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こっちは聖女。

 シオンは、数人の兵や冒険者達と国境砦が視認できる位置にある茂みに身を隠し、砦の様子を伺っていた。感知能力の高い者達で小隊を組み、視察しに来たのだ。


「……おかしいぞ」


 そして砦を確認していた兵の一人が呟いた。


「何がだ?」


「番をしている兵……大国側の兵だ」


「何? 帝国の兵じゃないのか?」


「元々砦にいた兵達の鎧を着ているだけじゃないか?」


「いや、顔にも見覚えがある。間違いない」


「無理矢理門番を強制されているようにも見えないな……」


「どういう事だ? 帝国に寝返ったってのか?」


「わからん。だがそう考えるしかないだろう」


「おかしいと思ったんだ。今まで砦が落とされた事なんてなかったのに。内側から手引きされてたんだ」


 冒険者達は兵の報告を聞き憤慨する。そんな中、それまで黙って目を閉じていたシオンが口を開いた。


「だいたい二百人ってところか……オレらと倍近く差があるな」


「何? もしかして、砦の中の人数か?」


「すげぇな、そんな事わかるのか」


「凄いってか、それくらいしか取り柄がないんだけどな」


 魔力感知を集中させ、砦内に居る者の人数を数えていたシオン。判明した数は、混成隊の倍。数の有利はあちら側にあるようだ。


「捕虜がそのうちのどれくらい居るのかまではわからないけど……」


「寝返ってる兵がいる以上、そんなに多くはないんじゃないか? 最悪、全員が敵だ」


「まあ、そう考えるほうがいいか。他にも気になる事はあるけど……」


「何だ?」


「いや、とりあえず報告に行こうぜ。これ以上得られる情報もなさそうだし」


 シオンは言葉を切り、皆に帰還を促した。





 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





「元々砦に勤めていた兵が寝返っていた、か……」


 報告を聞き、深刻に呟くのは、混成隊の隊長を任された領主の私兵の男、ブロンサム。

 野営している他の者達から少し離れた位置で、隊の実力者達で集まって斥候の報告を聞いていたのだ。


 その中にはフラムさんと、エリスの姿もある。恐らくフラムさんが連れてきたのだろう。


「敵兵の数を先んじて知る事ができたのは大きいが……倍、か。しかも中には元砦の警護兵までいる。厳しい戦いになるやもしれん」


「兵の中には味方だった者が寝返っている事に戸惑う者もいるでしょうね。如何なさいますか?」


「皆にも伝えておくさ。砦を奪還できなければ大国の未来に関わる。例え相手が元は味方であろうと、躊躇わず切り捨てなければ」


 傍らに座る兵の質問に、苦い決断を下すブロンサム。数で劣るうえに味方側が混乱してしまえば、勝機は薄くなってしまう。


「情報にあった、降伏した兵達というのは、裏切った兵達という事なのでしょうか……?」


「だろうな。何故そうなったのか理由はわからんが……」


「ラゴズさんも、ですか……?」


 フラムさんの問いに口を閉ざすブロンサム。フラムさんの話を聞く限り、大国への忠誠心は人一倍高い人物だったらしいが……そんな人物までも寝返ったというのだろうか?


「あの男が国を裏切るとは思えん……捕虜になっているか、殺されたのかもしれん。どちらにしても、ラゴズを上回る程の実力者がいると考えるべきか」


「わー、すっごい不利じゃないですか……でも、どうして砦の人達は裏切っちゃったんですかね? お金でも掴まされたとか? それとも、洗脳されちゃってたりとか?」


「……洗脳?」


 エリスの何気ない予想に、皆が目を向ける。


「あ、いや、何となく思いついた理由なんですけどね? そういう魔法ってあったりするんですか?」


「……ないわけではないのですが、扱える者は稀だと言われています。それに、できても一時的にしか洗脳できないらしいです。詳しい事は私にもわかりませんが」


「だが、ありえない話ではないな。単純な闘争で砦の兵達が敗北したとは思えん。裏切ったという話も不自然に過ぎる。もしかしたら、強力な洗脳術を持った者がいるのかもしれん」


「そういや、関係あるかはわからないけど」


 エリスの予想を皆が考察する中、シオンが割って入る。


「砦の中に二人、妙な気配をした奴がいたんだ」


「妙、とは?」


「一人はやけに小さい反応。人間である事は確かなんだが、子どもくらいの背丈の奴がいた」


「子どもだと?」


「ホビット族やドワーフ族のような、背丈の低い種族なのでは?」


「いや、魔力って種族によって結構違ってたりするんだ。あの魔力は人で間違いない」


「確かに妙だ。砦に元々子どもを置いていたはずもない。間違いなく帝国から来た者だとは思うが……」


「だとしたら、どうしてそんな子どもを連れてきたのかな? 子どもだけど凄く強いとか?」


「ありえない話とは言いませんが……それよりも、特異な能力を有しており、それが戦場で有用だから連れてきたという可能性のほうが高いのでは?」


「……洗脳とか?」


 シオンの報告が、先程の予想と繋がる。


「まあ、考え過ぎかもしれないがな。とはいえ、そのガキは帝国にとって重要な存在である可能性は高い。わざわざ戦場に連れてきて、そいつにしかできない何かをさせているんだからな」


「む〜、幼気な子どもに戦争を間近で見せるなんて。やっぱり帝国サイテー! おのれ帝国め!」


「同感だな……で、もう一人の妙な気配ってのは?」


 一度話を区切り、シオンに次を促すブロンサム。


「ああ、こっちは背丈なんかじゃなくて、単に初めて感じるタイプの気配だったんだ。さっき魔力は種族によって異なるって言ったけど、こいつの魔力は今までに感じた事がないんだ。まあ、オレが会った事がない種族ってだけかもしれないけど、それでもなんか気味が悪くて」


「知らない種族……シオンさんが感知した事がない種族は、自分では把握していますか?」


「ん〜……鬼人族と竜人族……あとは魔族かな。多分」


「…………」


 全員がその言葉に苦い顔をする。今言ったどの種族も、非常に珍しく強力な種だ。できれば相手をしたくない種族の筆頭ばかり。


「まあ、パッと思い浮かばないだけで他にもいるかもしれないけど」


 すぐに言葉を取り繕うが、効果は薄い。最悪、今挙げた危険な種族が敵の中にいる。


「鬼人族も竜人族も、他種族に手を貸すとは思いにくいです……もし今シオンさんが挙げた中のうちのどれかだとすると、魔族なのではないでしょうか?」


 フラムさんが正体不明の気配の候補を絞る。彼女はかつて、魔族との争いに参加した事があったと言っていた。魔族に関してはこの場の誰よりも詳しいだろう。


「魔族が人の国に潜伏し、暗躍しているのは過去の事件からも明らかでしょう……他国への侵略に積極的な帝国の指針は、魔族にとっても都合が良いのでは」


「魔族、なぁ……どっちにしろ厄介な事に変わりねぇな」


「なんかもう、ホントに真っ黒ですね帝国。おのれ帝国〜」


「お前はそれが言いたいだけじゃないか? ……とりあえず、気になったのは以上っすね」


 エリスの発言に白い目を向けつつ、ブロンサムに報告を終える旨を伝えるシオン。


「うむ、ご苦労だったな。助かった……とはいえ、判明した情報では、練られる策もありはしないか」


「ただ相手側がとことん厄介だという事がわかっただけでしたね」


「そうだな……攻め入るのは、夜が明けてからだ。何か良い策がある者はいるか?」


 ブロンサムのその場にいる皆への問いに、応える者は……


「あ、はいはい。私、やりたい事があるんですよ!」


 エリスが手を挙げる。こいつはまた何を言い出すつもりだ?


「お前は聖術師の……」


「エリスです。えっとですね……」


 続くエリスの提案に、皆の目が丸くなった。





 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





「皆の者! 準備はいいか!?」


 早朝。リインド街の兵と冒険者の混成隊は、国境砦の目と鼻の先にまで接近していた。

 皆は武器を手に、隊長のブロンサムの猛々しい問いに「応!」と負けず劣らずの怒声で応える。


 砦側も、帝国兵……そして元は砦の警護をしていたアーヴァタウタ大国の兵が並んでいる。どうやら相手側は、数の有利を見て篭城戦ではなく真っ向からぶつかるつもりらしい。


 ……好都合な事に。


「では、これより国境砦奪還戦を開始する! ……では、エリス嬢。早速だが頼んだぞ」


「はーい。皆さんちゅーもーく!」


 ブロンサムに指示されたエリスは声をあげ、皆の注目を自分に集める。


「誰だあの娘?」


「あー、確か『十字槍』の弟子の聖術師だろ? 最近結構活躍してるらしいぞ」


「そいつが何するつもりだ?」


 皆の前に躍り出たエリスに、皆が騒ぐ。疑問に思うのも当然だ。


「えっとですねー、これから皆さんに補助呪文をかけますので、対魔術レジスト系の事してる人は解除して下さいねー」


 エリスの続く言葉に、皆が眉を潜める。百名余りの兵達全員に、補助呪文をかける。

 何を言っているんだこいつは、と、恐らく皆が思ったのだろう。当たり前の話だが。


 しかし、できてしまうのだから、こいつはやばいんだ。


「ではいきますよー! 『領域拡大魔術エクスパンディングスコープ』!」


 エリスが呪文の名称を唱えると、足元に極大な魔法陣が現れる。その魔法陣は、混成隊全員を収めてしまう程に広い。


「『防護魔術プロテクトアーマー』! 『武装強化魔術エンチャントウェポン』!」


 皆が驚く中続けて唱えられた呪文は、いつものシオンへの補助呪文。対象者の身を守る防護魔術と、武器の性能を底上げする武装強化魔術。


 そして、始めに唱えた呪文による魔法陣によって、その対象は魔法陣の範囲内にいる人物、全員。


「お……おお!?」


「本当に補助魔術だ!?」


「今の、あの嬢ちゃんがやったのか? 一人で?」


 本来、魔術の有効範囲を拡大させるこの呪文は、これほどまでの範囲にまで広げる事は難しく、そのうえ魔力の消耗も補助魔術の対象となった人数分、しっかり消費されるという話だ。

 フラムさんが言うには、これほどの大掛かりな魔術は、一流の魔術を数十人集め、数時間にも渡る詠唱の果てに、全員の魔力全てを消費してやっと実現できるという程の馬鹿げた所業らしい。


 ……できちゃったなあ。


「補助魔術は長ければ一時間は持ちますのでー、存分に戦って下さいねー!」


 呪文を終えたエリスは、兵士達に有効時間を伝える。補助魔術自体、普段シオンにかけている時と性能の差がない。各個人の魔力の反発反応によって有効時間は差が生まれるらしいが、それでも破格の有効時間だ。


「何という……こんな大魔術を一人でやってのけるとは……」


「聖女だ……聖女様だ」


「俺達には聖女様の加護がある! 負けるわけにはいかない!」


「聖女様! 聖女様!」


 規格外の大魔術を目にした兵士達全員が、エリスを聖女と呼び崇め讃え始めた。


「え、えぇ……私が聖女ですか?」


 当の本人は、その現状に戸惑っているようだ。いつものように調子に乗って変な事口走るんじゃないかと思ったが。


「時間が惜しい! 行くぞ皆の者!」


「「「応ッ!!!」」」


 ブロンサムの恫喝に、全員が砦の前に集まった敵兵へ向け、突撃を開始する。


 エリスの補助は、下手な刃物では通らない強固な鎧。鋼すらも貫く程に強化された武器。それが全員の兵士達に行き届いている。


 ……勝ったな。


 今の兵達は全員が一騎当千。数の不利を軽々覆せる程のとんでも軍団だ。シオンはこの戦の勝利を確信した。

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