第2幕-4
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クレマンがもたらした報せにジュリアは険しい顔になる。
「……今になってだなんて本当に密告なのですか?」
クレマン曰く、国王との話し合いの最中に聖女の世話係が王宮にやってきてどうしても話したいことがあると訴えに来たという。彼女は血のついた布の切れ端を持っていた。
夜会でローベルが着ていた服の燃え残りで、聖女は大聖堂の地下に常闇の王を匿っていると言ったそうだ。
「布地は血染めでほとんど焼け焦げていて同じものか確証はない。陛下を前にしてこんな嘘を吐くこともないだろう。ただ、ずいぶん怯えていた」
「聖女様がなぜそんなことをしているのかは? エルネスト殿下のことは何も言っていなかったのですか?」
ジュリアが問うとクレマンは首を横に振って、理由は分からないままでエルネストに関しては何も出て来なかったと答える。
「罠でしょうか」
シリルも不可解そうな表情でつぶやく。
「誘い込んでいるようにも思えるわね。居場所を明かしたなら司祭様方が危険ではありませんか?」
大聖堂にはまだ地方の司祭達が留まっている。隠れ潜んでいる間はじっとしていても、その必要がなければいつ襲われてもおかしくない。
「……王宮へ移動してもらうことは陛下もお考えになってはいた。しかしエルネスト殿下を大司祭につけるのが目的のひとつなら司祭様方は儀礼上必要だ。大司祭の任命までは静観することになった」
司祭達に事情を説明して大きな混乱を招くことも避けたいということだった。首のない神像を見た司祭達の怯えを考えれば足下に常闇の王がいると知った途端、大騒ぎになりかねないのはよく分かる。
「踏み込むなら、満月の日ですか?」
ジュリアはクレマンをじっと見やる。
あまりにも早急にことが進んでいくのに、違和感を覚えながらも有利な条件を逃すことはできない。
「それしかないだろうな。満月までは私が大聖堂周辺を警護する。お前達はいつも通り、市街地の巡警をするように。策は明日の昼に詰めるとしよう」
すでに日が傾き始めていて夜警に出なければならず、三人はそれぞれ自分達の配置の場所へと向かうことになった。
「やっと、動けそうだね」
詰所を出るまで隣を歩いているシリルがそう言って、ジュリアはうなずく。
「ここで決着をつけられるのかしら……」
停滞していた流れが動き始めていても、道筋がついたというより濁流が押し寄せてくる前兆のような不気味さがあった。
「決着をつける相手が常闇の王だけなら簡単な話だろうけれど、ね。でも、せめてどうしてこんな事態になってしまったのかぐらいは知りたいよ」
「そうね。……フェルを相手にするのは大丈夫?」
淡々としたシリルに団長から呼び出される直前の会話を思い出して、ジュリアは彼の表情を窺う。
対峙するのは常闇の王でもその姿はローベルだ。落ち着いて見えてもシリルの本当の心の内は、きっと自分と同じで様々な感情に揺さぶられているだろう。
「夜会の時は顔がよく見えなかったから、まだ弓を引けたんだろうなって思うところもあるかな。自分でもその瞬間にならないと分からない気がするよ。君は?」
「私は、負けたくないって思ってる。今はただ、それだけ」
二度も床に伏せ傲慢な常闇の王の顔を見上げるしかなかった自分の無力さへの憤りが、再び火を吹きそうになってジュリアは瞳を伏せて自分の感情を宥める。
「そうだね。……僕も今はそれだけ考えておくよ。じゃあ、気をつけて」
詰所の出口にさしかかり、ジュリアはシリルと別れる。
空は長い太陽の出番は終わりを迎え藍色の帳が降り始めていて、陽射しの届かない場所にはもう夜の気配が漂っている。
団員達と共に市街地に出るとすでに家々は扉を閉ざし鎧戸を閉め静まりかえっている。予定通り配置の区画でさらに幾つかに分隊し、警邏を始める頃には辺りは暗闇に呑まれていた。
光を求めて見上げた空にはほとんど満月に近い状態の月が浮かんでいる。
(遠いわね)
柔らかな光は地上すべてを灯すにはあまりにも淡く儚い。
それでも常闇達は月光を恐れて建物の影が重なる闇の深いところへ沈みこみ姿を見せない。時々群からはぐれて隠れ損ねた常闇が騎士の気配に気付いて逃げていくのを見つけては排除していく。
常闇達ははっきりした姿を持っていない。獣の形を取るものも多いが狼とも猫ともつかない輪郭の曖昧な黒い塊でしかなく、力のない常闇は薄もやのような毛玉のような生き物の形でさえなかった。
そんな風に己の姿も知らず、何に餓えているのかさえわからないまま常闇達は人の魂を求める。
食い続けていれば空虚の正体を知れるかもしれない。
(いつか何者かになれるかもしれない)
暗がりに目を凝らしていたジュリアはふっと浮かんだ思考にびくりとする。
何度も読み込んだ教本の中にそんな言葉があっただろうか。あまりにもそれは文字から得た記憶でなく、生々しい声が自分の内側で響いたかのようだった。
「ジュリア様?」
近くにいた団員が訝しげに問いかけてきて、ジュリアはなんでもないと答える。
そして無意識のうちに月に目を向けるとさっきまでの思考は消え去り、何を考えていたのかなにも思い出せなかった。その代わり掌の聖刻が一瞬じんわり熱を持った気がした。
(フェルの居場所が分かったからかしら)
自分で思っている以上に気持ちが乱れているのかもしれない。
ジュリアは聖槍を硬く握り警邏へと意識を戻す。そしてはぐれと思われた常闇達が一箇所を目指して動いていることに気付いて、排除しようとしていた団員を止めてどこへ向かっているのか追ってみることにした。
紐のような形状の常闇をつけていくと、似たような弱々しい常闇がひとつの路地の奥へと集まっていっていた。
「何があるのかしら……」
不吉な予感に警戒しつつ先頭に立って奥へ奥へと進む。やがて突き当りとおぼしきさらに細い場所へと行くと黒い塊が見えてきた。それに常闇達が群がっている。
「なんてことなの」
ジュリアは聖槍の光で奥を照らして常闇達を払い、塊の正体に呻く。
塊は塀に背をもたれて座り込んだ若い娘だった。目を開けたまま彼女は事切れている。
「ジュリア様、聖女様の世話係では? どうしてこんな所に」
後ろにいた団員が娘の着ているものに目を向けて心底不思議そうに言う。
「わからないわ。とにかく団長に報告を」
ジュリアは団員に指示しながら娘へと近づき大きな怪我がないか確認するものの、致命傷となるものは見当たらない。生きながらそのまま常闇に食われたのだろうか。
ぼんやりと開かれたままの生気のない目がいたたまれず、娘の目を伏せようと聖槍をしまい刻印のある掌を彼女に近づけた時ふと違和感を覚えた。
(肩……)
聖刻を左肩の方へ向けるとさっき確認したときはなかった細い銀の杭が見えた。触れようとすると鱗粉のような銀の粉を散らして杭は消えた。
(これがジャンヌの聖刻の力)
カトリーヌが言っていた肩の痛みはこの杭を打たれたからに違いない。
おそらくこの娘が密告者だろうが、本当に密告で報復されたのかそれとも用済みとして始末されたのかどっちなのだろう。
(むごいことを)
ジュリアは歯噛みしながら娘の目を伏せる。
そうして詰所へと娘の遺骸は移され夜明けすぐにクレマンが顔を確認して、やはり密告者であることが判明したのだった。




