噂の黒騎士。
街の近辺に幾つものダンジョンや森林、霊峰等、魔物の巣窟となっている場所が多く未開の地も豊富と言われているここミスハギは、冒険者の街と呼ばれる程に冒険者達の活動が盛んな街だ。
国内の冒険者はこの街で活動をする事を目標にする者も多く、各地から一獲千金を夢見て集まった冒険者の人口は、一般市民の総数を上回りかねない数にまで昇っているという。
ミスハギの冒険者ギルドは今日もそんな冒険者で賑わっている。依頼受理担当の受付、完了手続きの受付、酒場のカウンター。どちらもひっきりなしに冒険者の者達が行き交う。
テーブルも冒険の成功を祝して宴会を開いているパーティーや、逆に上手くいかなかったのであろうか、自棄酒を呑む冒険者等、随分と繁盛しているようだ。
他の街の冒険者ギルドと比較しても、規模も顧客も数段高い。冒険者の街の名に恥じない盛況だ。
そんな冒険者ギルドに、一人の男が来店した。
彼の姿を視界内に捉えた者は、誰もが一度は目を止めてしまう。多種多様な冒険者達の中にいても、彼はそれ程特徴的な外見をしているのだ。
全身を隙間なく覆う、漆黒の鎧。彼程の背丈を持つ者はこの冒険者内にはいないであろうと思われる程の巨躯。人一人くらいなら余裕を持って包めてしまえそうな大きな麻袋を片手で背負っている。
顔までも兜に覆われ素顔を隠したその男は、皆の注目を浴びながらも意に介する素振りはなく、真っ直ぐに依頼完了担当の受付へと足を運ぶ。
列に並び程なくして、男の順番が回って来て、初めて彼は声を出した。
「依頼の地竜の首だ」
短く要件を言った男の声は、兜に反響してかやたらとくぐもっており、年齢等を判別するには難しい。背負っていた麻袋を傍に下ろし、ギルドカードを提示する。
「はい、確認させて頂きます」
エルフの受付嬢が応え、他のカウンター内のスタッフが出てきて麻袋を回収する。カウンター内で広げられた袋の中には、男が語った通り、巨大な地竜の生首だった。首だけでこの大きさならば、その全身は余程のものだっただろう。
「他にこちらで引き取らせたい魔物の素材はございませんか?」
「いや、あれだけだ。他の素材を持ち運ぶ余裕はなかったからな」
受付嬢の質問に手短に答える男。あの大きさの物を一人で運んで来たのだから仕方ない事だろう。
それよりも、地竜は基本、Bランク以上の冒険者が一人以上は参加しているパーティーが挑んで倒せるかどうかと言われている程強力な魔物だ。それを単身で討伐してきたこの男の功績に、ギルド内で彼の動向を伺っていた多くの冒険者達が騒ぎ出した。それ程までの実力を誇る者は、冒険者の街とまで呼ばれているこのミスハギの街の中でも数える程もいるかどうか。
「では、こちらが報酬になります、『黒騎士』様」
受付嬢が彼に差し出したのは、滅多にお目にかかれない金貨が一枚。男はそれを受け取ると、ゆっくりと出入口に向かい始めた。
受付嬢は彼の事を黒騎士と呼んだ。名前ではなく。
その理由は、彼が冒険者として登録した名が『黒騎士』だからだ。
彼が冒険者登録をする際、一切の素性を隠して登録をしたのは、彼を知る冒険者の間では有名だった。登録の際個人情報をギルドに伝えなくとも、登録自体は可能なのだ。
しかし、当然ギルドからの信頼は得られない為、活動の際の評価は自ずと下げられてしまう。このデメリットは決して無視できるものではない。
にも関わらず、彼の登録時のクラスは、本来登録したばかりのランクよりひとつ上のDランクだった。
彼は個人情報こそ秘匿したが、身体能力の鑑定には了承したのだ。そして彼の能力があまりにも高い事が判明し、通常よりも高いランクで登録される運びとなった。もし彼が個人情報も開示していたならば、さらにひとつ上のランクで登録されていただろうとギルドの職員達は語っている。
そんな彼の冒険者登録時の経緯を知り、快く思わない冒険者が彼にちょっかいを出し返り討ちに遭った事も有名だったりする。
決して実力の無い者ではなかったのだが、それを容易く一蹴してしまった事で彼の技量は本物であると誰もが理解した。
冒険者同士で揉め事を起こしたのでギルドから注意されてしまっていたが、それはそれとして。
そして、冒険者登録を行なって一月程経った現在、彼はCランクに昇格していた。
これだけの短期間での昇格は過去に例のない快挙だが、もう誰もその功績を疑いはしなかった。彼がその期間内に討伐してきた魔物は、本来ならばBランクの冒険者が相手をしなければならない程に強力なものも存在していた。
個人情報を秘匿したが為のギルドからの一定評価の低下を以ってしても、余りある功績を挙げていたのだ。
彼は今、冒険者の中でもひと際注目を集めている。素性を隠した実力者。そのミステリアスな存在感が皆の想像力を掻き立てられ、彼の素性に関する様々な噂が飛び交っていた。
曰く、国を追われた叛逆の騎士。曰く、裏世界で暗殺を請け負っていた殺し屋。曰く、影で世界を救っていた勇者。鑑定結果によって種族は人である事は確かだが、それ以外に彼の素性の判断材料は一切ない為、日に日に彼の噂は尾ひれが付いていく一方だ。なかにはドラマ性に富んだ内容まであり、彼に関する噂は面白おかしく広まっているのだった。
そんな謎多き冒険者、黒騎士がギルドを後にした。
「聞いたかよ、今度は地竜をソロで殺ったんだとよ。信じらんねー」
「もうあいつが狩れない魔物なんかいないんじゃないか? とんだ化け物だぜ」
「てか、あいつドロップアイテムは何も取ってなかったのか? じゃあ、あいつが倒した地竜のドロップ、今から探せば取れるんじゃね?」
「お前、地竜が出てくるような場所に行けるのかよ? そこに行く前に他の魔物に食われちまうよ」
「あー、今のなし。もったいねー事しやがるぜあいつ」
「金に困っちゃねーんだろ。羨ましい限りだ」
「登録した時から装備は変わってないし、元々金持ちなのかもな」
「そりゃお前、あんなガタイに合う鎧なんざそうそうないだろ」
「何で冒険者なんかやってんだか。ま、やっぱワケありなんだろうがよ」
「ワケありの癖にあんなに目立っていいのかねぇ?」
ギルドを出た黒騎士に対する話題を、中にいる冒険者達は思い思いに語りあうのだった。
(……フッ、またも我が罪深き所業に皆が息を呑んでいたようだな。無理もない。我が深淵たる闇の力の前では地竜すらも赤子同然……いや、それでは我と死闘を繰り広げし気高き彼の者に失礼か。あれは間違いなく強者だった。運が悪かっただけだ。真なる闇の力に目覚めし我と相対してしまっただけの事。せめて安らかに眠るがいい……しかし、あの新技はあまり良い物ではなかったな。死よ、静寂と躍れ……全然静かじゃなかったし。失敗だったか。だがこの名を捨てるには惜しい。名に合う技を考えつくまでは保留だな。しかし、我自身にもそろそろ皆が何かしらの通り名を思い付いても良い頃合いではないか? 黒騎士だけでは味気ない……いや、シンプルに良い名だが、何かこう、もっとカッコいい……否、我に見合う評価を的確に言い表す異名というものが。いっそ自分で名乗るか? 『顕現せし深淵』……『漆黒の鎧王』……ふむ、考えておいても良いかもしれんな。フッ、課題がひとつ増えたか。腕がなるな)
寡黙で謎の多い黒騎士のそんな思案は、誰にも悟られる事はなく。
ユート・マキセ。十四歳。
エセティア神の権能というスキルを持つ、異界人である彼は、彼なりに異世界生活を満喫しているのだった。




