女神への忠義と、聖女の加護。
「……またぞ。何時ぞやのルキュシリアの気配……」
辺りは、闇。周囲の一切を影が閉すその場所で、声だけがその存在を主張する。
「今度こそは、真意を見極めようぞ……爪は、六もあれば良いか」
闇の中で蠢き始める、幾つもの気配。
「ボーゥ」
「ボーゥ」
「ボーゥ」
「ボーゥ」
重なり響く、不気味な音……声。
「神よ……我が母を殺めし愚かな者どもよ……我は、不倶戴天の敵を永遠に呪おうぞ」
深淵に溶けるその存在は、静かに、静かに呪詛の翼をはためかせた。
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「何、今の?」
最早視認できる距離に接近してきていた、最寄りの街からの混成隊。その数がこちら側に劣るのを確認し、篭城戦の選択を捨て物量で押し潰そうと、兵達全員を表に出したトバリと、女神と讃えられる少女。
しかし、相手側の混成隊の突然の変化に驚愕する。突如混成隊を包む程の広い魔法陣が展開され、二度、魔法陣から光が放たれ満ちた。
その光が収まった後の光景は、似たような光を纏う混成隊の姿。
「ありゃあ……兵隊全員に強化魔術をかけやがったな。あんな大魔術、見た事ねェぞ」
「誰がその魔術を使ったのかはわかる?」
「そこまではわからねェが……今のは一流の魔術師が何十人も集まって、何時間も下準備をかけてやっと使えるような代物だ。なのに直前までその気配はなかった……恐らく、術者は一人だ。それもとんでもない化け物だな」
「一人であの魔術を行使した根拠は?」
「多人数で魔術を発動する場合、魔力同調を行う必要がある。あれだけの大魔術の術式を構築するまでに、間違いなくその余波が生じるはずだ。が、それが一切感じられなかった……信じられない話だが、一人であの魔術を発動したとしか考えられねェ」
「そう……ウフフフフフッ」
敵側に居る、規格外の存在が判明し、しかし少女は楽しそうに笑みを零した。
「そんな凄い人が、これから私の下僕になるのね? 素晴らしいわ」
少女がそんな言葉を漏らすと同時、敵の混成隊は、怒声とともに突撃を開始した。
「てめェらも突撃だ! 女神様への忠誠心、奴らに見せつけてやれ!」
動き出した相手に対し、すぐにトバリが兵士達に号令をかける。
「女神様の為に!」
「女神様の為に!」
「女神様の為に!」
「「「女神様の為に!!!」」」
帝国の兵達、そして元国境砦の兵達は一心に女神を讃えながら、迫り来る敵兵を迎え撃つ。
「あの補助魔術がどれくらい保つのかは知らねェが、奴さんは短期決戦がお望みのようだなァ?」
「大魔術を使った人を探しましょう。私のお気に入りの下僕第一号に任命するわ」
「ヒヒヒヒヒッ、賛成だ。最高の手駒になるぜ」
敵がどんなに強力であろうと……否、強力であればある程。
少女は歳相応の、新しい玩具を見つけた時のような無邪気な笑顔を敵の軍勢に向けるのだった。
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エリスの補助魔術を受けた混成隊は、正に破竹の如き勢いで敵兵を押し退けていた。
繰り出される攻撃は、身を守る必要もなく弾かれ、振り下ろされる斬撃は、相手の身に纏う鎧の上から致命傷を与える。予想通り、数の差からくる戦力差を大きく覆し、一人一人が無双を続けている。皆がこの戦の勝利を確信していた。
だが、
「女神様の為に!」
「女神様の為に!」
「女神様の為に!」
帝国側の兵達は、そして元国境砦の兵達
は、そのような掛け声とともに進軍を続ける。明らかな戦力差を目の当たりにしながら、その勢いは衰えを見せない。
何かがおかしい。敵兵達の異質な士気の高さに、混成隊の誰もがそう感じていた。
「何なんだこいつら……」
「女神様の為に!」
「気味が悪い! 黙れ!」
「女神様の為に!」
「くっそ、狂ってるのかこいつら!?」
「女神様の為に!」
「怯むな! こちらの優位に変わりはないんだ! 構わず攻めろ!」
「女神様の為に!」
「女神様の為に!」
「女神様の為に!」
盲目的なまでに女神への忠義を讃えながら、特攻を続ける敵兵達。圧倒的優位であるはずの混成隊は、その相手の異様なまでの女神への信仰心に、気圧され始めていた。
「やはりこれは洗脳と見て間違いない……シオン殿! 貴殿が昨日感知した幼子の気配は今も探せるか!?」
隊長のブロンサムは相手の様子から先の考察に確信し、傍らに居るよう命じていたシオンに尋ねる。
「探せはする。けどその場所まで移動できるかどうかが問題だ!」
「ならば行き先の指示を! 俺とゴルダ殿で切り開く! いいなゴルダ殿!?」
「了解だ隊長! おらおら、道を開けろぉ!!」
ブロンサムの命を受け、冒険者のゴルダが先陣を切り、身の丈を超える巨剣を振るい敵兵を薙ぎ払う。
「向こう側っす! 砦からは出ている!」
「よし、向かうぞシオン殿! 洗脳を解く事ができれば我等の勝利は確定する!」
雪崩れ込んで来る敵兵の波を掻き分け、進み始めるシオン達。しかし、シオンにはひとつの懸念があった。
その幼子の洗脳術は、どうやって発動しているんだ? 魔術を対象にかけて操っているのか? このまま元凶に接触して、本当に大丈夫なのか?
……ブロンサムもゴルダも、自分の技量を上回る実力者だ。洗脳術をかけられる前に、術者である幼子を無力化できるはず。
浮かぶ不安をそんな理屈で押し込めて、感知した目的の幼子の元へと進み続ける。
が、
「止まれ貴様ら! このラゴズが相手をしてやる!」
三人の前に立ち塞がったのは、大国への忠義が厚いと信頼されていた中隊長、ラゴズだった。
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「本当に大丈夫ですか、エリスさん?」
戦場から離れた位置で、エリスとフラムがその様を傍観していた。フラムは大魔術を行使したエリスの大事をとって、身体を休めさせていた。フラムはそのエリスの護衛、のつもりだった。
「大丈夫ですよ。元々まだある程度魔術を使えるくらいには魔力にも余裕ありましたし」
そのエリスは、問題なく戦場に向かおうとしている。実際本人の言う通り、疲労している様子は全く見られない。
数十人の一流魔術師の魔力が枯渇してしまう程の大魔術を単身で発動させ、まだ魔力に余裕を残している彼女のスペックには、最早呆れてしまう程。常識を遥かに超えている。
「……わかりました。無理はしないで下さい」
「もちろんです! とりあえずシオン君と合流したいですね。ブロンサムさん達と一緒に動いてるんでしたっけ?」
「その予定です……私もそろそろ参加します」
「気をつけて下さいね?」
「エリスさんも……いえ、エリスさんは心配ないかもしれませんが」
二人は互いの無事を案じながら、戦場に身を投じて行く。
「シオン君は……あっちね」
エリスは感知能力を頼りに、シオンの元へと向かう。
シオン程精密に、広範囲に探知を行う事はできないが、シオンの気配だけは、多くの兵士達が入り混じる混戦の中でも確かに探る事ができる。
「これも愛の為せる技ですね! ……無事でいて下さいね、シオン君」
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「何故だラゴズ! 何故お前ほど忠義に厚かった男が国を裏切るような真似を!?」
自らに刃を向ける元国境砦中隊長、ラゴズに問うブロンサム。しかしその言葉に、激しい剣戟で応えながら、
「気付いたのだ! この世界は女神様の為にある! あのお方は国や民などよりも遥かに尊い! この剣は女神様の為だけに振るう! そう誓ったのだ!」
口走るラゴズの言葉は、常軌を逸していた。狂信的なまでの彼の刃は、かつて仲間であったはずのブロンサムに容赦なく振るわれる。
「目を覚ませラゴズ! 誤ちを正してくれ!」
「俺は何も間違ってなどいない! あのお方こそ絶対! お前も会えば理解する! 女神様の尊さを……だが、女神様はお前達大国兵への鉄槌を御所望だ! 我が剣の錆となれ!」
ラゴズは斬撃を緩める事なく、ブロンサムを追い詰める。ブロンサムにはエリスの補助魔術の効果が続いている。しかしラゴズの余りにも激しい気迫に、そして同胞であった者に剣を向ける後ろめたさから、圧され防戦一方となってしまっていた。
「代わりな隊長さんよー!」
その状況を見兼ね、二人の争いに割って入るゴルダ。
「こいつの相手は引き受ける。あんたは早いとこその女神様って奴のツラ拝みに行きな」
「……すまん、ゴルダ殿!」
ブロンサムはゴルダにラゴズの相手を任せ、シオンとともに再び戦場を駆け始める。
「女神様の偉大さが理解できぬ愚か者どもが! 斬って捨ててくれる!」
「ハッ、笑わせる。盲目にも程があるぜ中隊長さんよー! 悪いが俺は隊長さんのように甘くはないぜ? そのイカれた目を覚まさせてやる!」
二人の剣がぶつかる音を背に、シオンとブロンサムは迫る敵兵を掻い潜り、時に倒しながら目当ての気配へと走る。
そして、
「あら、ここまで来る人がいるなんて……ウフフッ、例の魔術を使った人以外にも、有能な人が多いのね。嬉しいわ」
遂に二人は少女の前に辿り着いた。




