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神託の巫女。

「まずはそちらの結果から聞こうか、巫女殿?」


 神託の巫女、アユミの座るソファーの近くの椅子に腰掛けながら、テーブルの上で手を組み話を促すトモエ。アユミは水を飲み干したコップをテーブルに置きながら頷く。


「ん、こっちは多分当たりだと思う。直接本人に会えたわけじゃないけど、騎士団長さんに話を聞けたし」


 アユミの話を聞きながら、トモエは机に紙を広げペンを取る。


「入団した時期がおよそ一月前だから、多分ここに転移してすぐだね。名前はカザマ・イサミ。性別は男性、歳は十八くらいだって」


「ふむ、どの権能かまで特定できたか?」


「話を聞く限りだと、グリア神の権能が有力候補かな。色々活躍してるみたいだけど、特に弓の腕が凄いって。後、感知能力の高さも話題になってた」


 トモエはアユミの語る情報を纏め、ペンを走らせる。


「グリア神……他の神の可能性はないのか? 例えばイルア神の権能とか」


「勿論その可能性もあるけど、とりあえずの候補だからね。どっちにしても、異界人である可能性は高いよ」


「ふむ、それもそうか。ニホンジン的な名前に、時期も重なっている……確定と見て進めよう。サーグラ国の騎士団に入団している、か……どうにか引き抜けはしないものか」


「無理に取り入る必要はないと思うけどね。サーグラ国はこっちとは友好国だし。でも、機会を見つけて話し合いたいのは確かだね。ボクから働きかけとくよ」


「うむ、そちらはお前に任せるほうが良いな」


 トモエは話を纏め、走らせていたペンを止める。


「ボクの調査はこんなところかな。やっと三人目の足取りを掴めたけど、あと四人……先が重いやられるよ」


 報告を終え、無気力にソファーに身体を沈めるアユミ。その様子を見るトモエは、不敵な笑みを浮かべ。


「そうとは限らんぞ? 今度はこちらの情報を伝えようか」


 眼鏡をくい、と上げながら誇らしげに語る。


「そういえば、そっちも何か掴んだんだっけ? ずーっと魔術の研究ばっかりしてたのに、何処で聞いてきたのさ?」


「ハッハッハ、確かにごもっとも。この情報は王子殿からの提供だからな」


「自分の手柄でもないのにそんなに偉そうにしてたの」


 トモエの態度に呆れるアユミ。アーヴァタウタ大国の王子は、自分達の事情を知る数少ない理解者だ。その為、二人が捜査している事柄に関係がありそうな情報があれば流してくれるように頼んでいる。

 トモエの言う情報は、その王子様からの提供だったようだ。


「ともかくだ。先日、ヴァスキン帝国側の国境砦が帝国に占拠された事件は聞いているな?」


 それまでメモを書き進めていたものとは別の紙を出し、トモエは少々強引に本題を始めた。


「ん、一応ね。確か解決済みなんだよね?」


「うむ。しかしその奪還戦についての報告書に、我々が注目すべき点が三つも見つかったのだ」


「ふーん、三つねぇ。まあ、数打ちゃ当たるって言うしね」


 アユミはあまり期待してはいないらしく、ソファーに身体を預けたまま空返事をする。


「いや、どれも有力であると判断しているぞ。まずは帝国側だが、帝国兵達の士気を極端なまでに上昇させ、尚且つ国境砦に勤めていた兵士達を洗脳し手駒に貶めた少女がいたらしい」


「……は? ちょっと待って、それってまさか……」


 トモエの始めた報告に、目を見開き身体を起こすアユミ。その内容は、あまりよろしくない予想ができてしまったからだ。


「さらに、奪還戦に参加していた者の報告に、その少女がイーヴィティア神の権能のスキルを所持していると本人から聞いたという話まである。議論の余地なく確定だろう」


「……最悪。よりにもよって帝国に行ってるって」


 アユミは思わず頭を抱えた。イーヴィティア神の権能というスキルの詳細を、そしてヴァスキン帝国の行動指針を理解しているが故、その組み合わせが引き起こす事態を予想できる。それは言葉の通り、最悪な展開だった。


「名はカミドリ・マツリ。十一歳の白皮症アルビノの少女だそうだ。報告を見る限り、自分のスキルの使い方を理解しているようだな。わかりやすく悪用している」


「あー、もー、どうしてこうなっちゃうかなー。ちょっとイーヴィティアに文句言ってくる」


 不機嫌な態度を隠そうとせず、立ち上がったアユミは側の何もない空間に手のひらを掲げる。


「待て待て、話はまだ終わってないぞ? 神様への苦情はその後にしてくれ」


 アユミの行動を引き止め、続きを聞くよう頼むトモエ。アユミは大きな溜め息をひとつつき、再びソファーに座る。

 仮にも偉大なる神に対してあんまりな態度だったが、それはそれとして。


「気になる点が三つなんだっけ? ……てゆーか、イーヴィティア神の権能相手によく砦を奪還できたね?」


「うむ、その理由なのだが、その少女の洗脳術が通じなかった者が二人、奪還戦に参加した者の中にいたという話だ」


「え、嘘。神の権能だよ? それに抵抗できるって……」


「その者のうちの一人は、奪還戦に赴いた領主の私兵と冒険者の混成隊全員に、領域拡大魔術を用いて防護魔術と武装強化魔術をかけるという離れ業をやってのけ勝利に導いたそうだ」


 トモエの発言に、アユミは口元を抑え少々考え込み、


「……ルキュシリア?」


「おそらくな。二人とも冒険者だそうだが、今回の功績が認められランクアップしたそうだ。大魔術を行なった者はBランク、もう一人はCランクらしいな」


「もう一人はどんな事したの?」


「それなのだが……高い感知能力によって敵兵全体の人数を前もって把握し、その中にいる少女の存在にも気付き早い段階で接触、帝国兵を撤退させるのに大きく貢献したそうだ。因みに、件のマツリという少女から本人の情報を聞き出したのもその冒険者だそうだぞ」


「感知能力って……グリア神?」


 アユミが詳細を聞いた冒険者の活躍から予想した神の権能は、先程自分が調べた人物と想定が被る。


「やはりそう思うだろうな。だから俺も先程のお前の報告に疑問を抱いたのだ」


「んー、まあ、何も感知能力を強化する権能はグリア神だけじゃないしね。グリア神が感知能力を中心に身体能力を強化するだけであって。イルア神とかエセティア神とかも一応は強化するんだし……や、ただ単にその冒険者が感知能力が特別高い現地の人って可能性もあるよね?」


「いや、それだとイーヴィティア神の権能に抗えた理由がわからん。決して不可能というわけではないだろうが、可能性としては権能持ちと考えるほうが無難だろう」


 神の権能による影響に対抗するには、同じく神の力に由来するスキルを所持していなければならない。神の権能を持つ存在が七人いる事が確定である以上、それ以外の人物がそれに匹敵するスキルを持っている低い可能性を考慮するよりは無難と考えるべきだろう。トモエはそう判断している。


「はー、びっくり。まさか三人も権能持ちが参加している戦争だったなんて」


「本当にな。やはりここはその冒険者二人に接触してみるべきだろう。騎士団に所属しているほうとは違い、行動に融通の利く冒険者なのだから、この王城に招くのも難しくはあるまいて」


「だね。明日早速行ってくるよ。どこの街なの?」


「リインドの街だ。冒険者として顔を出すか?」


「んー……や、巫女として行くよ。権力者として誘うほうが成功率も高いだろうしね」


「そうか。権能について……いや、異界人という単語を出せば必ず了承するとは思うがな。さて、最後のひとつだが……」


「あれ? 今の二人が気になる点の二つじゃないんだ?」


 情報はここまでだと思っていたアユミ。どうやら二人の権能持ちの冒険者という情報はまとめてひとつに数えていたらしい。


「うむ。これも重要な事だ……その戦場に、『ジャバウォック』が現れた」


「!」


 トモエが伝えた最後の情報は、それまでの権能のスキルを持った人物に関するものとは毛色の違うもの。


「ジャバウォックは件の三人の権能持ちに何かしら意味深な事を呟いた後、『バンダースナッチ』を六体召喚し暴れさせ、自分は戦場を去ったそうだ。バンダースナッチは権能持ちの手によって討伐されたが、その隙に帝国兵は撤退。イーヴィティア神の権能持ちの少女を取り逃がす流れになったとの事だ」


「やっと尻尾を出してきたってわけね。でも、どうしてその戦場に?」


「これは推測だが、ルキュシリア神の権能持ちの冒険者が使った大魔術の余波を察知したのではないかと睨んでいる。かなり強力な魔術だったはずだからな。恐らく相手も、今回の件で神の権能を持った人間が現れた事に気付いたはずだ。今後は活発に動き始めるやもしれん」


「そっか……どうにかして足取りを掴めないかな?」


「難しいだろうな。ジャバウォックも『時空間魔術』が使えるのだろう? まともに対抗できるのはお前くらいのものだ」


「まあ、そうだよね。仕方ないけど後手に回らざるを得ないか。もどかしいね」


「奴に関しては現状できる事はないな。各地に出没するバンダースナッチを駆除する程度か」


「要するに今まで通り、ね……さて、と!」


 話を切り上げ立ち上がるアユミ。そして再度、何もない空間に手のひらを向ける。


「もうリインドの街に行くのか? せめて夜が明けてからでも……」


「や、さっき言ったでしょ? イーヴィティアに文句言ってくるって」


「あー……本気だったのかそれ」


「当然でしょ! 明らかにやらかしちゃってるし! 泣くまで罵倒してやるんだから!」


「程々にな」


 偉大なる七柱の神が一柱を泣かせてくると宣言するアユミ。その指先が、空間に穴を開ける。その穴は瞬く間に広がり、人一人が楽に潜れる円が出来上がる。アユミがその穴に入ると、すぐにその穴が消失する。

 部屋の中には、トモエだけが残された。


「さて……サーグラ国に一人、ヴァスキン帝国に一人、そしてリインドの街に二人、か。残る異界人はあと一人。面白くなってきたな」


 トモエは交わした情報を纏め、楽しそうに呟いた。






 その情報の中のひとつに誤りがある事を、彼はまだ知らない。

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