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騎士の在り方。

 サーグラ国王都近隣の街道に、ゴブリンの大群が居着いてしまった。

 ゴブリンという魔物は単体では大した脅威はないが、高い繁殖能力と集団戦を好む性質から、大量に集まるとその危険性が跳ね上がる。今回の事象はその典型だった。


 そのうえ、この集団は異様に統率力が高い。どうやらゴブリンの中に集団の指揮が可能な程頭脳が発達した、所謂リーダー格の存在がいるようだ。こうなってしまうと、相手をするには最早戦争も同然。対処の際にどれほどの被害が出るか想像もつかない。


 サーグラ国騎士団副団長のバネッサは、騎士団を束ね今まさに眼前のゴブリン集団と衝突しようとしていた。

 サーグラ国は冒険者の活動が他国に比べ小規模だ。故に、このような有事の際は国力を以て対処に当たる事が多い。騎士団は一人一人が精鋭と呼べる実力者集団だが、それでも数が圧倒的に上回るゴブリン達。征圧できるか怪しいところだろう。


 普通ならば。


「……見つけた。仕留める」


 それまでバネッサの側で黙していた騎士が呟き、弓矢を構える。上空に放たれた矢は勢い良く弧を描き、ゴブリン集団の中に吸い込まれてゆく。そして、


「……射抜いたぞ」


 その騎士はバネッサにすぐに伝える。副団長である彼女に対して敬語を使わない彼に、しかしバネッサは気にする様子もなく、


「わかった。皆、突撃だ! 殲滅せよ! 我等サーグラ国騎士団の力、思い知らせてやれ!」


 声を張り上げ騎士団に号令をかける。それに従い動き出す騎士団。対するゴブリン達は、明らかに動揺が広がっていた。


「まさか本当にリーダーを見つけ出し仕留めてしまうとは……毎度ながら驚かされる」


「大した事でもない。後は烏合の衆なんだろう? さっさと片付けようか」


 バネッサに称賛される騎士は、自らも剣を抜き他の騎士団に続く。他の騎士達と同じ、顔まで隠したフルフェイスの兜。騎士団の中に混ざり、もう見分けはつかなくなってしまう。


 リーダーを失い困惑するゴブリン達は騎士団に瞬く間に蹂躙され、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。最早こうなれば征圧も時間の問題だろう。


「可能な限り仕留めろ! また増やされて同じ事が起きないようにな!」


 バネッサの指示に従い、騎士達は容赦なくゴブリン達を屠って行く。その中で一人、剣を鞘に収め弓を手に、遠くに逃げてしまったゴブリンに向け一射一射的確に射抜き始める騎士の姿があった。


「……フッ、あいつはこんな中でもわかりやすいな」


 戦場の直中で休みなく精密な矢を放ちながら、時折近くに迫り来るゴブリンには剣を抜き無駄なく斬り捨てる。他の騎士達とは明らかに毛色の違った男。その姿にバネッサは思わず苦笑を漏らしたのだった。





 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





「皆の者、ご苦労だった!」


 ゴブリン集団の征圧は、大成功を収めた。騎士達の中には怪我を負った者こそ少なくないが、死者はなし。取り逃がしたゴブリンもほとんどいなかった。似たような現象が再発する可能性は低いだろう。


 騎士団は互いに労いながら帰還し始める。この征圧に大いに貢献した騎士も、兜を脱ぎひと息ついていた。

 まだ歳は二十に達していないであろう彼は騎士団の中でもひと際若い。整った顔立ちは女性ならば誰もが目を奪われるであろう見目麗しさ。精悍でこそあれど無骨な男ばかりの騎士団の中では尚に目立つ容姿だ。


「今回もお手柄だったな、イサミ。やはりお前を騎士団に誘って正解だったよ」


 バネッサはそんな彼に寄り、その武勲を讃えた。


「役立てているなら何よりだ。お前には幾つも借りがあるからな」


 褒められた騎士、イサミはあまり表情は動かさずそれに応える。無愛想な印象こそ受けるが、バネッサにとって慣れた事だ。他人には見分けのつかない彼の微細な表情の変化を知っている自分は、それが密かな自慢でもあった。


 バネッサが彼と出会ったのは一月程前。今回のような危険な事態でこそなかったものの、国の周辺に現れた危険な魔物の対処をしていた際に彼が迷い込み、武器を持たないその身ひとつで問題を解決して騎士達を驚かせたのは記憶に新しい。

 バネッサは迷わず彼の実力を見込んで騎士団に誘った。その際に彼の中々に複雑怪奇な事情を聞き、惜しまず彼に手助けをし今に至る。


 イサミは、異界人だと言う。

 それが真実なのかは測りかねるが、この世界の事をあまり知らないのは事実のようで、バネッサは親身になってこの世界の彼の知らない事を教えた。とはいえ、彼が元々住んでいたという世界も中々に常識的ではあったようで、教える事に苦労は全くなかったのだが。


 また、彼は身体能力が異様に高い。

 騎士団に入団する際に調べた彼の能力には、最高評価とされるA評価の能力が複数あった。そんな人物、過去に一度として聞いた事がない。

 そして誰も目にした事のないスキル、グリア神の権能。

 世界創世の七柱の神の一柱、豊穣や狩猟といった事柄と関わりが深いとされている神、グリア神様の名を冠せられたスキル。恐らく彼は、神に愛された存在なのだろう。


「……何だ? 俺の顔に何かついているか?」


「いや、すまない。何でもない」


 彼とのこれまでの経緯を思い出していたら、無意識のうちに彼を注視してしまっていたようだ。本人に気付かれ、少し恥ずかしくなり顔を背けた。


 そうこうしているうちに、騎士団はサーグラ国へと帰還した。活気に溢れる城下町を抜け、王城近くの騎士団本部に到着する。


「やあ、みんなお疲れ様。その様子だと問題なく済ませたようだね」


「は、只今帰還しました」


 出迎えたのは騎士団団長。あまり荒事には向かなさそうな優男だが、実力を疑う者は騎士団どころかサーグラ国内にはいないであろう、名の通った男だ。生真面目なバネッサとは対照的な、少々規律に緩い面こそあるものの、多くの騎士団員から慕われている。


「今回もイサミ君が活躍したのかな? イサミ君もすっかりうちに馴染んでくれて嬉しいよ。街の女の子にも人気があるみたいだしね」


「……なんですって?」


 団長の言葉の中に、バネッサには聞き逃せない点があった。


「おや、初耳かい? イサミ君、何かと目立つしね。今日もイサミ君の事を聞きに来た女の子がいたよ。あんまり見かけない娘だったけど。いやぁ、モテるって羨ましいなぁ」


 軽い調子で言う団長だが、バネッサは気が気でない。確かに容姿は文句なしに美形だし騎士団内で最近最も活躍してるが……いや、改めて考えたら注目を集めるのには充分過ぎるではないか。なんと言う事だ。


「でっ、でででですが団長! 色恋等騎士には不要! 国に身を捧げてこそ誉ある騎士と言えるのではないでしょうか!?」


「あははは、動揺し過ぎだよバネッサ。君、そんなに面白いコだったかい?」


「動揺など! 決してそんな!」


「元々俺はそんなに興味なかったが……仕事に差し支えるなら御法度か。覚えておくよ」


 イサミはバネッサの言葉を聞き、そのように言い残してその場を離れる。宿舎に向かったようだ。イサミの言葉に安堵するバネッサ。彼が誰とも知らない女の子と一緒にいる場面を想像すると……いや、その心配はなさそうなので大丈夫だ。大丈夫だとも。


「あらら、良かったのかい?」


「は、何がですか?」


「いや、色恋御法度って、君もイサミ君にそういう対象に見てもらえなくなるんじゃないかなーって」


 団長のその言葉に、泣きそうになるバネッサだった。

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