襲来。
「あ、貴女も……異界人なの?」
国境砦の兵達を洗脳し、自軍の士気を恐ろしい程に高めていた帝国の少女……マツリは、エリスに聞き返した。
「ええ、私以外にもここに来ている人がいるなんて思わなかったわ! 私とは違うタイプのチート能力まで持ってるし!」
エリスは嬉しそうにマツリの手を取り、握手しながら語る。
「貴女も、神の権能のスキルを……?」
「うん! 私のは、えーっと……ルキュシリア神、だっけ? 信仰魔術の上位互換が使えたりするの!」
「ルキュシリア神……じゃあ、あの兵士達全員を強化した大魔術も貴女が?」
「そうよ。なかなか凄かったでしょー! マツリちゃんはいつ頃ここに来たの? 私はだいたい一月前だけど」
「私も……同じ頃よ」
「やっぱりそうなんだ! わー、こんなところで私と同じ異世界転移した人に会えるなんて思わなかった! 嬉しい! しかも超絶美少女ときた! 銀髪ロングチート幼女とか何それヒロインですか! はー!」
エリスはやたらと高いテンションで矢継ぎ早にマツリに話しかける。途中から何だか暴走してきてる気がするが、大丈夫かこいつ?
「あー、待ったエリス。そいつが異界人だってのはわかったが……」
「あ! そうだ! シオン君! 絶対にマツリちゃんを殺しちゃ駄目ですからね!」
シオンがエリスに声をかけると、エリスは我に返りシオンの手からマツリを引き離した。そしてマツリを大事そうに抱える。マツリは困惑しなように目を丸くしながら、エリスにされるがままだ。
「いやいや、それとこれとは話が別だろ。いくら同郷のよしみって言ったって、そいつが危険過ぎる存在だって事に変わりないんだからな? てか、むしろこいつの力がお前と同じ神様の権能に由来する能力だって判明した以上、尚更放っておくわけにはいかないってわかったしな」
「嫌ですー! せっかく会えた私と同じ立場の人なんですもの! どうにかして……あれ? マツリちゃんこれ……ええ!? 大きい!? ロリ巨乳!? どんだけ属性てんこ盛りなんですか!?」
「きゃっ、そ、そんなに触らないで……」
「おお、これはこれは……うへへへへへ、良いではないか良いではないか〜」
マツリを抱えたエリスが、彼女の胸の大きさに気付き驚きながら後ろから揉み始める。マツリは顔を真っ赤にしながら抵抗するが、あまり効果はなく余計にエリスを調子に乗らせている始末。
見兼ねたシオンは二人に近寄り、エリスの頭を軽く小突いた。
「痛っ! 何するんですか〜!」
「こっちの台詞だ。何やってんだお前は」
「いやだって、こんなに小さいのに立派なモノをお持ちで……シオン君も触ります?」
「やめて差し上げろ」
悪ふざけも大概にしとけよ。またマツリが泣きそうになってるじゃないか。というか実はさっきこいつを抑えてた時に結構堪能して……いやいや、違う。そうじゃない。これでは話が進まない。
「とにかく! 同じような立場だからって同情しちゃ駄目だろ。わかってるのか? そいつの存在は多くの人を狂わせるんだ。しかもその力を悪用までしている。許していい奴じゃないんだ」
「いいえ! 話せばわかります! ね、マツリちゃん、私と一緒に来ない? その力を悪用しないって約束してくれるなら、私が守ってあげるから」
エリスはそれでも強情に否定し、マツリを自分と向き合わさせ質問する。いやいや、口約束なら誰にだってできるっての。そんなんで信頼できるわけがないだろう。
「私、は……」
マツリはエリスの提案に言葉を濁している。助かる為にすぐにでも頷くと思ったが。
エリスの誘いに悩み戸惑っている様子のマツリ。そんな彼女に、エリスが優しい声色で語り始めた。
「あのねマツリちゃん、聞いて。私にはシオン君がいたの。この世界に来てすぐ側にシオン君がいて、襲いかかってきた魔物からシオン君が命がけで助けてくれて、私のこれからについて親身になって考えてくれて、一緒に冒険者パーティーを組んでくれて……」
エリスが語る内容は、エリスがこの世界に来てからのシオンとの生活についてだった。シオンにとっては一部誇張して表現している気がするが、まあ、エリスの目線からはそのように感じ取っていたのかもしれない。
「私のせいで死んじゃうくらいの大怪我を負わせちゃった時もあったけど、それでも変わらずに一緒に居てくれたの。今後の事も一緒に真剣に考えてくれて、いつもいつも、シオン君が私の事を支えていてくれたの。だから私は、何も知らないこの世界で今まで生きて来れたの……ねえ、マツリちゃん」
何故エリスがそんな事をマツリに語るのか疑問に思っていたが、シオンにもようやく理解できた。
「あなたは、何を支えにして今まで生きて来たの?」
前置きが長かったが、エリスがマツリに尋ねたいのはその事のようだ。そのエリスの質問に、マツリの瞳が揺れる。
「今までマツリちゃんを支えて来たのは、マツリちゃんが能力で服従させた人々なの? その人達は本当にマツリちゃんの支えになってくれていたの? ううん、きっと、それ以外に選択肢がなかったんだよね。大国を侵略しようとしているのも、本当にマツリちゃんの意志なの? ……ねえ、マツリちゃん。今ならきっと間に合うから。だから……」
「やめて!」
少女を諭そうとするエリスの言葉を遮り叫ぶマツリ。優しく語りかけてきていたエリスを拒絶するように離れる。
「あなたに私の何がわかるのよ!?」
「わからないです。だから話しましょうよ。そうすれば少しでも分かり合えるはずです」
動揺を隠せないまま拒絶するマツリと、それでも尚歩み寄ろうと手を差し伸べるエリス。シオンはこの場は口出しはせず成り行きを見守る事にした。
マツリは突然知らない世界に一人で投げ出され、頼れる人も誰もいないままに能力に振り回されている。それがエリスの考えのようだ。本当にそうなのだとしたら、確かにマツリを責めるのはお門違いなのかもしれない。この少女もただの被害者だ。
しかし、本当にそれで良いのだろうか?
マツリの能力がこの世界の人類を脅かすものである事もまた事実なのだ。そんな爆弾を抱えた少女を見過ごす事が本当に正しいのか?
シオンは二人を見守りながらも、自分自身も葛藤していた。エリスの考えが本当に正しいのか。ここでこの危険な少女をどうにかするべきなのではないのか。今はともかく、少女が導き出す答えを待つべきか……。
「…………ん?」
そんな二人の様子を見ながら思案していたシオンは、突然、奇妙な違和感を覚えた。
二人にではない。エリスの作り出した結界の外からだ。
シオンはすぐに外を見回した。結界の外の様子は、周囲を敵兵達が取り囲みこちらを睨みつけている。結界の突破は諦めているようだが、エリスが結界を解除するのを待っているのだろう、事の顛末を伺っている。
違和感は、その先だ。
シオンは感じた違和感の理由に気付いた。あたり一帯は戦闘の影響であろう、熱気のような魔力に満ちている。この世に生きる動植物は、生き続けている限り常に微量な魔力を放出している。それがシオンが魔力感知能力によって判別している生物の気配の元だ。
だが、突然、戦場の一部に、その魔力を全く感知できない場所が現れたのだ。
まるでその場所にだけ、ぽっかりと穴が空いたような、そんな違和感。魔力を感知できないが故に、知る事ができた異常。シオンはその場所に目を向ける。
結界の周囲に群がる敵兵達の合間から見えたモノは。
「あの時の竜!?」
シオンが見つけたのは、エリスと最初に冒険者パーティーを組んで冒険した際に、巨大な爪を持った奇怪な魔物を倒した後に遭遇した、不気味な竜。まるで闇が滲み出たかのような漆黒が、景色を塗り潰している。
そしてその竜の周りには、未だ争いを続けている兵達。まるでこの竜の事が見えていないかのように。気付けば嫌でも目に入る程の巨体であるにも関わらず。
その竜も、シオン達のいる方向を向いていた。竜はこちらからは聞き取れない何事かを呟きながら、よたよたとこちらに近付いて来る。
「どうしたんですかシオン君? ……え!?」
「何、あいつ……」
エリスもマツリも、竜の存在に気付いたらしい。外の竜の姿に驚きの声をあげる。
程なくして結界の前にいる兵士達の背後にまで来た竜は、その兵士達を片腕で無造作に薙ぎ払い退かしてしまう。その瞬間まで竜の接近に気付かなかった兵士達は、わけがわからぬまま吹き飛ばされてしまった。
「おお……此の力は矢張りルキュシリア……しかし、貴様等は人間か? ……待て、貴様等は前にも会うたな」
結界の外からシオン達をまじまじと眺め呟く竜。そしてシオンとエリスの、以前会った人間の姿に気付いたようだ。
「よもや貴様等……ルキュシリアの力を其の身に宿しておるのか? ……成る程。理解したぞ。そして……」
竜の目線は、今度はマツリに向けられる。
「おお……忘れもせん。間違いない。其の美貌、貴様はイーヴィティアだな? イーヴィティアの美貌迄も人の身に宿せるとは……嗚呼、忘れもせん。我は其の美貌が原因で敗したのだからな……忘れられようが有るまい」
竜はマツリの力までも一目で見抜いた。自分の事を睨まれたマツリは、怯えた様子で縮こまってしまっている。
やはりこの竜は、神々と何らかの関係があるのか。
しかし、イーヴィティア神様の美貌が原因で……? こいつは、過去に神々と争っていたのか? そんな存在が、何故今になって現れたんだ?
「何なのだこいつは!?」
「いつの間に現れたんだ!?」
「女神様が危ない! こいつを倒すのだ!」
周囲の兵士達がやっと竜の存在に気付き、攻撃をし始めた。各々が手にする武器で竜に斬りかかる。が、それらの武器は易々と竜の身体を通過してしまう。切り裂けたわけではない。どういう訳か、竜の身体に接触した兵士達の武器は、そのまま手応えらしいものが一切ないように通り抜けてしまうのだ。まるで水に向かって剣を振るっているかのように。
「五月蝿いぞ、虫螻が」
竜が周囲の兵士達に毒付くと同時に、竜の身体から何かが飛び出した。それは最も近くにいた兵士の身体を一瞬にして貫いてしまう。
それは、漆黒の爪。
「……ボーゥ、ボーゥ」
竜の身体から外に出てきたそいつは、奇妙な音を出しながら、爪を引き抜く。
「そいつ! あの時のキモいモンスター!?」
叫んだエリスと、シオンには見覚えがある魔物。リインドの森で二人の目の前に現れた新種の奇怪な魔物だった。
「理解した……理解したぞ神々よ。我が母の怨敵よ……既に聖戦は始まっているのだな? であれば我が為すべき事も明白……」
語り始める竜の身体から、同じ新種の魔物が次々と這い出て来る。最終的に、六体の魔物がその場に現れた。
「ボーゥ」
「ボーゥ」
「ボーゥ」
「ボーゥ」
現れた魔物達は、手近な兵士達に向けて腕を伸ばし、攻撃をし始めた。
「ちょっと! 何なのよあなた!? そのモンスター、あなたが生み出してたの!?」
「左様……我が母君より携わりし魔性を創造せし権能也……此奴等は手土産だ。戯れて演ると良い。我は貴様等神々の使徒との聖戦の準備をするとしよう……」
エリスの問いに答えた後、竜はシオン達に背を向け、目の前の何もない空間を掴んだ。その掴んだ部分から引っ張り、空間の歪み、としか言い表せない奇妙な現象を作り出し、真っ暗なその中に身を投じた。
歪みは竜を飲み込むとすぐに消えてしまう。どうやら、あの竜はこの場を去ったらしい。
「な、何なんだこの魔物は!?」
「ボーゥ……」
「くそっ、これも帝国の差し金か!?」
「いや、違う! 見境いなしだぞあの魔物!」
そして竜が置いていった、六体の魔物達が兵士達を相手に暴れている現状が残された。
国境砦の戦は、混沌と化した。




