感知能力。
三階層は、湿地帯だった。地面のあちこちがぬかるみ、ところによっては沼になっている場所もあるようだ。うっすらと霧に包まれており、あまり遠くを見渡せない。これは面倒な場所だ。
「厄介だな……できるだけ足場がしっかりした所で戦いたいな」
「足元の見極めには細心の注意を……戦闘中に沼に足を取られて危険な状況に陥ってしまう冒険者も少なくありません」
魔物のみならず、地形も脅威となる階層か。二階層から一気に難易度が上がったな。
「ただし、魔物自体はまだそこまで強くはありません……アンデッド系の魔物が多いですね。戦闘に時間がかかってしまった時は周囲のアンデッドも集まり大変な事になってしまいますが……お二方の実力でしたらその心配もないかと」
「そうなんすか? 確か、パピルサグはこの階層から現れるって言ってたっすよね」
「ええ、ですが稀にという程度です……頻繁に出現し始めるのは次の階層からですね」
「なるほど……ちなみに、次の階層はどんな場所なんすか?」
「山岳地帯ですね。山肌にできた通路と、洞窟が主です……谷底に落ちてしまわないよう注意して行動する必要があります」
次の階層もそれはそれで危険な場所、か。この階層でパピルサグに遭遇できなければ結局その階層に降りなければならないが。
「そのパピルサグっていう魔物だけをピンポイントに見つけられませんかね?」
エリスがふとした疑問を聞く。それができれば苦労はしないが……。
……いや、もしかしたら。
「フラムさん、この階層でパピルサグはどんな風に身を隠しているか知ってたりするっすか?」
「いえ……もしこの階層にパピルサグがいるのだとすれば、身を隠す必要はないと思います。自身の脅威になり得る魔物はほとんどいないはずですので」
なるほど、いるのだとしたら普通に闊歩しているか。
「ちょっと魔力感知に集中してみるか」
先日、何故か性能が高まった感知能力。その力を今までは抑えて行動してきたが、全力で周囲を感知すれば結構な範囲の生物を知覚できるのではないか? 思い付きだが、試してみる価値はある。
間近に感じるエリスとフラムさん以外の気配は……。
右手側、四体程の人型。あまり気配は強くない。アンデッド系か。
正面やや左手側、これもアンデッド系。疎らに目的なく蠢いている。
背後、これは……アンデッド系ではなさそうだが、あまり大きくはなく集団だ。何らかの魔獣系か?
……!
「……この方角に、一匹で行動している魔物がいる。周りの魔物の中だといちばん気配が強い」
知覚できた方向は、アンデッドが四体彷徨いていた右手側のさらに奥。
「嘘!? そんな事わかっちゃうの!? シオン君凄い!」
「……本当ですか?」
「試したのは初めてなんすけど、確かっすよ」
「シオンさん、貴方の感知能力の評価はどのランクだったのですか?」
「ちょっと前はCランクだったんすけど、最近急に感知能力が強くなったんすよ。おかげで街中だと周りの気配に酔って大変だったんすけどね」
「……あ、それで最近調子悪そうにしてたんですね」
フラムさんの疑問に答えるシオンと、その説明の中に心当たりがあるエリス。早速強化された能力が役に立ちそうで何よりだ。
「……もし今のような芸当が可能だとしたら、確実に感知能力のランクが上がっていますね」
「マジっすか。帰ったら鑑定してもらうかな」
冒険者登録の際以外にも、ギルドで頼めば鑑定部屋を使わせて貰える。ただし有料だが。
身体能力が成長していたら、それだけギルドからの評価も上がる。それがあまり戦闘面での価値が低い感知能力であっても、Bランクともなれば話は変わってくるはずだ。帰った後が楽しみだな。
「では……その感知能力が正しいか確かめに行きましょう。単独で強い気配だとすると、パピルサグの可能性が高いです」
「あ、そいつより近くにアンデッド系が四体いるんすけど、迂回するっすか?」
「……いえ、そのアンデッド達も倒しましょう。戦闘に釣られてパピルサグから近付いて来る可能性もあります」
それなら確かに手間が省けるが、そうなると連戦か。まあ、アンデッド相手にそこまで消耗はしないと思うので問題ないか。
「それから……そろそろエリスさんの補助魔術が切れる頃だと思います。アンデッド達と戦闘する前にまたかけて貰ったほうが良いかと」
「そういえばそうでした。今でかけちゃいますね。『防護魔術』、『武装強化魔術』〜」
フラムさんの注意を受けてエリスがシオンに駆け寄り触れ、早速補助魔術を軽い口調で使う。準備万端。
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気配を感じ取った方角に向かって進んで程なくして、霧の向こうに人型の影が現れる。手前で感知したアンデッド系の魔物だろう。
シオンはその影が確認できてすぐに駆け出す。先手を打って戦闘を優位に進める為だ。
その姿がはっきりと視認できた時に、相手側もシオンの存在に気付いたようだが、反応するよりも早くシオンの剣、雨鴉が首を撥ね飛ばす。これで残りは三体。
アンデッドはどうやらゾンビのようだ。一階層に出現したスケルトンと違い、まだ白骨化していない遺体に魔力が宿り魔物化した存在。一応スケルトンよりは身体能力は高いが、それでも知性はなく動きも殆どが緩慢。しかし生前の戦闘技術をある程度残しているゾンビもおり、厄介さは個々によって異なる。
容姿を見る限り、冒険者の遺体がゾンビ化したらしい。今倒した者を含め、四体中三体は剣を手にし見るも無惨な鎧を身に纏っているが、一体だけローブを着、杖を手にしているゾンビがいる。こいつは術者タイプか。優先して倒さねば。
シオンがその判断をした時、ゾンビ達が動き始める。二体は剣を振りかざし、術者タイプのゾンビは杖を向ける。呪文を唱えてはいないが、杖の先に魔力が宿り始めている。普通に魔術を行使するよりも時間がかかりそうだが、それでも魔術を扱えるらしい。他の二体は無視して術者タイプのゾンビに接近する。
術者タイプのゾンビが魔術を発動させるよりも早く、一刀の元斬り伏せる。術者タイプは呆気なく崩れ落ち、杖の先の魔力もすぐに霧散した。
「『聖光矢』!」
シオンが二体目を倒した時、追いついたエリスが魔術を放ちゾンビの一体の頭を穿ち砕いた。残る一体はシオンに近付きながら剣を振るうが、相手にもならない。動きを見切り手早く斬り捨てる。これでここに屯ろしていたゾンビは全て倒した。
話に聞いていた通り、足元の地形にさえ気を配れば三階層もそこまで難易度の高い階層ではなさそうだ。自分がしっかり戦力として活躍できた事にひと安心。
「凄い! シオン君が殆どやっつけちゃった!」
「お前の補助魔術があるから大胆に攻められるんだ。まだオレ自身の実力とは言えないよ」
「いえいえ、それでも大活躍ですよ。やー、シオン君のカッコいい活躍が見れて幸せ。惚れ直しました」
「へいへい……フラムさん?」
ゾンビ達を倒し終え、魔石を抉り出しながら讃えあう二人。しかしフラムさんだけは先程から黙って何か考え込んでいるようだ。その視線はシオンに注がれている。
「……聞いていた話よりも……成長したと考えても、これ程にも……?」
「どうかしたんすか?」
「……いえ、シオンさんは私が思っていたよりも実力が高いようで驚きました」
「実力って、エリスの補助のおかげなんすけどね」
「それを踏まえた上で、です……判断の速さや、動き、元の腕力……とてもエリスさんと会う前は誰からもパーティーの誘いがないような冒険者だったとは思えません」
どうやら、シオンの実力が予想以上のものだった事に驚いていたようだ。口振りから、ある程度シオンのそれまでの事情を調べていたらしい。
「どんだけ低く見られてたんすか自分……いやまあ、底辺冒険者だってのは事実だし、補助がないとマトモに魔物の相手なんかできないんでだいたい合ってるんすけど」
「いえ……見た限り、補助がなくとも結構な実力はありそうです……気の持ちようの変化なのでしょうか? エリスさんの補助魔術を受けて、大胆に戦闘できるという状態になったおかげで本来の実力を発揮できているのかもしれません」
フラムさんから、予想外の評価を受けたシオン。その話が事実だとすれば、もしかして、今まで安全策を第一に冒険を続けていたせいで実力を発揮できていなかったのか?
「しかし、身体能力も聞いていたものよりも……まあ、そこは後で鑑定した時にわかりますか」
フラムさんの疑問はまだ解決していないようだが、一応の落とし所を見つけたらしい。
「ところで、パピルサグさん結局来ませんでしたね?」
「ああ、戦闘はすぐに終わったし派手な事もしてないしな」
戦闘をしていればそれに気付いて近付いて来るかもしれないと踏んでいたが、どうやらパピルサグが気付くよりも早く戦闘が終わってしまったらしい。それらしい気配が近付いて来る様子は感じられない。
改めて気配を探ると、先程感じ取った場所からあまり動いてなさそうだ。
「あんまり動いてないな。そのまま向かうか」
「はーい。シオン君、ホント大活躍ですね。こんな霧の中で遠くのモンスターの位置がわかっちゃうって。凄い便利!」
人の能力を便利って。まあ、唯一エリスに勝る特技を手に入れたのだから悪い気はしないが。
三人で改めて、感じた気配のある場所へと向かう。そして、暫く歩いた先に、霧の向こうに大きな影が見え始めた。
「……間違いなさそうですね」
その影を目にしたフラムさんが小さく呟いた。
ようやく目標の討伐対象、パピルサグに遭遇した。




