を敵と認識したらしく、低い声を上げながら、発達した右腕を大きく振り上げた。
この距離では無意味な行動のように思えたが、油断せず魔物の動きを注視していると……魔物が振り上げられた右腕を振るうと、なんとその右腕がこちらにまで勢いよく伸びてきたのだ。
驚きながらも、冷静にこれは好機と判断しこちらも魔物に向かい駆け出す。迫る巨爪を剣で跳ね除け、魔物の元まで一気に詰め寄る。魔物の右腕は伸びきったままで未だに自身の身体の元へ戻ってきていない。見たところこの魔物の武器らしい武器はあの爪のみ。その爪があさっての方向にあればこの魔物自身の身を守る術すらない。魔物の右腕が元に縮むよりも早く魔物に到達した俺は魔物の身体に大剣で袈裟斬りに斬りつけた。
勝負あった……かに思えたが、その手応えは明らかにおかしい。まるで鋼に剣を叩きつけた時のような感触だ。
驚いてたった今斬りつけた魔物の身体を睨む。その身体には傷こそできているものの、致命傷とは程遠い擦り傷だった。何という硬さだ。
この魔物が守りを気にせず自らの武器である巨爪を遠距離に伸ばし攻撃したのは、身を守る必要がない程皮膚が硬い為か。
それを理解した時、魔物の右腕が元に戻っており、再度俺に向けて振り下ろされようとしていた。俺は今の一撃で勝負を決する心算だった為に、全力で剣を振るっていた。故に崩れた体勢が未だに整っていない。
魔物の右腕が振り下ろされる。
避ける事も、剣で弾く事も不可能。
巨爪が、俺の……黒騎士の兜を貫いた。
「黒騎士っ!?」
背後でマツリの悲鳴が聴こえる。目の前の魔物が、勝利を確信したかのように短く「ボーゥ」と唸る。
……兜を貫かれた程度、何ら問題はない。
俺は動きやすくなるように、兜と鎧を分離させる。再び背後からマツリの悲鳴が聴こえたが気にせず次の行動に移る。マツリの目には、俺の頭が貫かれ、さらには首がもぎ取られたかのように見えているのだろう。あんなに慌てるマツリの様が見られるとはな。
魔物が俺を仕留めたと思い込み油断している今のうちに、錬金魔術を発動し大剣の形状を変化させる。硬い魔物相手ならば、『三式』だな。
俺の大剣は錬金魔術によっていつでもその形状を望む形に変化させられるように、過剰に質量を込めて作成されている。今回変化させた三式は、刃の部分に多数の小さな刃が仕込まれた鎖が設置された、魔力を動力にしてそれを回転させ対象を切り刻む……元いた世界でチェーンソーと呼ばれていた工具の形状をしたタイプだ。
俺は三式に変化させた大剣を魔物の身体に押し当てる。その時になって、やっと魔物は俺が息絶えていない事を察したようだ。もう遅いがな。
「さあ……粛清の時だ!」
三式に魔力を注ぎ、その能力を起動させる。回転を始めた鎖、その鎖に連なる刃が魔物の皮膚を削り斬り裂き、響き渡る駆動音が魔物の悲痛な叫びを掻き消す。
やがて身体を真っ二つにされた魔物が、大量の血液を撒き散らしながら地に落ちる。
フッ、呆気ないものだ。非常識な硬さをした存在だったが、より非常識な存在であるこの俺に遭ったが運の尽きよ。
「醜き獣よ、眠るがいい……貴様の命を刈り取った罪、確かに我が背負って行こう」
三式に改造した大剣を元の一式、通常の剣に戻しながら黙祷する。ついでにこびり付いた血糊も錬金魔術によって剣と分離させながら。
フッ……決まった。
我ながらカッコ良すぎて震えてくるが、さて、観客であったマツリの様子は……と確認しようとしたところで、黒騎士の頭部、兜が失われているままだという事を思い出した。
むう、今までの俺のカッコいい決め台詞が、まさか首無し騎士の状態で呟いてしまっていたとは。失敗だったか。
仕方なく兜を探すが……いつの間にか魔物の爪に刺さっていたはずの兜がない。三式で斬り裂いている間に外れて何処かへ転がってしまったようだ。いったい何処に……
「中身は空洞なのね……本当に驚いたわ。殺されちゃったのかと思ったわよ」
兜を探す俺に声をかけてきたマツリ。彼女はちょうど俺が探していた兜を抱き抱えながら近付いて来た。
「拾ってくれたのか。わざわざすまんな」
早速兜を返すよう促し手を出すが、マツリは抱えた兜を渡す素振りを見せない。
「なるほどね……その鎧、黒騎士も貴方が操るゴーレムだったわけね」
そして今の現状から推測した答を告げるマツリ。ああそうだ。だからその兜を早く返してはくれまいか?
あ、よく見ると兜に胸が当たっている。くっ、感覚共有を解いていなければあの素晴らしいおっぱいの感触を味わえたのに……いやいや、今はそれどころでなく。
「貴方が素顔を見せようとしなかった理由も、やっとわかったわ。貴方、子どもでしょう? その鎧に身を隠せるくらい小柄の」
「……お前よりは歳上だ」
「やっぱり。つまりは見栄を張っていたわけね。周囲に侮られないように。そうでもしないと冒険者なんでやっていけなかったから?」
ズバズバと痛いところを突いてくるマツリ。一番の理由は趣味だったが、マツリが語った理由も決して間違ってはいない。
「でも、私はそれが理解できたし、受け入れるわ……ねえ、改めてお願いするわ。貴方の顔を見せて?」
そして、俺の事情を悟ったうえで再び素顔を晒して欲しいと願うマツリ。
「貴方の顔が見られたら、今以上に信頼関係が深く築けると思うわ。それとも、私はそんなに信用ない?」
「そういうわけではない。だが……」
「それじゃあ、見せてくれたらキスしてあげる」
「…………」
「あ、今悩んでる? ウフフっ、可愛いところもあるのね?」
「違う。冗談でも女の子が己が身を売るような真似はすべきでない」
割と本気で心が揺れたが、やはり冗談だったらしい。焦りながらも紳士的な対応をしておく。この小悪魔っ子め。
無言で兜を返すように手を差し出すが、マツリはやはりそれに応えようとしない。暫く無言で見つめ合う二人。
…………仕方ない、か。
顔を晒したくない理由も気付かれた今、無理をしてまで隠し通す事もない。根負けした俺は鎧を開き、久しぶりに人前に本来の姿を晒す事にした。
黒騎士から抜け出した俺の格好は、インナー姿というラフ過ぎるもの。マツリの目の前に立つ背丈は……マツリよりも少し背が高い程度。
「……へぇ、悪くないじゃない。でも、本当に思ってた以上に若いのね。私とそう大差なさそうね?」
そんな俺の素顔をまじまじと見つめ、そんなコメントをするマツリ。見つめ合うのは気恥ずかしいので俺はすぐに目を逸らしたが。
「俺は十四だ。お前よりは歳上だろ?」
「まあ、三つも離れてたの? もっと近いと思ったわ」
「背が低くて悪かったな」
暗に俺の背丈の低さを言ったマツリに悪態をつく。そんな俺に、マツリはさらに一歩近付き、俺の顔に触れてきた。
俺の目元まで覆い隠した長い前髪を搔きあげ、よりじっくりと俺の顔を覗き込んでくる。
「改めて、私はカミドリ・マツリ。貴方のお名前は?」
「……マキセ・ユートだ」
素顔だけでなく名前も聞いてきたマツリ。顔を明かした今となってはこれも隠す理由はない。俺は素直に自己紹介に応える事にした。
「マキセ・ユート……ユート、ね……フフッ、素敵。これからも私にだけはその顔を見せてね?」
「約束しかねるな」
本心から褒めているのかわからないが、やはり気恥ずかしくなってぶっきらぼうに応えてしまう。何を考えているんだか。
「それじゃあ、先に私から約束を守らないと、ね?」
唐突にそんな事を言い出すマツリ。約束? 何の事……。
問い質そうと向き直った俺の目の前に、マツリの顔が。
唇に、柔らかな感触が触れ、包む。
…………。
……キス、してる……?
「…………フフッ、ああ、こんなにドキドキするなんて。唯の親愛を示す行為だって思ってたけど。ウフフッ、実際に体験してみたら認識はこうも変わるものなのね? ウフフフフッ」
俺の唇から離れ、興奮した様子で何度も笑みをこぼしながら、踊るように、歌うように上機嫌で語るマツリ。
頭の中が真っ白になっていた俺は、暫くその様子を唖然と見詰め続けるのだった。




