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少女のリスタート。

 ヴァスキン帝国、宮殿。


 トバリは昨日の戦の結果を皇帝に報告し終え、謁見の間を後にした。

 皇帝は撤退を余儀なくされた失態はあまり気にせず、マツリが無事に帰還した事に安堵していた。

 元々皇帝達帝国の重鎮達は、マツリを危険な戦場に連れ出す事を渋っていたのだ。軍師であるトバリがマツリの戦場での有用性を説き、どうにかこじ付けた作戦だった。


「ケッ、侵略国家が聞いて呆れるぜ。女一人に腑抜けやがって」


 トバリは機嫌悪く、ずかずかと通路を大股に歩く。ひとまずはその皇帝達が猫可愛がりしている女神様に、今後の方針を相談せねば。


「確か、書庫に行ってるんだったか」


 マツリが現在居ると聞いた場所に足を運ぶ。

 目的地へと辿り着き扉を開く。独特な匂いが鼻につく、奥に本棚が立ち並んだ広い部屋。

 当の本人である少女は分厚い本を開きながら、書庫の床に魔法陣を描いている最中だった。普段なら調べ物をする者がちらほらいるはずだが、今はマツリが貸し切っているらしく、彼女以外の人の姿はない。


「……トバリ? ごめんだけど少し待ってくれる?」


 マツリはトバリの入室に気付くと、顔も向けずにそのように頼み、書物と魔法陣を見比べながら指を走らせる。何をしているんだか。


 トバリは仕方なく近くの机に腰掛ける。そして、机の上に散乱したメモや、開きっぱなしの本に目を向ける。マツリの仕業なのだろう。彼女が調べている事が何なのか確認する事にした。


 最初に目に止まった書物は、どうやら神話関係の物のようだ。その隣にあるメモには、マツリの所持するスキルの、権能の元となった神を含んだ創世の七柱の神の名が連なっている。




 慈愛と信仰の神、ルキュシリア。


 開発と発展の神、エセティア。


 知識と探求の神、アーリティア。


 豊穣と狩猟の神、グリア。


 闘争と義心の神、イルア。


 芸術と美貌の神、イーヴィティア。


 時間と空間の神、シュヘルムヴィアー。



 神々の名と、それぞれ主に司っている事象を書いている。また、ルキュシリアとイーヴィティアの名の横には、幾つかの走り書きもあった。

 “エリス”、“信仰魔術の上位魔術”、“魔力総量極大。スキルの効果の一つ?”、“マツリ”、“認識改変。権能持ちには効果なし”、“擬似的不老状態”、“ステータスの上昇なし。ハズレ?”等。


 マツリは、エリスという自分以外の神の権能スキルを持った異界人の存在が発覚し、そこから権能スキルを所持する者が七人居るという推論に至った。そしてその存在が自分にとって大きな障害となるであろう事も予想した。

 このメモはその障害となるであろう権能の、元となった神々について自分なりに調べたものなのだろう。研究熱心な事だ。


 因みに、マツリの持つ権能のスキルの詳しい詳細は、一般的に使われている鑑定魔術でなく、帝国の一流魔術師によるより高度な鑑定魔術によって判明した。

 他者の認識の改変と、老いる事のない肉体。それがイーヴィティア神の権能の効果だ。

 どちらもとんでもない能力だが、戦闘面には一切関わってこない。だからと言ってハズレ扱いするのはどうかと思うが。


 また、メモの中には幾つかトバリが知らない文字も散見された。恐らくマツリの元いたという世界の文字だろう。意味はやはりわからない。

 マツリはこの世界に来て、当初は文字の読み書きは全くできなかったのだが、殆ど独学で数日足らずでほぼ理解してしまった。どんな頭脳をしているのやら。


 神々についてのメモはマツリにとって重要な物なのだろう。しかし、今現在のマツリの行動、魔法陣を描いている事とは関係なさそうだ。その理由を探るべく、トバリは近くにあった別の本を手に取った。その本は召喚魔術について書かれているものらしい。


 召喚魔術。肉体を持たない精神体の状態で生きている精霊等と契約を結び、その分霊を召喚し使役する魔術だ。属性魔術や気功魔術等代表的な魔術とは分類が異なる、適性を持つ者も少ない極めて珍しい魔術だ。


 本を手に取った後になって、その本に下敷きにされていた紙に気付く。そこに書かれているのは、マツリの能力を鑑定した時の詳細だった。




 マツリ・カミドリ


 筋力:E

 敏捷性:E

 感知能力:E

 知力:A

 精神力:C


 魔術適性

 火属性魔術適性:E

 光属性魔術適性:D

 気功魔術適性:D

 信仰魔術適性:C

 召喚魔術適性:B




 成る程、召喚魔術か。トバリはその能力の詳細を確認し、ひと際適性の高い魔術適性がそれである事を見つけ納得した。マツリは召喚魔術を修得し、実力を付けようとしているらしい。彼女の魔術の修得や理解に深く関わる知力の評価は破格のAランク。彼女にとって難しい事ではないだろう。


 ……Aランク、か。人間の種族としては最高峰の評価。こんな小さな少女の異様な頭脳も納得だ。


 しかし、よりにもよって召喚魔術とは。

 召喚魔術は術者本人の技量よりも、契約した精霊の強さに結果が依存される。さらには、精霊との信頼関係が高くなければ、借り受ける分霊の能力も高くならない。

 人間と精霊の感性は全く違う。信頼関係を築くどころか、相互理解も難しい。召喚魔術は適性の珍しさだけでなく、より強力な術に仕上げる為の難易度の高さから、数ある魔術の中でも最も難しいとされている。

 そんな魔術で、神の権能を持つ他の者達に対抗できるとはとても思えないが……。


「……できた。早速呼び出してみるわ」


 トバリがマツリの行動の理由を理解した時、ようやく少女は手を止め立ち上がり呟いた。

 描いた魔法陣によって、契約したい精霊を呼び出すのだろう。上位の精霊は打ち倒し屈服させなければ術者に従おうとはしないらしいが、下位の精霊ならばすぐに契約できる、はずだ。

 恐らくまずは下位の精霊と契約し、少しずつ力を付けていくつもりなのだろう。気の長い話だ。


「大気に宿りし偉大なる御霊よ、我が声に、我が問いに応え給え……」


 マツリは足元の魔法陣に魔力を送りながら、詠唱を始めた。魔法陣は光を放ち始め、その上に魔力が満ちて行く。

 同時に、部屋に熱気が立ち込め始めた。どうやら呼び出すのは火の力を持つ精霊のようだ。


 やがてマツリの詠唱が終わると、満ちた魔力が形を成し始める。それは、まさに炎が意志を宿したかのような存在。直立する天井に届きそうな高さの細長い体躯に、尾。爬虫類を連想させるその精霊は……。


「……おい! 何呼び出してんだてめェは!? サラマンダーじゃねェか!」


 トバリは召喚された精霊が何なのか理解して少女に怒鳴る。サラマンダーは火の精霊の最上位の存在だ。火の魔力そのものが形となったような精霊で、上位の火属性魔術に匹敵する炎を無尽蔵に放出する、危険な精霊だ。

 また、その気性の荒さも有名で、自分以外の存在には容赦なく襲いかかるとされている。

 そんな危険な精霊を呼び出すなど、自殺行為でしかない。


「さっさと送り返せ! この城を焼け野原にする気か!?」


「……トバリ、何を慌てているの? 私を誰だと思っているのよ」


 トバリの要求を一蹴し、サラマンダーへと歩み寄るマツリ。サラマンダーはその様子を、大人しく見守っている。


 マツリはゆっくりとサラマンダーに手を差し伸べる。サラマンダーは驚くべき事にそれに応え、自らの顔を擦り寄せてきたのだ。


「……意外とそんなに熱くはないのね? いい子ね……」


 マツリはその様子に満足し、サラマンダーの頭を撫で微笑みを向ける。これはいったいどういう事だ?

 いや、考えられる理由はひとつしかない。マツリの持つ神の権能だ。どうやら、イーヴィティア神の権能は精霊にも有効らしい。


「さあ、私と契約しましょう? あなたの力を、私の為に使わせて」


 マツリの言葉にサラマンダーは素直に頷き、直後、マツリとサラマンダーの身体が魔力に覆われる。契約を行なっているようだ。


「ありがとう。じゃあ、力を借りたい時には呼ぶから、その時にまた会いましょう」


 マツリは再び魔法陣を起動させる。サラマンダーは何処か名残惜しそうに消えていった。

 本来ならば戦闘し屈服させなければ従おうとしないとされている上位精霊との契約を、彼女は何の苦労もなく済ませてしまった。


「……召喚魔術。精霊との信頼関係が重要な特殊な魔術。私にはこれ以上ない武器になりそうね」


 初めての精霊との契約に、その成果に満足げに語るマツリ。

 上位精霊と難なく契約でき、そのうえ精霊からの信頼も容易く得られる。まるで彼女の為の魔術のようでさえある。

 これならば、戦闘面においての不安は解消されたも同然だろう。


「基本属性となる四体の精霊はこの場で契約できるけど……上位精霊の中には特定の場所でなければ召喚できないものもいるらしいの。トバリ、暫く暇を貰うわ。まずはお友達になってくれる精霊を集めなきゃ」


「おいおい……人心掌握だけじゃなく、物理的にも国ひとつ落とす気か?」


 上位精霊がその実力を遺憾なく発揮すれば、人の手には負えない程強力だ。それをマツリは、最高の信頼関係を得られる以上、恐らくそれと同等の力を召喚する分霊に発揮させられる。彼女はそんな上位精霊を複数使役するつもりらしい。


「戦う術は少しでも多く欲しいわ。エリスのように戦闘面で能力を発揮できる権能持ちを相手にするには、それくらいの力でもきっと足りないもの」


 机の上に散乱した書物やメモを片付けながら語るマツリ。どうやら彼女は本気らしい。


(……他人を支配できるってだけで本人の実力はガキ同然だったから安心して利用してきたが……こいつの扱いも改めて考え直す必要があるな)


 戦う手段を見出し、新たな歩みを始めたマツリに対し、トバリは暗い感情を隠し思案に耽るのだった。

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