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出発。

 鍛冶屋から出た二人は、フラムさんとの待ち合わせ場所である冒険者ギルドへ向かう。そのまま依頼や素材相場を確認して冒険に出る予定だ。

 鍛冶屋で結構長居してしまったが、まだ急ぐ程の時間ではない。ゆっくりと職人街を歩く。


 エリスは鍛冶屋で幾つか使ってみたい武器を見付けていたが、鍛治師の教えた通り購入は気功術を会得してからにした。買った後になって実はエリスには扱いにくい武器でした、となってしまう事態にはなりたくないしな。


 エリスの持つスキル、『ルキュシリア神の権能』は信仰魔術に関わるスキルと予想しているが、気功魔術にも関係しているのだろうか?

 エリスの気功魔術の適性は信仰魔術や光属性魔術と違い特別高くはなかったので、そこまで期待してはいけないか。それでも少なくともシオンよりは高い適性を持っていたので気功術も会得にはそこまで苦労しないとは思うが。


 そんなギルドへ向かう道中、エリスがしきりにシオンの表情を伺っている事に気付く。


「何だ? どうかしたか?」


「……んーん。今日は調子悪くはなさそうですね」


 ……気付いていたのか。


 冒険を終えてから続いていた感知能力の暴走は、やっと落ち着いてきたところだ。いや、シオンがその感覚に慣れてきたというほうが正しいか。

 今でも人混みの中だと酔ってしまうが、それでも暴走していた当初よりは幾らかマシだ。


 エリスがシオンの不調に気付きながら今まで黙っていたのは、シオンが教えなかったから気を使っていたのだろう。少し悪い事をしたな。


「ああ、冒険に行くには問題ねぇよ」


「ん。良かったです。私の力が必要でしたら遠慮なく言って下さいね?」


「わかってる。頼りにしてるさ」


 エリスはシオンの返事に満足したらしく、普段の軽い調子とは違った、慈愛に満ちた穏やかな笑顔を見せた。

 そんな顔もできるのか……少し、ほんの少しだけドキッと……いや、してない。気のせいだ。こいつのいつもの残念なノリを思い出せシオン。間違ってもそんな感情は


「どうかしましたか?」


 少々挙動不振になっていたシオンに近付くエリス。待て、近い。


「顔が近い。離れろよ」


「んー、何だか顔が赤いですよ? やっぱりまだ調子悪いんですか?」


「そんなんじゃねえって」


「でも……あ、もしかして私の魅力に気付いちゃいました? やぁん! 惚れてもいいんですよ?」


「……あー、なんか安心した」


「なんで!?」


 うん、やっぱりこいつは残念な奴だ。





 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





「あ、フラムさーん!」


 フラムさんは冒険者ギルドの前で二人を待っていた。一応待ち合わせの時間には間に合ってはいるが、どうやら待たせてしまったらしい。


「こんにちは……調子はどうですか?」


「はい! 私もシオン君もバッチリです!」


「なんかすいませんっす。ここまで付き合ってもらって」


「いえ……私も、エリスさんには興味がありますから……今日は宜しくお願い致します」


「はい! 宜しくお願いします!」


「お願いします」


 挨拶を済ませ、三人でギルドに入り早速受付に向かう。迎えてくれたのは、いつも通りの受付嬢のノーイ。


「ノーイさんこんにちは! そのネコミミはキュート過ぎるので罪に問われます!」


「こんにち……え? ……こんにちはですにゃ」


 ついにノーイからスルーされたエリス。うん、正しい対応だ。


「今日はフラムさんも一緒なんですにゃ? もしかして、三人で冒険に行かれるのですかにゃ?」


「例の信仰魔術の授業の一環でな。って言っても、本当について来てエリスを見るだけでフラムさんは手は出さない話になってる」


 三人で来た理由を簡単に教える。フラムさんは戦闘には参加しない前提なので、冒険の難易度はシオンとエリスの二人で行ける程度のものでなければ。


「にゃるほど、わかりました。熱心そうで何よりです。では、今ある依頼書から見てみますかにゃ?」


「ああ、頼む」


 ノーイは早速カウンターから依頼書の束を出してシオンに渡す。そのシオンの後ろでフラムさんが「……にゃ?」とノーイの語尾に疑問を抱いているらしい呟きが聞こえた。気にしないでくれ。エリスの変な要求に応えているだけなんだ。ノーイのノリの良さには感服する。


「そう言えば、森への調査隊が昨日出発なされましたよ。ゴルダさんのパーティーが引き受けて下さいました」


「ゴルダさん達ですか……彼等でしたら、問題はなさそうですね」


「本当でしたら、フラムさんにも頼みたかったのですけどね。ゴルダさん達もフラムさんに参加をお願いしようか最後まで悩んでいましたよ」


「そうでしたか……すいません、間が悪くて」


「いえいえ、フラムさんのご都合もありますもの」


 依頼書を捲るシオンの横で、ノーイとフラムさんが会話を交わす。ゴルダという冒険者も、この街トップのBランク冒険者だ。他のパーティーメンバーは全員Cランク。ギルドからの信頼の厚い冒険者パーティーだ。

 そのパーティーメンバーなら、あの新種の魔物に遭遇してもきっと問題ないだろう。奇妙な竜についてはどれ程強いのかわからなかったので何とも言えないが。


「私も文字読めるように勉強しようかな……」


 そしてシオンの持つ依頼書を横から覗き見ながら呟くエリス。確かに、読めるなら何かと便利なのでその考えには賛成だ。


「暇な時にでも教えてやるよ……やっぱり討伐になると丁度良さそうな依頼は残ってないな」


「……私も確認しても宜しいでしょうか?」


 シオンの依頼書を見通した反応を聞いて、フラムさんが尋ねた。断る理由もないのですぐに束を手渡す。

 考えてみれば、エリスはフラムさんに信仰魔術を教わり実力をつけているはずだ。二人で討伐できそうな強さの魔物の程度は、シオンよりもエリスの現在の実力を知っているフラムさんのほうが把握できているだろう。


「……パピルサグの尾……パピルサグなら貴方達二人でどうにかできるかもしれません」


 フラムさんは依頼書の中から一枚を抜き出し、シオンに見せる。パピルサグという魔物の尾の納品依頼だ。


 パピルサグ。人型の上半身と蠍の下半身を持つ魔物だ。強固な甲殻と鋏、そして尾には猛毒を持つ危険な魔物で、討伐にはパーティーメンバーの平均がCランク程度は必要と言われている。シオンの判断では手を出そうとは思わない魔物だが……。


「ホントに大丈夫っすか?」


「エリスさんはとても優秀ですから……それに、危険と判断すれば私も加勢します」


 不安に思うシオンだが、フラムさんはそれでも推奨する。


 エリスの実力は本物。パピルサグはシオン達が遭遇した未知の魔物より危険性は高くはない、と思う。ならばもしかしたら、エリスだけでも勝てるかもしれない。そのうえもしもの事があればこの街でも指折りの冒険者であるフラムさんも手を貸してくれる……負ける心配はないか。

 挑める要素の中にシオンの実力が考慮されてない点は置いといて。むしろやはり足手まとい。むむむ……。


「まあ、それなら挑戦してみるか。ノーイ、この依頼を受けるよ」


「おお! シオンさんが中々の難易度の討伐依頼を! 達成できたらお祝いですにゃ!」


「エリス頼りの挑戦なんだからんな事言われたってなぁ……」


「いえいえ、シオン君も頼りにしてますよ。ほら、雨鴉ちゃんのお披露目なんですし!」


 エリスはちょんちょんとシオンの腰に下げた新たな剣をつつきながら言う。武器は確かに強くなったが、そこまで劇的に実力が変化するものでもなかろうに。


「それに、シオン君が活躍する秘策だってあるんですから!」


 続くエリスの言葉に首を傾げる。シオンが活躍できる秘策を、エリスが? 意図はわからないが、自信満々に語る様子は嘘ではなさそうだが……。


「まあいいか。パピルサグが出る場所は、シートリー地下迷宮か」


 リインドの街から南東に存在するシートリー地下迷宮。所謂ダンジョンと呼ばれる魔物の巣窟だ。


 地下と名にあるが、ダンジョンは実際に地中に迷宮が広がっているわけではなく、地下迷宮への入り口から進入できる異界と考えるべきだ。ダンジョン内では魔物達が独自の生態系を形成しており、より奥の階層に進む程強力な魔物が生息するようになる。


 階層によって魔物の強さが変わるという特徴は、冒険者達にとって都合の良い狩場と言える。自身の実力に合わせた魔物を狙うのに最適だらかだ。

 ちなみにシオンはこのシートリー地下迷宮の一階層に挑戦した事があるが、魔物を三匹程倒したあたりで限界を感じ帰還した。駆け出しにしても情けない話である。


「パピルサグは……シートリー地下迷宮の三階層から五階層にかけて確認されています……そこまでの道中の魔物もお二方でしたら……問題はないかと」


 標的であるパピルサグの生息する場所を教えるフラム。彼女は無論このダンジョンの探索の経験は豊富だろう。信頼に足る情報だ。


「じゃあ、準備の再確認が終わったら向かうか。多分、日帰りはできなさそうだな」


「そうですね……野宿の準備もして行くほうがいいと思います」


「わ、二度目の冒険にして野宿ですか。なんだかワクワクしますね」


「そうか? ま、早いうちに経験しておくほうがいいと思うぜ……オレも野宿は初めてだけどな」


 ソロ活躍をしていた今までは仕方なかったが、これからは二人で交互に見張りをすれば野宿は可能だろう。必要な物はフラムさんに聞きながら集めるか。


 次の冒険は、ダンジョン探索。シートリー地下迷宮だ。

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