一 雨の駅
目の前で起こっている殺戮を、俺は、まるで他人事のように見ていた。
そして俺の身体もまた、勝手に動いて、その殺戮に加わっていく。
これは何だ。
俺は、誰だ。
頭上で、硝子の天蓋が砕けていた。巨大な鉄骨のアーチにかろうじて残った硝子の、その歯のような破片のあいだから夜の雨が吹きこみ、雨を裂いて、照明弾がゆっくりと落ちてくる。白い光が揺れるたびに、何百という影が床の上で伸び、縮み、ねじれた。
古い駅だった。錆びた貨車が線路の上で眠り、プラットホームには毛布と鍋と、雨を吸ってふやけた段ボールが並んでいる。柱と柱のあいだに渡された紐には、子どもの靴下が干してあった。人が暮らしていた痕跡だ。人がここで身を寄せ合い、朝を待っていた痕跡だ。
その痕跡の上を、銃弾が飛び交っている。
逃げ惑う人々も、立ち向かう者たちも、容赦なく、問答無用に、物言わぬ肉塊へと変えられていく。
変えているのは、俺だった。
感覚は、すでにあいまいだった。いや、正確には逆なのかもしれない。五感への入力が過剰すぎて、どれが何なのか、もう区別がつかないのだ。
大音量。大流血。閃光と悲鳴の連続。
硝煙の匂い。濡れた鉄の匂い。焦げた毛布の匂い。雨粒の一つひとつが頬を打つ冷たさ。銃身の熱。そして、悲鳴。悲鳴のひとつひとつが、それぞれ別の方角と、別の距離をもって耳に届く。左前方十四メートル、女、喉が裂けかけている。右二十二メートル、子ども、息を吸いこむ音。背後、うつ伏せに倒れた男の心臓が、あと三回打って止まる――。
なぜ、そんなことがわかる。
俺の人差し指が、引き金を絞る。銃床が、肩を叩く。
引いた、という感覚だけが、半拍遅れて俺のもとに届いた。隣の部屋で起きたことを、壁越しに聞かされているような遅れだった。
身体はいつも、俺の半歩先にいた。俺はその背中を、ただ後ろから見ているだけだった。
誰かが、この身体を操っている。
どこか遠くから、見えない糸で、俺の手足を。そうとしか思えなかった。
左右に、三つの影がある。
俺と同じ装備で、同じ歩幅で、同じ角度に銃を構え、同じ間隔で撃つ。四人の足音は、完全に揃っていた。まるで一匹の大きな生き物が、四本の脚で歩いているように。
誰も、何も言わない。
ただ、耳の奥の通信回線の、そのさらに奥で、誰かが旋律を口ずさんでいた。歌詞のない、短い、同じところをぐるぐると回る旋律。それが銃声と悲鳴の隙間から、途切れ途切れに漏れてくる。
『――殲滅を、継続せよ』
平板な声が、頭の内側で響いた。それが外から届いた命令なのか、俺自身の考えなのか、区別がつかなかった。
貨車の陰から、猟銃を抱えた初老の男が飛び出してきた。震える銃口が火を噴き、弾は俺の頬の横の、ずいぶん遠くを抜けていった。身体は急ぎもせずにそちらへ向き直り、一度だけ撃った。男は膝から崩れ、猟銃が線路の上で乾いた音を立てた。
鍋を振りかざして駆けてくる女がいた。毛布ごと子どもを抱えて、線路に飛び降りる女がいた。身体は、そのどれにも等しく銃口を向けた。等しく、正確に。
照明弾がひとつ燃え尽き、次のひとつが空で開く。
白い光の中に、錆びた案内板が浮かび上がった。剥げかけたペンキで、大きな数字がひとつ描かれている。その形を読みとる前に光は流れ、案内板は闇に沈んだ。
そのとき、ひとりの若い男が立ち上がった。
逃げるのでもなく、武器を構えるのでもない。横倒しになった貨車の連結器の上に立ち、両腕をだらりと下げたまま、まっすぐに俺を見ていた。
照明弾の光が、彼の顔を正面から照らす。まだ少年の輪郭を残した顔だった。濡れた前髪が額に貼りつき、その下の目が、俺の目を――俺の目の、さらに奥を、見ていた。
彼は口を大きく開けて、何かを叫んだ。
短い言葉だった。
聞こえなかった。音が多すぎた。世界じゅうの音が一度に俺の中へ流れこみ、その一言だけが、濁流に投げこまれた小石のように沈んでいった。
俺の腕が、持ち上がる。
照準の中心に、彼の開いた口がある。
やめろ、と俺は言った。言ったつもりだった。けれど、動いたのは、俺の口ではなかった。
これは、俺なのか。
俺は、生きているのか。
答える者はいない。答えを待つ者もいない。雨と光と悲鳴の中で、自分の身体だけが他人のように精密に動作し、与えられた任務をこなしていく。
殲滅という、任務を――。




