もう一人の……。
突如現れた結界の魔術に、すぐに敵兵達が殺到する。各々が武器を用い結界にぶつけるが、結界はびくともしない。
こいつの使う魔術の性能はどれも破格なものばかりだ。この魔術はシオンも初めて目にするが、生半可な攻撃ではヒビ一つ入らないだろう。
「良かった、大丈夫みたいですね。で、その娘は……」
邪魔をされる要素を取り除いたエリスは、シオンの無事を確認して胸を撫で下ろした。そして、シオンが抑えている少女に目を向ける。
……あ、待てこれやばくないか?
「待ったエリス! こいつを見るな!」
シオンは咄嗟に少女をエリスの目から離すように後ろに引っ張る。しかし間違いなく遅かった。エリスはしっかり少女の顔を見ていた。
「ねえ、助けて! お願い! 私、こいつに殺されちゃう!」
その事を理解した少女は、すぐにエリスに助けを求めた。まずい。エリスを敵に回すなんて冗談じゃないぞ!?
最悪の展開を予想するシオンだが、
「はあ、助けてと言われましても……シオン君、その娘、帝国の人ですよね? 昨日言ってた子どもですか?」
「え……」
エリスは少女の要望に首を傾げた。どうやら、エリスも少女の能力を受けないらしい。
シオンは安心して少女を再びエリスに向き合わせる。少女の瞳はまたも涙に滲んでいた。立て続けに自分の力が通じない相手が現れた事が相当ショックだったらしい。
そして、エリスの結界によって少女の頼みの綱であった敵兵達もこちらに干渉できなくなった。自分の助かる可能性が潰えた事を悟ったようだ。
「お前もこいつの影響を受けないんだな……こいつ、兵隊達を洗脳していた張本人だ。こいつが言うには、姿を見ただけで言いなりになっちまうらしい」
エリスにこの少女の能力を簡単に説明する。良かった。最も信頼できるエリスが耐性を持っていて。
しかしまあ、ルキュシリア神様の権能はとんでもないスキルだな。だが考えてみれば、シオンの寵愛のスキルもエリスの権能から与えられたものなのだから、その元となる権能のスキルに精神的な影響を与える能力への耐性が備わっていても不思議ではないか。
「うわ、何ですかそのやばい能力。チートじゃないですか……あ、でも私もシオン君も効いてないみたいですけど?」
「またお前のスキルのおかげだよ。だが、オレ達がいなかったら間違いなくこの戦は負けてたな。てか、大国自体もこいつ一人で落とされてた。ここで止めれて良かったよ」
「うわ幼女強い……それにしても、すっごい美少女ですね。肌もすっごい白い……あ、生まれつきそういう体質の人がいるんでしたっけ? 可愛いな〜……」
話を聞いたエリスは少女をまじまじと眺め、褒め称え始めた。おい、本当に洗脳されてはいないんだよな?
「それで、この娘これからどうするんですか?」
「それなんだが……いちばん良いのは殺す事だな」
「ちょっ!? な、何言ってるんですかシオン君!? こんな小さな娘を!? しかも美少女なのに!?」
「美少女かどうかは関係ないだろ……こいつの能力は危険過ぎる。一度こいつの影響を受けた奴は戻す方法がないんだとよ。しかもこいつ自身制御できてないときた。捕虜にしようにもオレ達以外全員こいつの言いなりになっちまう。大袈裟じゃなくこいつ一人で世界がやばい。ここでどうにかしないと取り返しがつかない事になっちまう」
少女に手をかける事に反対するエリスに、こいつの危険性を教える。幼い少女だからと言って、手心を加えてしまうのは危険だ。
「ええ……でも、何かこう、方法とか……ほら、仮面か何かを被せて捕虜にするとかどうです?」
「あー、確かに有効かもしれないが……」
何処かで似たような話を聞いた事があるな。確か、世界を創世した七柱の神の一柱、美と芸術の神イーヴィティア神様は、万物を魅了してしまう美貌を持っていたが為に、普段は仮面を被り自らの顔を隠して暮らしていたのだとか。後世に伝えられる際にも、イーヴィティア神様は必ず仮面を着けた姿で描かれている。
全ての存在を魅了する美貌……こいつと似た逸話だな。
ともかく、それが有効なのか聞いてみるか。
「どうなんだ? それでお前の力は抑えられるのか?」
「わからない……試した事ないもの……」
少女は震える声でどうにか答えた。把握してないのか。こいつは今までは躊躇なく力を振るい続けていたようだ。というか、そんな事して帝国は大丈夫なのか?
仮に顔を隠して力を抑えられたとして、それでこの少女を安全に拘束できるのかどうか。
「……いや、やっぱりそれでも危険過ぎる。こいつはオレ達二人以外の誰かに自分の顔を見せるだけで協力者を作れるんだ。どんなに厳重に拘束しても自由になれる手段が軽過ぎる。もしまかり間違って連れて行った先でこいつが自由になってしまったら台無しなんてどころじゃないぞ。こいつは存在しているだけで危険だ」
この少女を捕虜にするにはリスクが高過ぎる。やはりここで殺してしまうほうが最善の手だ。
「どうしても駄目ですか……でも、うーん……」
「後ろめたい気持ちもわかるが、仕方ないだろ。こいつは魔物とかなんかとじゃ比べ物にならないくらい危険なんだ……お前はあっち向いてろ。さっさと終わらせる」
これ以上議論の余地はない。せめてエリスには残酷な光景を見せずに済ませよう。そう考えて指示を出す。
「こんなの……こんなのってない……」
少女は涙を零しながら、嗚咽混じりに呟く。
「ここでなら……もう惨めな思いをしないで済むって思ったのに……」
エリスは複雑な表情で泣き言を漏らす少女を見詰める。同情しても辛いだけだぞ。さっさとあっち向けって。
「何が『イーヴィティア神の権能』よ……ハズレスキルじゃない……話が違うわよ……この世界の人間全員が私の言いなりになるんじゃなかったの……?」
……今、こいつは何て言った?
「こんな……こんな事なら……最初から……こんな世界に来るんじゃなかった……」
少女の呟きに驚愕するシオン。神の権能という、聞き覚えのあるスキル。そして……世界に来るんじゃ、なかった……?
まさか、こいつは……
「ねえ! あなた名前は!?」
エリスにも今の呟きが聞こえていたようだ。エリスは血相を変えて少女に近寄り、肩を掴んで問いかける。
「え……ま、マツリ……マツリ・カミドリ……」
突然のエリスの行動に戸惑いながらも少女は応える。少女が名乗った名前。家名も含めて、聞き慣れない珍しい響きだ。
「そう……カミドリ・マツリちゃんね? 私はシノミヤ・エリス」
「え……っ!?」
エリスは少女の、マツリの名乗った家名を先に言い改めて呼び、そして自分の名も名乗る。家名を先に名乗る文化は、この世界にはない。
そしてマツリは、エリスの質問の真意を理解したらしい。
「名前の響きからして、私と同じニホンジンね? 当ってる?」
「う、嘘……」
エリスの問いかけに答えず、しかしマツリの様子から、エリスの予想は正しかったと確信する。
この少女は、マツリは、エリスと同じ。
「……あなたも、異界人なのね?」




