表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/170

洗脳少女。

 目的であった人物を目にしシオンが抱いた印象は、やはりやたらと白い少女、という点か。


 白いドレスに白い長髪、そして肌までも病的なまでに白い。だが、こちらを見詰める瞳だけがやけに赤い。恐らくは白皮症アルビノか。自らの魔力で身体を覆っているのは、陽の光から肌を守る為だろう。白皮は非常に肌が弱いと聞いた事がある。

 年齢は十にも満たないのではないかと思える程に小柄。戦場にはあまりにも場違いな少女は、こちらに大層興味を示したらしく、無垢な笑顔を惜しげなく向けて来る。


 彼女が、国境砦の兵士達を洗脳し、狂信者に変貌させた張本人か。


 他の兵に妨害される前に、さっさとこの少女を拘束し洗脳を解かせるよう説得せねば。

 その行動をブロンサムが即座に行うものだと思っていたシオンは、ここで異常に気付く。


「……ブロンサムさん?」


 ブロンサムは、元凶である少女を目の当たりにして、その場に立ち尽くしていた。動く素振りを全く見せない。


「なんと……美しい……」


 そしてやっと漏れた言葉が、あろう事か少女を讃える賛辞だった。


 まさか、もう洗脳されたのか!?


「ちょっ、ブロンサムさん!?」


 思わず呼びかけるシオンだが、ブロンサムの目線は少女から離れない。

 馬鹿な。魔術を行使した様子は全くなかった。何が引き金になって洗脳されたんだ?

 今の所シオンは正気を保っている自覚はあるが、少女の異質な力に戦慄する。こいつ、やば過ぎる。


「丁度良かったわ。貴方達に聞きたい事があったの。答えて下さるかしら?」


 刺客である二人を前に、少女は柔和な笑みを崩さず、まるで親身な相手に交わす他愛ないやり取りのような親しみを持った調子で尋ねてきた。


「自分に答えられる事であれば何なりと……」


「待ったブロンサムさん! 今、自分が何を言っているのかわかってるのか?」


 シオンは咄嗟に少女とブロンサムの間に割って入り、ブロンサムの視界から少女の姿を閉ざすように立つ。とはいえシオンの背丈はブロンサムよりもだいぶ低い為、あまり効果は宜しくはないが。


「何を、とは? あの美しい少女の疑問に答えて差し上げねば……」


 それでもブロンサムの意識をシオンに向ける事には成功した。そして、シオンはブロンサムの態度に違和感を覚える。

 ブロンサムは洗脳されている。だが、少女に対して従順になりつつあるが、正気を失っているようには見えない。これはいったいどういう事だ?


「あー、えっと、わかった。あいつの話はオレが聞く。ブロンサムさんは戦場に戻ってくれ。皆の指揮をする人があんまり離れてちゃ問題だろ?」


「む、しかし……」


「あいつの事なら任せてくれ。適材適所ってやつだ。な? 頼む」


 とりあえず、ブロンサムにはどうにかあの少女から距離を取ってもらおう。幸いまだシオンの言葉に耳を傾けてくれるだけの意識はあるようだ。


「……わかった。シオン殿、くれぐれも粗相の無いようにな」


「善処する」


 ブロンサムは不満を抱えている様子ではあったが、それでもシオンの提案に従い戦場に戻って行った。よし、これでひとまずは安心だ。


 ……問題は、これからシオンもあの少女に洗脳されてしまう可能性が高い事。

 少女はブロンサムを先に洗脳したようだが、そんな術を使う素振りは全く確認できなかった。どんな条件で相手を洗脳するのかが全くわからない。対抗策はあるのか?


「……おかしいわね。貴方、私を見て何とも思わなかったの?」


 背を向けたままのシオンに、少女が疑問を投げかけた。シオンがすぐに少女に向き直らなかったのは、洗脳する手段が予想できない為に、目を合わせる事を可能性のひとつとして考えていた為に未だ少女を向く事をしなかったからだ。

 だが、少女の質問は奇妙なものだった。シオンの様子に疑問を抱いたらしいが……?


 ……まさか、もうシオンにも洗脳術を仕掛けていたのか?

 だが、シオンには自分の思考に何ら変化は感じられない。とはいえ、ブロンサムも自分の発言に疑問を感じてはいない様子だった。洗脳されているかどうかは自覚できないものなのかもしれない。

 だが、ブロンサムとシオンには少女に対する態度に決定的な違いがあった。ブロンサムは敵であるはずの少女を「美しい」と語り、不自然な程に従順になっていた。

 シオンには、そのような感情は今の所ない。


 シオンはある予想を立て、改めて少女のほうを向き、その姿を確認する。

 少女は先程までの余裕を持った態度とは違い、戸惑いがある事が見て取れた。

 未だ幼い少女だが、確かに美少女と呼ぶべき美貌はあるだろう。しかし、だからこの少女に従順になるべきだという考えは全く湧いてこない。


 ……ルキュシリア神の寵愛。


 シオンは自分の身に備わったスキルを思い出した。教えてもらったその効果の中に、精神的干渉を遮断するというものがあったはずだ。




 ……シオンには、洗脳は効かない。




「ねえ、貴方……私の言う事、聞いて下さらない?」


 少女は不安を押し殺すように、シオンに問いかけた。恐らくは、洗脳の効果があるのか確認する為に。

 ならば、しっかり答えてやろう。


「オレには精神干渉を無効化するスキルがある。お前の洗脳は効かないよ」


「え……」


 シオンは驚愕に目を見開く少女の顔に、手に持つサーベル、雨鴉を突き付けた。少女の表情は、すぐに恐怖に染まった。


「だっ、誰か助け……」


「黙れ」


 声をあげようとした少女にすぐに詰め寄り、口を塞ぎ喉元に刃を当てた。少しでも力を入れれば、その刃は容易く少女の喉を引き裂いてしまうだろう。


「無駄な事は喋るな。すぐに国境砦の兵達にかけた洗脳を解け。そうすれば命は助けてやる」


 シオンの脅迫に、しかし少女は涙を溜めた目で必死に何かを訴えている。此の期に及んで抵抗するつもりか?

 シオンはとりあえず少女が何を言いたいのか聞くべきかと、口を塞いでいた手を離す。


「わ、私のチカラは洗脳じゃない……私の姿を見た全ての人に、私の存在が何よりも美しく尊いものであるという認識を植え付ける認識改変なの。みんな私が操っているわけじゃない。一度改変された認識は元には戻らないわ」


 震える声で自分の力の詳細を語る少女。


 おい、何だそのやば過ぎる能力は。しかも自分で自在にコントロールできないって。酷すぎるぞそれ。


「お願い、殺さないで……何でもするから……死にたくない……」


 両目に溜めていた涙を溢れさせ、命乞いをし始める少女。シオン自身、こんな子どもに手をかけるのは不本意ではない。が、


「……こんだけ引っ掻き回しておいて、それは虫が良すぎるんじゃないか?」


 この少女が引き起こした事は、大国を危険に晒した。そのうえ、多くの兵が彼女に狂わされた。しかもその認識を元に戻す手段はないときた。


「お前が死んだら、皆の狂った認識も元に戻るんじゃないか? 試してみる価値はあるか……」


「嫌! お願いやめて! まだ死にたくない! せっかくここでならやり直せると思ったのに! お願い! 殺さないで!」


 シオンの冷たい言葉に必死に命乞いを続ける少女。そして、


「貴様! 女神様に何をしている!?」


「女神様から離れろ下郎!」


 戦を続けていた敵兵達がシオンと少女の状況に気付いた。血相を変えて駆け出す敵兵達。


「それ以上近付くな! お前達の女神様の首が飛ぶのを見たいのか!?」


 すぐにシオンは少女を盾に敵兵達を脅す。まさか人質を取る羽目になるとは。


「何と卑劣な……」


「女神様! 必ず我々が助け出してみせます!」


「小僧め……許さん! 絶対に許さんぞ!」


 敵兵達は口々にシオンを罵るが、近付いて少女を危険に晒す真似はしてこない。さて、どうしたものか。


「……今私を殺したら、貴方は兵隊さん達に殺されてしまうわ。それでもいいの?」


「お前が死んだら正気に戻る兵達も出てくるかもしれないけどな?」


「可能性の話でしょ? きっとそれでも認識は戻らないわ。そんな不確かな予想に賭けていいの?」


 自分が助かる可能性を見つけて、態度を大きくする少女。こいつめ。

 しかしこの少女の発言、違和感が強い。見た目は十歳前後のようだが、発言から感じられる知識や考察力がその容姿に見合わない程高く思える。種族は間違いなく人間のはずだが。


「お前、歳は幾つだ?」


「……十一よ」


 十一歳。外見からの予想よりも高いが、それでも歳に見合わない頭脳。それから、少女の身体を抑えていて気付いたが、胸も歳の割に結構……いや、今のはなしだ。何でもない。


「それで、どうするの? このまま膠着して戦闘の経過を傍観する? それとも私を殺して雪崩れ込んでくる兵隊さん達の相手をするの?」


 選択を迫る少女。さっきまで泣いて命乞いをしていたくせに。

 ともかく、今後どうするか考えなければならないのは事実だ。


 膠着はあまり良くない。その間に敵兵達が何らかの策を講じて来る可能性がある。それに対処できるか不安だ。

 かと言って、少女を殺して敵兵達の怒りを買うのもできれば避けたい。いくらエリスの補助魔術がまだ続いているとはいえ限度がある。生きて帰れる気がしない。


 理想としては、味方が多い安全圏に移動してから少女をどうにかするという手だが……その味方というのもまた問題か。少女の姿を見た者は認識が歪められ、少女を助け出そうとするだろう。例えそれがシオンとともに戦場に赴いた仲間達であっても。厄介にも程があるぞこいつ。


 ……もしかして詰んでないか、これ?


「どうするか決まった?」


 選択を急かす少女。今にも飛び出して来そうにシオンを睨む敵兵達。それから……こちらが注意を払っている事にあちらも気付いているようだ。距離を置いた位置で顛末を見続けている、シオンの知らない種族の男。


 現状膠着しているが、シオンにとっても少女にとっても危険な状態。何か、この状況に変化が現れる事を期待するが……




「『結界魔術バリア』!」




 その現状を覆す、聞き慣れた声。

 敵兵達の合間から飛び出して来る存在。同時に発する呪文。その魔術は、シオンと少女、そして術者の三人を囲い、外界から遮断する半円形の半透明の光の壁を作り出した。


「シオン君! 無事ですか!?」


 助け船を出したのはやはり、とんでも異界人のエリスだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ