終結、そして。
戦場に乱入した魔物達。兵士達はその猛威に抵抗するが、次々とその凶悪な牙の前に倒れてゆく。兵士達の鎧を容易く貫き、また、刃を通さない肌もあって止めようがない。
エリスの補助魔術が施された混成隊の兵達の武器による攻撃はその強靭な肌になんとか傷を与えられているが、誰も決定的な一撃を出せていない。防護魔術によって多少は魔物からの攻撃に耐えられているが、圧倒的に劣勢である事に変わりない。そのうえ、混成隊の中には補助魔術の効果が終わってしまっている者も現れ始めていた。
このままでは、全員魔物に蹂躙されてしまう。
「止めなきゃ!」
エリスはマツリを放し、結界魔術を解除し魔物へと向かい駆け出した。
「お、おいエリス!?」
「マツリちゃん! 後で返事聞かせてね! シオン君も、早く! 『聖光矢』!」
エリスは二人に言い残し、手近な魔物に遠距離用の攻撃魔術を放ち自分に意識を向けさせ、兵士達への猛攻を止めさせた。
「女神様!」
そして、結界が無くなった事に気付いた敵兵達がマツリへと殺到する。やっぱりこうなるよな。
シオンはすぐにマツリへ詰め寄り再び人質にしようとする、が。
「って!?」
何処からか轟音が聞こえ、同時にシオンの頭部に衝撃が走る。攻撃された!?
額を抑えながら攻撃をしてきたであろう方向に目を向けると、早馬に乗りこちらに近付いて来る者の姿が確認できた。
こいつだ。シオンが今までに感じた事のない気配をしている男。フラムさんの考察によれば、恐らく魔族。
「頑丈な防護魔術だなァ? 普通なら脳天ブチ抜いてたってのによォ? ヒヒヒっ」
シオンが攻撃を受け動きが止まってしまった隙に、シオンとマツリの間に敵兵達が並び立ってしまった。そしてその兵士達の前に、魔族の男が馬を止める。
「どうする女神様? 退却か?」
「…………」
男はマツリに語りかけるが、当の本人は俯いたまま反応を示さない。先程のエリスとの会話が未だに頭に残っているのかもしれない。
そんな少女に、馬から降りた男が身を屈め、耳元に何かを囁いた。その言葉はシオンにまでは届かなかったが、その後のマツリは頷きながら男に従い、他の兵士達に助けられながら馬によじ登った。
「おい待て! 誰が逃すか!」
食い下がろうとするシオンだが、魔族の男が向けた、手に持つ小さな筒状の物を前に警戒し動きを止める。さっきの攻撃は、この筒から打ち出されたのか?
男が取っ手の部分の人差し指を動かす。シオンは咄嗟にその筒の先に空いている穴の射線上から身を引いた。同時に先程と同じ轟音が響き、シオンの背後の地面に穴が空いた。
シオンは魔力感知能力によって、その攻撃の正体を察した。あの穴から、小さな魔力の塊が物凄い速さで放たれたのだ。
「……テッポウ? この世界ってそんなものもあるの?」
「あー? 何だその呼び方? こいつは『キャリバー』っちゅう魔道具だぜ? さて、さっさとずらかるとするか……てめェら! 退却だ! 元国境砦の連中は引き続き相手をしな! 女神様が無事に退却できるようになァ!」
魔族の男もマツリを抱える形で馬に跨り、兵士達に指示を出した。敵兵達がそれに従い動き出す。
「おまっ、あの魔物をこっちに押し付ける気か!?」
「当たり前だろォ? 国境砦を諦めるンだからあんな魔物にいちいち構ってられねェよ。じゃあなァ糞ガキ! せいぜい足掻いてみろや!」
「……シオン、だったわね? エリスに伝えてちょうだい」
馬にしがみ付くマツリは、エリスへの伝言を伝え始める。
「私の目的は……野望は、世界征服なの。あなたの庇護を受けるつもりはない……次に会う時は、敵として相手するわ」
マツリが言い終えると、男はすぐに馬を走らせ始めた。
「それがお前の答か! カミドリ・マツリ!!」
走り去る少女の言葉に憤りを覚えたシオンは思わず叫んでいた。あんなにも親身になって歩み寄っていたエリスに対して、あんまりではないか。
……世界征服、か。確かにマツリの能力ならば不可能ではなさそうだ。だが、シオンとエリスというマツリの能力が効かない存在がいる以上、その野望は簡単には行かない。その事をマツリ自身も理解したうえでの宣言だったのだろう。敵対する事を宣言したわけだ。
で、それよりも。
「貴様! よくも女神様にあのような狼藉を!」
「生かしては帰さんぞ!」
こちらに明確な敵意を向けて来る、元国境砦の兵士達。
「待てお前ら、まずはあの魔物からどうにか……」
「問答無用!」
案の定、こちらの言い分を無視して襲いかかってきた。くっそ、冗談じゃないぞ。
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「しかしまさか、お前の力が通じない奴が現れるなんてなァ? こりゃ一から計画の練り直しだぜ」
早馬の上で呟くトバリ。マツリの能力があれば、他国の攻略は容易であるという当初の考えは、その力に抵抗できる者が存在しない事が前提だった。
「しかし、イーヴィティア神の権能に匹敵するスキルでないと説明できねェはずだが、そんな奴が二人もいるとは思いにくいぜ。何か仕掛けがあンのか?」
「…………」
語りかけてくるトバリに対して、マツリは無言で返してきた。話題の二人とのやりとりを未だに気にしているらしい。
「なァ、女神様。もう一度言うぜ。正しいのはお前だ」
そんな少女に、自身の行いを肯定する言葉を並べるトバリ。その醜悪な笑みに満ちた表情は、少女の目には届かない。
「連中に何言われたのかは知らねェが、お前はこの混迷した世界を統べるに足る能力がある。それこそがお前の存在意義だ。その為に今までいろいろとやってきた。そうだろォ?」
トバリはマツリの行いを肯定しながら、同時に重い鎖のように少女を縛り上げる。
この世界を支配した時、少女の行い全ては正しかったものであると証明される。ならば、失敗したならば?
少女のこれまでの行いは、罪であると弾糾されるに足る所業だった。それら全てを、正しい行いであったと証明できなければ、少女は罪人である。トバリの言葉は暗にその事を仄めかしていた。
「……ええ、わかっているわ。私はもう迷わない」
マツリはトバリに改めて宣言した。自分はもう立ち止まる事は赦されていない。誰に何を言われようと進むしかないのだ。
「……エリスは、女の子のほうはルキュシリア神の権能を持っているそうよ。大魔術を使ったのも、その娘」
「……ほぉ?」
マツリは説得される前のトバリの疑問に答える。エリス自身から聞き出した、自分以外の神の権能のスキルを持つ存在。
「エリスは私と同じ異界人だったわ。それが意味する事は……」
マツリはそこで一度言葉を切り、
「力が必要だわ。イーヴィティア神の権能だけじゃ駄目。エリスやシオンのような人に対抗できる程の、戦う為の力が」
その真紅の瞳に、強い決意を宿して言い放った。
「シノミヤ・エリス……」
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「これで、ラストっ! 『断罪十字』!」
エリスの放った近距離用の攻撃魔術が、魔物の身体に直撃する。以前こいつと同じ魔物に対して撃った時よりも威力が高くなっているその攻撃は、一撃で魔物を絶命させた。
「おお! 流石は聖女様だ!」
「たった一人で、化け物どもをやっつけてしまったぞ!」
全ての魔物が倒れ、兵士達から歓声が上がる。エリスは皆からの声援に「どーもどーも〜」と嬉しそうに応えている。
しかしちょっと待って欲しい兵士達よ。現れた魔物の六匹のうち一匹は、このシオン君が頑張って倒してたりするんだぞ?
後は、一匹は多くの兵士達とゴルダとでどうにか倒していて、エリスが実際に単身で倒したのは四匹だ。勿論それでもとんでもない所業だが、少しは他にも苦労した者を労っても良いのではなかろうか? 主に同じく単独で立ち回っていて、尚且つ元国境砦の兵士達からの追撃も掻い潜って事を成したシオンとか。まあ、エリスの補助魔法込みでなければこんな事不可能だったが。
因みに、元国境砦の兵士達は全て制圧された。帝国兵達が全員撤退した事によって、補助魔法による戦力差のみならず数の差までもこちらが優位になったのだ。エリスやシオン、ゴルダ達実力者が魔物の相手をしている間に、ブロンサムの指揮の元、制圧を完了していたようだ。
国境砦奪還は、成功に終わったのだ。
「やー、一時はどうなる事かと思いましたけど、どうにかなりましたね〜。シオン君、お疲れ様〜」
エリスはシオンの元へ歩み寄り、シオンを労う。地面に大の字になって倒れているシオン程ではないが、その表情には疲労が見て取れた。
「おう、お疲れ……マツリなら逃げたぜ。お前の保護は受けないってよ」
「んー、この場にいないんですからやっぱりそうですよねー。新しい仲間フラグだと思ったんですけど。あーあ、せっかく私と同じ異界人に会えたのに」
シオンの報告を聞き残念そうに呟くエリス。あそこまで説得されていながら考えを曲げないとなると、最早敵対しか道はないと思うが。
「あいつは世界征服が野望なんだとよ。やっぱり危ない奴だ。次に会ったら止めんなよ」
「わ、何ですかそれ。魔王を目指しちゃうパターンの異世界転移でしたか。魔王マツリちゃん……おお、結構アリ?」
「ないわ。んな事許すわけにはいかないだろ」
「あはは、まあ、そりゃそうですよね。今度会ったらもっとしっかり話し合いたいですね」
どうやらエリスはそれでもマツリと解り合う事を諦めていないらしい。あっちは敵対する気まんまんだったんだが。
「魔王と言えば、あのドラゴン! 何なんですかねあいつ! こんな化け物置いてって! ホント腹立ちますよ!」
エリスは今度は先程の、魔物を呼び出し去っていった竜を思い出し愚痴を零した。まあ、気持ちはわかる。あいつの乱入がなければマツリを逃す事にもならなかったんだしな。
「神様達と何か関係があるみたいな事言ってたな。聖戦がどうのって……」
「多分また出て来るパターンですよねあれ。もー! 今度会ったらタダじゃおきませんからね!」
憤慨するエリスだが、これから先、あの竜と戦わなければならないのだろうか? 正直、不気味過ぎて相手をしたくないのだが。
「神様……そういえばシオン君、私やマツリちゃんみたいな、神様の権能のスキルの元になっている神様って、他にもいるんですか?」
エリスは今度は、そんな事を聞いてきた。どうしたんだ突然?
「ああ、この世界を創世した七柱の神様だな。お前やマツリのスキルの神様はそのうちの二柱だ」
「そうなんですか……ねえ、シオン君、私もマツリちゃんも異界人で、二人とも神様の権能のスキルを持っていますよね? その神様が七人……あ、七柱? もいるって事はですよ?」
……何となく、エリスの言いたい事が理解できた。
「神様の権能を持った異界人って、全員で七人いるって事ですかね?」