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シートリー地下迷宮。

「気功術、ですか……?」


 エリスは地下迷宮へ向かう途中の街道で、鍛冶屋で話題になった気功術を教えられるかフラムさんに尋ねてみた。


「はい。武器を扱えたらもっと戦術の幅が広がるんじゃないかって思いまして。適性もあるみたいですので」


「なるほど……確かにエリスさんの場合、呪文の詠唱もせず魔術を扱えるので、近接戦闘の手段を持っていれば……いい考えだと思います」


「それで、気功術も教えて頂けないかな〜って思ったんですけど……」


 フラムさんは十字槍を用いての近接戦闘もこなす聖術師。武器を扱うからには、身体能力強化の気功術の心得もあるはず。

 問題は、その気功術が他人に教えにくい技術らしいという点だが……。


「……エリスさん、これを持ってみて下さい」


「え? あ、はい……わ、重っ……やっぱり重いですね」


 尋ねられたフラムさんは、質問には答えずに持っていた十字槍をエリスに持たせる。手にしたエリスは、その重さに危うく落としてしまいそうになりながらも何とか持ち上げる。


「槍を私に……では、エリスさん、貴女は魔術を行使する際、自分の体内の魔力がどのような動きをしているのか把握していますか?」


 フラムさんはエリスから十字槍を返してもらい、今度はそのような質問をしてきた。一貫していない言動に思えるが……?


「えっと、使いたい魔法を思い浮かべると、身体の中で図形? 多分、魔法陣かな? が組み上がっていく感覚があります」


「それですね……本来の術師は、その魔法陣を構築する為に実際に書き起こしたり、長い呪文を詠唱したり、触媒や補助具を用いたりするのですが……ともかく、その魔法陣を構築しているのが貴女の体内の魔力です。その魔力を、自分の身体全身に巡らせるイメージはできますか?」


「全身……んー、むむむむ……」


 フラムさんの質問に、エリスは歩きながら想像しているらしい。そして変化はすぐに現れた。とは言っても、シオンは魔力感知能力でその変化を敏感に察知できただけなのだが。


 エリスの身体全体に魔力が流れ、覆い始める。その魔力は身体の部分部分によって量や流れが違っていたが、やがてそれも均一になり安定する。


「その状態です。では……もう一度こちらを持ってみて下さい」


「え? あ、はい……わ!? 何これ軽い! 簡単に振り回せそうです!」


 フラムさんが再び持たせた十字槍は、今度はエリスにとって驚く程軽いらしい。マジか。


「それが気功術です……持続させるには魔力のみならず体力も要しますので、すぐに実戦で使おうとはせず練習してからにして下さい」


「おー! わかりました! 凄い! もうできちゃいましたよシオン君!」


 あっという間に気功術を会得してしまったエリスが、嬉しそうにはしゃぐ。


「こんな簡単に使えるようになるものなんすね」


「いえ……逆にエリスさんは使えないとおかしいので……魔術の詠唱を短縮する技術は、自身の魔力を自在に動かせなければ扱えません。その動かす行為こそが気功術なのです」


 フラムさんがエリスがすぐに気功術を使えた理由を語る。なるほど、エリスの使っていた魔術はそもそも気功術が使えないとできない技術ばかりだったのか。やはり専門家がいると頼りになるな。


「……ちなみに、オレにも教えられたりしませんすか?」


「シオンさんの気功魔術適性は……?」


「Eでしたっす」


「……頑張れば気功術くらいでしたら会得できるかと」


 見放されてしまった。頑張れば、頑張ればか。


「それにしても……ルキュシリア神様の権能ですか……エリスさんは将来、『神託の巫女』様のように世間に知れ渡る存在になりそうですね」


「神託の……?」


 感慨深く呟くフラムさんの言葉の中に知らない単語があったらしく、エリスが首を傾げる。


「ああ、半年くらい前に有名になった人だよ。神の声が聞けるらしくて、実際そうでないと説明がつかないような奇跡を何度も起こしてみせたんだとか。国の裏に巣食っていた魔族の組織を壊滅させたのも神託の巫女だったんだっけか」


「はい……その事件の時、私も巫女様達と共に魔族と戦いましたが、あの方は破格でした。見た事のない魔術を幾つも駆使し、魔族を相手に無双してしまうくらいでしたから」


 へぇ、フラムさん、結構大きな事件の当事者だったのか。それは初めて知ったな。


 魔族。他の人型の種族とは一線を画す危険な種。数こそとても少ないが寿命が長く、亜人族の中でも最も高い魔力を保持し、邪悪な神の加護を受けている種族だ。

 基本的に他種族とは敵対的で、その思想は他種族の根絶を目的としていると言われている。

 魔物を従える能力も有しており、度々歴史に現れては人々と衝突し大規模な混乱を巻き起こしている。


 そんな魔族がアーヴァタウタ大国の内部で暗躍していたらしいが、半年程前にそれを看破し一網打尽にしたのが神託の巫女だ。話には聞いていたがとんでもない人物だな。


「もしかしたら、巫女様もエリスさんのように、神様の権能のようなスキルを持っているかもしれません」


「おお、そんな凄い人と同じようなスキル持っちゃってるんですか〜。どや!」


「何が「どや!」だよ。でも、それなら一度会ってみたいよな」


「機会があれば……お二方の事を紹介しておきましょう。巫女様もきっとエリスさんの事は気になると思います」


 思わぬところで妙な繋がりができた。神託の巫女、か。確かにエリスほど特異な人物の事を聞けば気になるだろうな。別にそれはその巫女に限った話ではないだろうが。


「……見えてきましたよ」


 そんな話をしていると、いつの間にか目的地にずいぶんと近付いていたらしい。

 前方に見えるのは、目立つ立て札と人工的な建造物。シートリー地下迷宮の入り口だ。





 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





「へえ、中って案外明るいんですね?」


 ダンジョンへと足を踏み入れたエリスが呟く。

 景観はまさに洞窟。奥まで続く岩肌の通路、人が数人は並んで歩ける程度の幅。天井は高く、人型の種族なら行動に支障はない。

 そしてエリスの言った通り、視界は良好。一見すると光源らしき物は見当たらないのだが。


「ダンジョン全体が、光を発しているらしいです。あまりそのようには感じませんが……ダンジョンは私達のいる世界とは異なる法則が多々あるという話を聞いた事があります。あまり深く考えても仕方ないかも……」


「ちょっとした異世界って感じだな。自称異界人さんのいた世界もこんな感じか?」


「せめて文明のある景色を比較対象にさせてくれませんか!?」


 異世界という単語からエリスをからかうシオン。フラムさんはそのやりとりに首を傾げているが。エリスの身体能力はフラムさんにも教えているが、異界人云々の事情は話していない。言ったところで信じてもらえないだろうし。


「ん、早速何か来るな」


 軽口を叩きながら進んでいると、前方から気配を感じ取った。数は一体。シートリー地下迷宮の一階層に一度に出現する魔物は、だいたいが一体から二体程度。やはり駆け出しの冒険者に最適な狩場だ。


「わ、ガイコツ!」


 姿を見せたのは、エリスの叫び通り骸骨の魔物、スケルトンだ。白骨化した遺体に魔力が宿り魔物化したものと言われている。

 動きは緩慢で非力。筋肉が一切ないのだから当然か。いやしかし何故筋肉もないのに動く事ができるのか等と疑問は尽きないが、これも深く考えても仕方ない事か。魔物の生態にそこまで興味があるわけでもない。


 スケルトンはこちらを視認し……目玉がないので恐らくだが、敵と判断したらしく骨を軋ませカタカタと歯を鳴らしながら迫って来る。あれは笑っているのだろうか?


 さて、ダンジョンに入って初の魔物との遭遇だが……


「『聖光矢ホーリー・レイ』!」


 シオンが構えるよりも早く……というかシオンも半ば予想していたので構える気もなかったが、背後からエリスの魔術が、光の矢が放たれスケルトンの頭部を貫き砕いた。スケルトンはそのまま倒れ動かなくなる。戦闘とも言い難い戦闘が終わってしまった。


「エリスちゃん、大勝利〜!」


「ところで、こんな雑魚相手に魔術を使うのってどうなんすか?」


「本来でしたら魔力を温存して進みたいところですが……エリスさんの魔力総量と回復速度を考えると、ホーリー・レイくらいでしたら何発撃っても支障はないかと」


「あれ〜? 誰も褒めてくれな〜い?」


 スケルトンを倒したエリスの活躍を無視して会話するシオンとフラムさん。

 褒めるも何も、本来魔術を使うまでもない敵だったのだから場合によっては無駄な消耗だったのかもしれなかったんだぞ。わかっているのかこいつは。


「この階層はとりあえずエリスに任せちまうほうが早いか。でも、攻撃手段はホーリー・レイだけにしろよ?」


「はーい」


 そんなこんなで、歩みを再開する一行。二階層への入り口の場所はシオンも覚えているので迷う事もない。二階層から先はフラムさんに案内してもらう事になっている。


 その後も度々現れる魔物をエリスが瞬殺しては進んで行き、問題なく二階層に到着した。

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