黒騎士、素性を暴かれる。
マツリが泉から上がった後は、近くで焚き火をし夜に備える。
その過程で落胆していた俺にマツリがその様子を見かねたのか、疑った事を謝ってきたりした。良いコだなぁマツリ。実は落ち込んでいた理由はお前の裸が思うように見られなかったからなのだが。良心が痛む。
あたりが暗くなってきた頃、二人で焚き火を囲み腰を落ち着ける。そして俺は荷物から保存食をマツリに渡す。
「口に合うかはわからんが、食べておけ」
「ありがとう。頂くわ」
マツリはそれを素直に受け取り食べ始めた。
俺はこの依頼の準備をする際、マツリ自身は冒険の準備をしてはいないのではなかろうかと予想していたが、どうやら当たりだったようだ。マツリの持つ小さな鞄には食料等の必需品は入っていないのだろう。
マツリが保存食を食べ終える頃を見計らって、俺は大きめの鞄から寝袋を取り出した。
「寝る時はこれを使え。地面の上でそのまま寝るのは良くない」
その寝袋もマツリに渡す。マツリは礼を言ってそれも受け取り広げてみる。サイズは丁度良さそうだ。
「この寝袋、私に合わせて準備してくれたの?」
「まあな。来る前に錬金魔術で適当に作ったが、もし大きさに違和感があれば言ってくれ。すぐに直してやろう」
「これも錬金魔術で……凄いわね。感謝するわ」
マツリは早速その寝袋に身体を潜らせる。その様子からして問題はなさそうだ。
「ぴったりよ。ありがとう……ところで、貴方は何か食べないの?」
自分が保存食を食べている横で俺が何も口にしようとしない事が気になったのだろう、マツリがそう尋ねてきた。
「気にするな。心配は無用だ」
それに対して俺は曖昧に応える。食べている時の姿を他人に見られたくないのだ。
「そう? 残念。少しでも貴方の顔が見られるかもって思ったのに」
マツリは俺の返答を聞き、素直に自分の思惑を吐露した。そんな事だろうと思ったよ。
「フッ、そういう事か。なら、先程言っていた、俺の過去をこじ開ける魔法のコトバとやらでも言ってみたらどうだ?」
俺は森に入り魔物の襲撃を受ける前にマツリが言いかけていた言葉を思い出し尋ねてみる。何だかんだ俺自身気になっていたからな。
「ああ、そんな話していたわね……その前に、少し私の話をしてもいいかしら?」
その問いに対し、マツリは頷きながらも別の話題を切り出した。
マツリの話? 自分の過去の話という意味か?
黙る俺の様子を肯定と捉えたマツリは、早速語り始める。
「私はね……忌み子だったの」
その口から紡がれる言葉は、あまり気持ちの良くなる内容ではなかった。
「この肌や髪の色、生まれつきよ。白皮症って言うの。両親は普通の肌をしていたわ。私の親は自分達に似つかない、人間離れした容姿の私をいつも疎ましく思っていた。滅多に私には構わないし、必要な時でさえ腫れ物を扱うように接していたわ。学校でもそう。周りからは気味悪がられて誰も近付いて来ない。虐められた事だって一度や二度なんかじゃない……幼い頃から頭が良かったのも不幸の一因ね。その事を私は周囲の人間以上に理解してしまっていたわ。私はいらない子だった。世界に必要とされていなかったの」
抑揚のない声で語られる、マツリの過去。しかし俺はその内容に違和感を覚えていた。
彼女がギルドに来た時、彼女は冒険者達から崇拝と呼んで差し支えない程に賛美されていた。マツリの容姿に嫌悪感を抱いていた者など誰一人としていなかったはずだ。
その疑問の答となる言葉が、すぐにマツリの口から告げられる。
「でもね……ここに来て私は変わった。『イーヴィティア神の権能』の力によって、この世界の人間は全て私の虜になる。もう私の事を疎ましく思う者はいない。この世界に、私は必要とされたの」
その言葉に思考が停止してしまう。
イーヴィティア神の……権能、だと?
そして続くマツリの……魔法のコトバ。
「待たせたわね。これが貴方の過去を暴く魔法のコトバよ……私は貴方と同じ異界人よ」
マツリは、確信を持って俺に告げた。
マツリが、異界人?
俺と同じ……異界人だと?
イーヴィティア神の権能……俺と同じく、神の権能のスキルを持つ、異界人だというのか?
「……何故、俺が異界人だと思うのだ?」
「最初に変に思ったのは、貴方に私の権能が通じていないように感じたのがきっかけ。以前に会った異界人も、私のイーヴィティア神の権能の他人を無条件に魅力する能力が効かなかったの。だからもしかしたら、って思ったの」
俺の苦し紛れの疑問に淡々と答えるマツリ。
「確信したのはあの言葉ね……迂闊ね貴方。この世界に「アイドル」なんて文化は存在しないわよ?」
マツリの発言に思わず頭を抱えた。なるほど、あの時マツリに抱いた印象を思わず口走ってしまった時か。本当に迂闊だった。
「貴方の権能はエセティア神ね? 開発と発展の神。錬金魔術から連想できる神様はそれしかないわ」
さらにマツリは俺の身に宿る権能の詳細までも言い当ててみせる。何という事だ。全て筒抜けではないか。
「貴方が素性を隠している理由も何となく察せるわ。自分が異界人だなんて誰も信じてくれるわけないものね……それでも他にやりようはあったと思うけど」
続くマツリの俺が素性をひた隠しにしている理由の考察は、残念ながら不正解だ。黒騎士の姿に拘っているのは……趣味なんです。なんかごめんなさい。
「でも、私は貴方と同じ異界人。貴方への理解は他の人よりも深いわ。だから私には名や顔を明かしてもいいんじゃないかしら?」
そしてマツリは素性を明かす事を改めて提案する。数少ない理解者、か。成る程、彼女の言い分には道理がある。
だが、例え俺の過去に理解がある相手であろうと、少なくとも俺の顔を明かすわけにはいかないのだ。
「……私はね、貴方が欲しいの」
何も答えず黙り込んでいた俺に、マツリは今度はとんでもない事を言い出した。
俺が欲しい? どういう意味なのだ? この短期間で俺に惚れたのか?
「私の目的は、世界征服。この世界の誰からでも好かれるイーヴィティア神の権能の力があればそれも可能なの。でも、貴方のような異界人にはこの力は無意味。だから私としては貴方には味方になって欲しい」
続いてマツリは、自らの目的……野望を語り出した。ああ、俺が欲しいとは要するに仲間になって欲しいという意味か。驚かせるな。それにしても世界征服とは、これまた大仰な事だ。
しかし、マツリのその能力はギルドで充分に見せて貰った。確かに無条件に誰からでも好かれる彼女ならば、この世界の頂点に君臨する事も可能かもしれない。そして、その能力が通じない俺の存在は、彼女の野望の前では異物。
「もし貴方が理解してくれなければ……貴方は私の敵になる」
マツリは淡々と、今後の俺の選択によって起こるであろう未来を語る。和解か、敵対か。
「私はこの世界に感謝している。でも、足りないの。私は私が思う理想の世界を作りたい。それが可能な力がある。ならばそれを目指すのは必然でしょう? でも、上手くいかないものね。貴方のような、他の人にはない強力な能力を持つ人に限って私の力が通じない。なら、説得して協力してくれるよう願うしかない……過去に会った異界人は、私とは敵対している。私の目的を理解してくれなかった。いつか、その人とは決着をつけないといけない」
マツリの目的。俺に協力を求める理由。
「……返事はこの冒険の間に聞かせて欲しいわ。貴方も考える時間が必要でしょうし。でも、協力してくれるなら名前と顔は明かしてね?」
そんな言葉で話を締めくくり、笑顔を向けるマツリ。薄暗い中焚き火の灯りに照らされたその顔は、何処か憂いを帯びているように感じられた。
「……やれやれ、俺が欲しいだのと紛らわしい事を言いおって。愛の告白をされたのかと驚いたぞ」
誘いへの返事はともかくとして、マツリの発言をからかい場の空気を和らげようと試みる事にした。重い話もあったからな。
「愛の? ……ウフフっ、そういう関係になるのなら協力してくれるの?」
「心にもない事を。冗談でもそのような事を言うものではない」
「冗談のつもりはないのだけど……でも、そうよね。せめて顔を見せてくれないと好きになれるかどうかもわからないし。でも、貴方となら悪くないかも、って思ったのは事実よ?」
悪戯っぽくそんな事を言ってのけるマツリ。からかうつもりがこちらがからかわれるとは。
「私、そろそろ寝るわ。歩き疲れてるし……貴方も寝たくなったら起こして。見張りは交互に行うものなのでしょう?」
「いや、見張りならばゴーレムに任せられる。魔物が近付けば迎撃させながら俺を起こしてくれるように行動を登録させられるからな」
マツリの見張りについての質問に、実際に錬金魔術で見張り用のゴーレムを作成しながら答えた。
「そんな事までできるのね。とっても便利……もしかしたら、私の召喚魔術でも似たような事できるかしら?」
「我はそちらには詳しくないが、術者の意識が無くとも召喚した精霊が帰還せず残るのであれば可能なのではないか? 今日のところは我のゴーレムに任されよ」
「それもそうね。次の機会に試してみるわ……じゃあ、お休みなさい」
話を打ち切り、マツリは寝袋に潜り睡眠を取り始めた。俺は暫く寝付けそうにないので一人で静かに焚き火を眺めておく事にする。
頭の中では、マツリが語った話がぐるぐると廻り、落ち着く事ができずにいた。
マツリの過去。
マツリが異界人。
マツリの能力。
マツリの野望。
マツリの勧誘。
マツリの裸。
……あ、待て。今のはナシだ。結局ちゃんと見れなかったし。
名や顔を明かすかどうかはともかく、それ以上にマツリに協力すべきかどうかを考えるべきだろう。
もしマツリに協力するならば、冒険者業は終了だろう。だが、元々目的があって冒険者をしていたわけではない。この世界で生きて行くのに最も適した職業だと判断したから続けているだけだ。マツリの元でも問題なく生きて行けるならば大した未練もない。
協力しないならば、マツリと敵対する事になる。彼女と戦う事になるのだろうか? あの強力な召喚魔術を扱う少女と。下手な魔物よりも恐ろしいのだが。
それ以前に、俺はマツリに刃を向ける事になるのか?
……マツリを倒そうとする自分の姿が、全く想像できない。
しかし、マツリの隣でその笑顔を見ている光景は、容易く想像できた。
……なんだ。簡単な事ではないか。
俺はどうやら自分が思っていた以上に、この少女の事が気に入ってしまっていたらしい。
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「これから登山ね……体力は持つかしら?」
まだ日が昇りきっていない早朝。薄暗いながらも辺りを見渡すのに不便のない程度の明るさの中で俺とマツリは起床し、荷物を纏め冒険を再開した。
目的地は霊峰の頂上付近にある神殿。予定ではそこから戻り昼過ぎ頃には森も抜け帰還用の馬車に乗るつもりだ。
そしてマツリは山道の直前でそんな事を呟いた。確かに昨日確認した体力では心許ない。
しかし、
「こうすれば問題なかろう」
「え?……きゃっ!?」
俺はしゃがんで背後からマツリを抱え、片腕に座らせたまま立ち上がる。こうして俺が運んで行けば彼女の体力を心配する事はない。
「びっくりした……悪いわよ。貴方だって余計に体力を消耗してしまうわ」
マツリは俺の首に腕を回し抱き着くように身体を支えながら、耳元で申し訳なさそうに反論する。
「この程度、普通に歩くのと何ら変わらん。何だったらこれからもこうしてお前を抱えて移動するのを日課にしてもいいぞ?」
「え? それって……」
俺の言葉の真意に気付き、目を丸くするマツリ。
「お前の野望に一枚噛んでやってもいい。但し、我は黒騎士だ。顔も名も明かすつもりはない。それが条件だ」
「……フフッ、なら、これから私にそれらを明かしても良いと思えるように、貴方の信頼を勝ち取ればいいのね?」
俺が協力してやる旨を伝えると、マツリは笑顔でそう宣言する。
「そんな日は来ないがな……契約は成立した。今後我はお前唯一人の騎士として生きる事を誓おう」
「ありがとう、私の黒騎士。信頼しているわ」
俺の誓いの言葉に満足げに頷き、身体を預けるマツリ。
白銀の姫君に、漆黒の騎士。
……カッコいいじゃないか。
新たに結成されたこのコンビを心の中で自画自賛する。これもひとつの理想の形だ。素晴らしい。
……ちなみに、俺の物質との感覚共有術は触覚も共有する事が可能で、鎧に身体を預けるマツリのその感触もしっかり体感する事ができるわけで。
うおぉぉぉめっちゃやわらけぇぇぇぇ!!!!
何も知らないマツリの笑顔の横で、心の中でテンションを上げる俺。表には出さないようにせねば。でもこれ良い。めっちゃ良い。やわっけぇ。最高。




