エリスの秘策。
「わー! 凄ーい!」
一階層を進み続け、二階層へと続く階段に到着し降りた先に広がる光景は、草原だった。
至る所に草木が生え、隆起した大地が視界を制限し、そして上空には、空がある。
「私達、地下に降りたはずなのに! ホントに異界なんですねここ!」
「オレも話には聞いていたが、実際見てみると凄いな。現実味に欠けるというか……」
シオンとエリスは、雲に覆われた空を見上げながら感嘆する。背後の降りてきた階段がある洞窟は、隆起した丘に空いているのだが、その丘の上には何もない空間が広がっており、一階層らしき場所は確認できない。
「ホント、どうなってんだろなこれ」
「単純に各階層が連なった構造なのではなく、この階段が独自の異界にそれぞれ繋がっているという推論が有力説です……調べる術もありませんので、そういうものと割り切るべきかと」
何度もダンジョン探索の経験があるフラムさんは特に驚いた様子もなく、シオンの疑問に答える。先程言っていた、ダンジョン内はシオン達の元いた世界とは異なる法則がある、という話がまさにこれだろう。
「では……二階層からは魔物の強さも、同時に出現する数も上がります。ここから先はシオンさんも戦闘に参加すべきでしょう」
「ああ、勿論。って言っても前衛で魔物達の意識を誘導するくらいだろうけどな」
シオンが魔物の群れに接近し意識を向けさせ、エリスが魔術で倒して行く。それが常勝のパターンだろう。というか、シオンが活躍できる役割はそれくらいしかない。大した実力もないので魔物を倒すのはエリスに任せたほうが早いし効率的だ。
「いえ……エリスさん、早速試してみましょう」
「了解です! さあシオン君! シオン君が活躍できる秘策! ついにお披露目ですよ!」
突如フラムさんに促され、意気揚々とシオンに近寄るエリス。その意図を問うよりも先に、エリスはシオンの胸元に触れる。
「何を……」
「『防護魔術』!」
そして、エリスが魔術を行使する。その魔術は、シオンの身体を覆い、薄い光の膜のような状態になった。
「一定時間、対象を外的攻撃から守る防護魔術です……試しに、失礼します」
エリスの使った魔術を説明し、十字槍を構えるフラムさん。そしてその槍をシオンに向かって突いてきた。
「うおっ!?」
「……強度は充分ですね」
あまりに唐突な、尚且つシオンでは対処できない程の速度のフラムさんの刺突に驚くシオンだが、その突きはシオンの身体を傷付ける事なく、エリスの魔術に阻まれ弾かれた。
「プロテクション程の強度はありませんが、対象者の行動を妨げないという利点があります……重量の一切ない鎧と思って頂ければ」
「びっくりした! びっくりした! 死ぬかと思った!」
いきなり攻撃を仕掛けておきながら涼しい顔で解説を続けるフラムさん。心臓に悪すぎる。頼むからそういう事をする時は前もって言ってくれ。
エリスに気功術を教えていた時もそうだったが、フラムさんは誰かに何かを教える時は実践してみせる方針のようだ。それでも今のは本当にどうかと思う。
「それにしても……上手く魔術が定着していますね。ほぼ完璧にシオンさんに馴染んでいます」
「魔術が馴染む? どういう事っすか?」
「他人に補助系の魔術を使用した時、その魔術が対象者の魔力と反発してしまう事があります。これは大小こそあれど必ず発生する現象です。反発の度合いによっては本来の効果が発揮されない場合もあります……ですが、シオンさんにかけた防護魔術の状態はエリスさんが自分に使用した時と差が見受けられません。お二人はとても相性が良いみたいですね」
「え、私とシオン君が……? やだもうフラムさんったら! そんなの当たり前じゃないですか〜。えへへへへへ……」
フラムさんの解説に顔をにやけさせ変な笑い声を出すエリス。間違いなくお前が思っている相性ってのは関係ないぞ。
「相性、ねぇ……。エリスのほうがその反発が起きないような技術を使ってるんじゃないっすか? 多分無意識に」
「いえ……この魔術を教える際に私に対して使って頂きましたが、反発反応は確かにありました。これは術者の技術でどうこうなる問題ではありませんので……エリスさんの使うサポート用の魔術は、シオンさんに対しては最高の性能を発揮できそうです」
シオンの予想を否定し説明するフラムさん。エリスの魔術との相性が良いのか。まあ、パートナー同士の相性が良いのは理想的だ。ここは素直に喜んでおこう。エリスみたいな勘違いはしないが。
「その魔術の持続時間ですが……恐らくシオンさんなら一時間以上は維持されるでしょう。使用するタイミングにもよりますが、戦闘中に解除されてしまう心配はなさそうです」
「そんなに長く保つんすかこの魔術!?」
「いえ、本来はそこまで長くはないのですが……そこはエリスさんが破格の技量をお持ちですので」
「シオン君の為ならチート万々歳よね!」
何気にとんでもない性能の魔術を、変なポーズで自慢するエリス。ホントこいつは何でもありだな。
「まあとにかく……確かにこれなら、ちょっとした攻撃なら無視して攻めれるし、オレも活躍できそうだな」
「おおっとシオン君! 私のターンはまだ終わっていないぜー!」
エリスの言う秘策に納得したシオンだが、本人曰くまだ何かあるらしい。ところで何だその口調は?
「もうひとつサポート魔法があるんですよ。『武装強化魔術』!」
エリスは今度はシオンの腰に下げた剣、雨鴉に向けて魔術を使用した。魔術をかけられた雨鴉を、シオンの身体を纏う防護魔術と似たような光が包む。
「本当は使用前の性能と比較して頂きたかったのですが……まあいいでしょう。シオンさん、その剣であちらの木を斬ってみて頂けますか?」
魔術がかけられた雨鴉を抜き眺めるシオンにフラムさんが指示する。言われた通りに指差された木に近寄り、剣を構える。
太い幹をしたなかなかの大木だ。本来の雨鴉の性能はまだ確認していなかったが、恐らくシオンの技量ではこの大木に斬りつけたところで傷を付けるのがせいぜいだと思うが……。
勢いを乗せて雨鴉を横薙ぎに振るう。刃が木の幹に接触し……裂き砕き、大木を両断してしまった。
「わ! シオン君凄い!」
「おお……凄いな確かに」
裂かれた大木が倒れ、大きな音を立てる。その様子に歓喜するエリス。これを自分がやったのか。いや、勿論エリスの魔術あっての結果だが、まさか自分がこれ程の攻撃ができるとは思わなかった。
「…………」
「凄いっすねこの魔術。武器の性能を強化できるとか……フラムさん?」
魔術が込められた雨鴉を眺めながらフラムさんに話しかけ、そこでフラムさんの様子がおかしい事に気付いた。驚いている、のか?
「……いえ、失礼しました。まさかここまで強いとは思っていませんでしたので。はい。その魔術は武器の性能を引き上げる効果があります。より頑丈になり、攻撃に魔力による効果も追加されます」
気を取り直したフラムさんは、改めて使われた魔術を解説する。フラムさんの予想を上回っていたのは、恐らく雨鴉の性能が理由だろう。鍛治師も下手な鉄の剣よりも上等だと言っていた。
「それだけの攻撃が可能でしたら……もう足手まといと思う事もないでしょう」
「や、結局はエリスの魔術頼りな事に変わりないっすけどね」
「でも、これでシオン君も大活躍間違いなしですよ! 最強コンビ伝説の幕開けだー!」
「何だよそのノリ……でもまあ、結果を出せるなら文句ないよ。ありがとなエリス」
「わ、シオン君がデレた!? やりましたフラムさん! 苦労した甲斐がありましたよ!」
「……言うほど苦労してはいませんけど」
素直に礼を言うとまた妙にテンションを上げるエリス。デレって何だよ。
防護魔術に武装強化魔術……これならシオンも戦力として活躍できる。
そして目的である討伐対象のパピルサグも、予想していた程苦戦はしないかもしれない。
過信は禁物だが、少しは自信を持ってもいいかもしれない。
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二階層に出現した魔物は、蜥蜴人や豚人等。ある程度の知性があり集団で行動している魔物ばかりだ。
冒険者視点で一階層と比較すると、一階層は単独での挑戦も可能だったが二階層はパーティーで挑むのに適した難易度と言うべきか。
魔物単体ならばそれほど強いわけではないが、集団戦を強いられる以上ソロで挑むには厳しい。しかしパーティーを組み、しっかりとした戦略、役割分担を考慮できているならばそれが新米の冒険者の集まりでも攻略可能だろう。集団戦の経験を積むにはもってこいの場所かもしれない。
そしてその程度の魔物達相手では、シオンとエリスには簡単過ぎた。
攻撃呪文一発で魔物を倒せるエリスのみならず、そのエリスの補助呪文によって強化されたシオンにとっても楽に倒せる難易度。リザードマン程度の鱗ならば魔術によって強化された雨鴉で簡単に引き裂けた。
魔物の気配がない時を見計らい、倒した魔物達の魔石を回収しながら歩みを進める。このあたりの魔物だと、魔石以外にめぼしいドロップアイテムはあまりない。
しかし今の時点でも、シオンが一人で冒険していた頃よりもだいぶ多い収入になっている。パーティーって素晴らしい。いやまあ、その仲間がエリスだからだという事も忘れてはいないが。口には出さないけど。
「もうすぐ三階層の入り口です……どうですか? 疲労が溜まっているようでしたら休憩を取ってから向かってもいいと思いますが」
「私はまだまだ平気ですよ」
「オレも大丈夫。一階層は楽してもらったしな」
二人でフラムさんの確認に応える。もう二階層を攻略できたのか。あっさり抜けて来れたが、三階層からは難易度も上がるだろう。気を引き締めて行かねば。
フラムさんの案内の元、三階層へと足を踏み入れた。標的であるパピルサグが出現する可能性があるのはここからとの話だ。