戦の後。
国境砦奪還戦の翌日。場所はリインド街、冒険者ギルド。
「国境砦奪還戦、成功を祝して! 乾杯!」
ギルドの酒場のテーブルは、奪還戦に参加した冒険者達が占拠し、祝いの席を設けていた。祝盃の音頭を取ったのは、リインドの街に滞在する冒険者の中でもトップの功績を挙げている男、ゴルダだ。
ゴルダの掲げたジョッキに続いて、皆もそれに応え宴が始まる。その中には、シオンとエリスの姿もあった。
「わー、皆さん派手に騒いじゃってますね〜。これぞ冒険者! って感じ!」
「貸し切ってまでする事かよ。貰った報酬全部溶かすつもりだぜあいつら。オレには理解できねー」
「まあまあ、めでたい事に変わりないんですから。たまにはこういうのもいいと思いますよ?」
酒を呷る周囲の冒険者達に対して、二人の目の前にある飲み物は果物のジュースだ。今のところ二人は酒を飲むつもりはない。
「参加するつもりなかったんだけどなー」
「それはいけません……お二方は奪還戦において最も活躍なされたのですから。主役を呼ばずして祝いの席は開けませんよ」
シオンの発言を否定するのは、エリスの隣に座るフラムさんだ。彼女もこのような場に参加しているのは意外だったが、それ以上にお酒を飲んでいる事のほうがもっと意外だ。
「聖職者でもお酒飲んでいいんですか?」
「一部には厳しく戒律を定めているところもありますが、私の勤めている教会ではそこまで制限はしていませんので……」
エリスの疑問に答えながら酒を喉に流し込むフラムさん。今のところ酔ってはいなさそうだ。酒には強いほうなのかもしれない。
「大人だな〜。こんな風にお酒をカッコよく飲める人って憧れません?」
「まあ、酔っ払って醜態晒す奴よりはな」
テーブルに並べられたご馳走に手を出しながら、周囲の騒いでいる冒険者達を見やる。中には早速、言ったような醜態を晒している者もいた。酔うの早いなおい。
「エリスさんはお酒は苦手なのですか?」
「え? 苦手も何も、未成年ですので……」
「あー、こっちじゃ別に酒飲むの取り締まってたりはしないぜ? 自己責任だけどな」
エリスが酒に手を出さないのは苦手だからだと思っていたが、どうやらこいつのいた世界では未成年はお酒は御法度だったようだ。こちらの国にもその辺厳しい所もあるが、アーヴァタウタ大国はそんな事はない。だが未成年の間は飲まないという考えは立派だと思うぜ? 若いうちから飲んでると悪影響だってのは確からしいし。
「そうなんですか……ちょっと飲んでみようかな?」
「酔っ払っても介抱しないぞ」
「えー」
シオンの突き放す言葉に不満げなエリス。酔っ払いの相手なんかしてられるか。
「そういえば……このような席で出す話題ではありませんが、二人に伝えておこうと思っていた事があります」
会話の途切れた頃を見計らって、フラムさんが切り出した。
「洗脳術を受けてしまった国境砦の兵士達ですが……捕縛できた者達は、今も領主様の屋敷で監禁されているとの事です。未だに洗脳が解けず、解放するのは危険と判断されました」
フラムさんが教えてくれたのは、帝国の異界人、マツリによって洗脳された兵士達の境遇。洗脳した本人が言うには、一度あの状態になってしまえば、元に戻す手段はないらしい。監禁されている兵士達は、これから先も一生マツリに忠誠を誓い続けるのだろう。酷い話だ。
確か、捕縛された兵士の中にはフラムさんが心配していた、国家への忠義が厚かった中隊長のラゴズという兵士もいたはずだ。そんな人物でさえ元に戻らないという現状。やはりマツリの残していった傷跡は深い。
「お前、この話を聞いてもまだあいつと仲良くなろうと思ってんのか?」
「むー……その兵士さん達に、マツリちゃんが「元の通りに、国の為に働いてね」って言い聞かせれば解決ですよね? マツリちゃんと仲良くなったらそんな風に……」
「はあ、もういい。これに関してはお前の話は聞かない。今度あいつに会った時は止められても無視するからな」
エリスの考えが理解できないわけではない。自分と同じ境遇の少女と敵対したくはないと思う心境。
それに、エリスは先の奪還戦で、兵士達へのサポートこそ行いはしたが、自らの手で敵兵の命を奪う事は一切しなかったようだ。人を殺す事に躊躇がある事も、シオンのマツリへの対応を批難してしまう感情に繋がっているのだろう。
だが、それでもあの少女は危険過ぎる。例えエリスが反対しようと、結果としてエリスに嫌われようとも、マツリを放っておくわけにはいかない。多少の汚れ役は引き受けなければ。
「おうおう、どうした主役さん達! 辛気臭い顔しやがって!」
少々気まずい空気が流れていたところに、鼻を赤くしたゴルダが絡んできた。シオンに肩を組んできて機嫌良く新たな酒をジョッキに注ぐ。
「うっわ、酒臭っ! どんだけ飲んだんすかおっさん!」
「ガハハ! 馬鹿おめぇ、宴は飲んでなんぼだろが! お前も飲め飲め!」
「飲まねぇよ! 離せ!」
抵抗するシオンだが、ゴルダはなかなか離そうとしない。そんな様子に吹き出すエリス。笑ってないでどうにかしてくれ。
「そうだ、お二方。もし良かったらでいいが、俺のパーティーに入らねぇか?」
「はい?」
絡んできたゴルダは、突然思い出したように二人を誘ってきた。
「冒険を続けるにしても、二人だけだと何かと不便もあるだろう? お前さんらみたいな実力者ならうちも大歓迎だしよ」
ゴルダは酔ってこそいるが、その言葉はどうやら本心のようだ。まさか街一番の冒険者パーティーのリーダーから誘われるとは思ってもみなかった。
確かに二人での冒険には、どんなに実力があろうと限界がある。奪還戦に行く前に挑戦していたダンジョン攻略がいい例だ。もしベテラン冒険者であるゴルダのパーティーに参加すれば、今まで以上に効率良く依頼がこなせるだろう。自由度は多少狭まるかもしれないが、それも些細な問題だ。
「あー、エリスはともかく、自分はそんなに強くはないっすよ」
「何言ってんだ! お前さんだってあの化け物を一人で倒してただろうが! それで強くなくて誰が強いんだって話だろうがよ!」
ゴルダの言う化け物は、奪還戦に乱入してきた竜が置いていった魔物の事だ。確かにシオンは満身創痍になりながらも単独であの魔物のうちの一匹を倒している。
「見てたんすか……でもあれ、エリスの補助もあったから倒せたんだし、それで実力あるって思われても……」
「だから、その補助があってもあれを倒せる奴はそうそういないって言ってんだ。お前はもう少し自信を持つほうがいいぜ? で、どうすんだ? 参加しねぇか?」
自信、ねぇ。間近にぶっ飛んだ輩がいるせいか、どんなに実力があっても所詮はその程度、と思ってしまうのだが。
ともかく、ゴルダと組むべきかどうか、か。シオンは悪くない提案だと思うが……。
「お前はどう思う?」
シオンが独断で決めるわけにはいかないだろう。パートナーであるエリスの意見も聞いてから判断すべきか。そう思い尋ねるシオン。その返事は、
「ん〜、私はもう少しシオン君と二人で冒険者してたいですね」
エリスの意見は否定だった。こいつ、パーティーに参加する損得をしっかり考えてるんだろうな?
「ガハハ! そうかそうか! 余所者が邪魔しちゃ悪いか?」
断られたものの、笑って納得するゴルダ。だがちょっと待て。そんな理由なわけないだろうに。
「そうですよー。私、もっとシオン君とラブラブしてたいですものー」
「お前、まさか酔ってんのか?」
エリスのアレな発言に頭を痛めるシオン。手元の飲み物は果物ジュースのはず……だよな?
「仲が良さそうで何よりだ。気が向いたらいつでも来いよ。歓迎するぜ」
ゴルダは大人しく引き下がったが、明らかに勘違いされている。違うぞ、こいつとはまだそんな関係じゃないって。
「盛り上がっているみたいですね」
そんなシオン達に、新たに話しかけてくる人物がいた。青年の外観をしたハーフエルフ。この冒険者ギルドのギルドマスターだ。
「あ、どもっす。すんません騒がしくて」
「いえいえ、楽しんで頂けているようで何よりですよ……シオン様、エリス様。あなた達二人に連絡がありまして」
「うん? 私も?」
思わず顔を見合わせる二人。ギルドマスターがわざわざ直々に伝えに来る連絡とは何なのか。
「お二方の先の国境砦奪還戦の功績から、ランクアップするに足る活躍を成されたと判断しました。シオン様はこれよりCランク、エリス様はBランクに昇格する事に決定致しました。おめでとうございます」
「…………まじっすか」
シオンは耳を疑った。まさか自分がここでランクアップするとは思ってもみなかった。
さらには、エリスは冒険者の中でもエリートとされるBランクへの昇格。まあ、彼女ならば何ら疑問はないが。
「おお! やりましたねシオン君! 二人揃ってランクアップですって!」
「おめでとうございます」
「ガハハ! 凄いじゃねぇか! 聖女様も俺と同じランクか! こいつぁめでたい! もう一度乾杯するか!」
この偉業がどれ程凄い事なのかわかってなさそうなエリスと、各々祝福するフラムさんとゴルダ。二人が昇格したという情報は瞬く間に酒場にいる冒険者達に伝わった。
「シオンとエリスの昇格を祝して! 乾杯!」
「かんぱ〜い!」
ゴルダの再度の祝盃の音頭に、今度はエリスもシオンも参加した。自分達の事を祝ってもらうのは、悪くないかもな。
「シオンく〜ん! 愛してるぅ〜!」
「わ、何だよおま……お前酒飲んだのか!?」
「酔った勢いなら押し倒しても仕方ないって偉い人が言ってました! ですのでシオン君、覚悟して下さいね……うへへへへへ〜」
「何だその酔ってるのかわかりにくい冷静な暴走は!? やめろ! 離れろ! くっつくな!」
その後は、酔ったエリスに絡まれ続け、予想外の疲労と脱力感に苛まれるシオンだった。
こいつにはもう酒は飲ませねぇ。




