第2幕―3
「聖女様は聖刻の力を隠しているわ」
詰所に戻ったジュリアは小部屋へとシリルと共に入り、カトリーヌのことは伏せてジャンヌによって意図せぬ場所に行かされたという訴えがあったことを告げる。
「そしてなんらかの被害を受けたということだね。君が確信を持っているなら信憑性は疑わない。だけど、そんな人間に対して悪用できる聖刻の力があるんだろうか」
「それは、私も思うのだけれどそうとしか考えられないわ。……その力を使えば夜会の時に誰かに扉を開けさせることもできたんじゃないかしら」
フェルが何人もの人間に接触しているとは考えにくく、そもそも目覚めてからひとりで行動していなかった。しかし聖女ならば騎士や修道士と接する機会があり不自然ではない。
「……聖女様が協力者。だとしても目的は?」
「分からないわ。でも、エルネスト殿下も関わっていると思うの」
シリルが思案顔で沈黙する。
「王太子殿下が真っ先に狙われた理由にはなるね。あのふたりが他人と協力し合うのは想像がつかないな。かといってふたりとも誰かに従う性格でもないし……」
気ままで掴み所のない聖女と、高慢なエルネストのどちらかが主となるというのはジュリアも考えられなかった。
「なにかしらの利害の一致があるのかも。あのふたりが協力者なら、大聖堂にフェルを匿うことだってできるわ」
これだけ姿を探して見つけられない以上、大聖堂を襲撃した後はそこから動いていない可能性は十分にある。
「聖女様とエルネスト殿下の件はまだなんとも言えないけれど、常闇の王が大聖堂から動いていないのは僕も少し考えてたんだ。あそこは広いし、暗闇と混乱に乗じればあそこに身を隠すぐらいはできるかもしれない。でも、筋は通っても確証になるものはなにもないのか……」
シリルの言う通りで証拠となるものはなにもなく、まずはそこから探らねばならない。しかしやはり大聖堂の内部となると確証もなくむやみに踏み込むのは難しく、堂々巡りになってしまう。
「ジュリア、団長にも相談しよう。僕らだけじゃ無理だ」
現実的な提案にジュリアはやはりそうするしかないかと渋々うなずく。そうしてクレマンが詰所に戻っていることを確認して、ふたりで彼の部屋を訪ねた。
はたしてクレマンが動いてくれるのかと不安になりながら話を進めていく。
「……お前達には隠していたが、国王陛下のご命令でエルネスト殿下の動向にはすでに探りを入れている。真っ先に狙われたのが王太子殿下であったことに、国王陛下も疑念を抱いておられたのだ」
ずっと眉根を寄せたまま聞いていたクレマンの返答は意外なものだった。
「何か、不穏な動きがあったのですか?」
ジュリアはカトリーヌの秘密が知れたのだろうかと心配になりながら問う。
「いや、ことがことだけに慎重に進めているのでまだだ。しかし、聖女様か……我々聖騎士と同じように聖刻を持っているが、まったく異なるものではあるな。やはり魔女殿を早く探さねばならないか……」
苦虫を噛み潰したような顔でクレマンがぼやいて、ジュリアはシリルと顔を見合わせる。
「そうだわ。魔女様なら常闇の王のことも、聖女のことも知っているはず」
魔女とは残るもうひとりの聖刻の持ち主で、百年ほど前に常闇の王が現れた時の聖女である。彼女は常闇の王が消えると同時に不老不死となって、自らを魔女と称し国中を放浪している。
現在の聖刻の持ち主は七人だと頭の片隅にあっても、もはやおとぎ話のような魔女の存在を意識することはないに等しい。
「魔女様はそもそもまだ生きておられるのですか?」
そう首を傾げたのはシリルだった。
「確か二年前にスールの聖堂へ姿を見せている。ちょうど司祭様が全員いらしているので後で確認はとってみる」
時々ふらりと聖堂に現れて生存報告だけしていくという魔女の居場所は、大聖堂も気にはかけているものの把握しきれていない。
それでも今、一番の糸口になりそうなのは彼女しかいない。
「団長、フェルの居所についてはどう思いますか?」
ジュリアが問うとクレマンがゆるりと首を縦に振る。
「それも調査中だ。大聖堂内も潜伏先の候補として内部の構造を調べているが増改築が重ねられている上に、記録がすべてあるわけではないのであたりをつけるのに難航している」
「どうして私達に教えてくれなかったんですか」
ジュリアは知らぬうちに上でだけ話が進んでいたことに憤りを隠しきれなかった。
「お前達はローベルに近すぎる。それとジュリア、お前は怒りを抑えきれないところがある。どれだけ平静を取り繕っても、目の奥に火がある」
今もまさに上官に食ってかかっているので何も言い返すことはできなかった。
「僕らが昼に捜索していたのは大聖堂内に潜伏していると疑っていないと見せかけるためですか」
「そういうことだ。しかし、別の場所へ隠れている可能性もある以上、捜索自体は続けてくれ」
相手を油断させるためだというならもう失敗しているかもしれない。
「申し訳ありません。聖女様に怪しんでいることを勘づかれたかもしれません」
ジャンヌとエルネストの前では感情を抑えていたつもりであっても、ジャンヌの最後の言葉を思い返せばクレマンの指摘通り隠し切れていなかったのだろう。
「起こったことは致し方ない。しかしやはり目的が見えない以上、動きづらいな。以後のことは満月までに決める。シリル、席を外してもらえるか?」
不意にクレマンとふたりきりにされることへシリルが心配そうな顔をしながらも、上官命令ともあって静かに退出する。
「……聖女様の件は妃殿下からか?」
咎めを受けるかと思っていたジュリアは核心を突かれて戸惑う。
カトリーヌから呼び出されたこと自体は隠されていない。しかし詳しい事を話すわけにもいかず答えられなかった。
「妃殿下の身が危険に晒されているのかだけ答えればいい」
クレマンがそう促してきてどうだろうとジュリアは考える。
「……今の所は直接危害を加えられそうだということはないと思います」
エルネストの狙いが玉座であるならばカトリーヌ自身というより身に宿している子供が邪魔になる。だがエルネストは大司祭に選ばれ、次期国王は彼の子かもしれないのだ。
カトリーヌが命を狙われるという可能性は薄い。ただ抱えた秘密をどう利用するつもりなのか読めない。
「ならばいい。聞きたかったのはそれだけだ」
叱責のひとつもないことになおさら自分の失態への憤りが膨らんでしまい、ジュリアは硬い表情のまま敬礼して退出する。
(もっと落ち着かないと)
そしてまた感情が乱れていることに気付いてため息をつくのだった。
***
夕暮れ時が近づいて来て詰所は夜警の準備の音でさざめいている。ただ満月も近く聖女からの進言もないということで、差し迫った緊迫感や緊張感は薄い。
シリルは銀製の胸当てと籠手、足具を装着し終え団員達がひしめく広間へと出るとジュリアを探す。鮮やかな赤毛はすぐに目に入り、彼女はどうやら団員と夜警の最終確認をしているらしかった。
クレマンと話した後、ジュリアは落ち込む様子も見せながらもこれまで通り常闇の王の捜索へ市街に出た。自分は別の場所を捜索していたのであれからほとんど彼女と話せていない。
捜索は無駄足ではといううっすらと思っていたことが確信に迫り始めると、どことなく落ち着かない。
(カトリーヌかな)
ジャンヌの得体のしれない力というのは突拍子なくも思えるが、ジュリアが強く信じる相手といえば彼女の家族かカトリーヌだ。
そうしてジュリアはカトリーヌとつい最近会ったばかりである。これ以上従妹に災難が降りかかっているとも思いたくないものの、何かがあったのだろう。
当人が隠したがっている以上、仔細を追求する気はないけれど心配事ばかり増える。
「ジュリア」
団員達との話が終わったのを見計らってシリルはジュリアに声をかけ、ふたりで広間を出て人気のない廊下へと出る。
「団長、まだ戻って来ないわね」
国王との話し合いのため王宮へ赴いているクレマンはまだ詰所に姿を見せていない。
「なんでもいいからそろそろ進展がほしいね」
夜会から十日以上経っても敵の目的すら不明瞭で毎日同じことの繰り返しはうんざりしてくる。
「私のせいであまりよくない方へ動くかもしれないわ」
今日の失態がよほど堪えているらしくジュリアが重たいため息をつく。
「どっちみち向こうが動くか、こっちから動くしかなかったし満月をこすと僕らの方が不利だ。とっかかりが見つかっただけでもいいんじゃないかな。それに、僕にすぐに相談してくれたのは最善の判断だよ」
「私、自分ではもっと怒りを抑えられるようになったと思っていたわ」
「君は昔から自分自身に苛立ってることが多かったね。ローベルと最初に喧嘩した時のこと覚えてる?」
あれはジュリアと共に聖騎士として学ぶことになってすぐのことだ。
クレマンから自分とローベルはジュリアの先達として彼女のことを気にかけるよう言われていた。
自分はあまり手出し口出ししない方がいいんだろうかといまひとつ接し方が分からず距離を取っていて、ローベルは妹と同い年ともあって何から何まで先回りして手助けに入っていた。
しかしローベルのその態度にジュリアはまるで何もできない小さな子供のように扱うなと怒り、彼と口をきかなくなってしまったのだ。
「……覚えてるわ。喧嘩というより私が勝手に拗ねていただけね。ローベルはすごく困ってたもの。あの時も私の話、あなたは聞いてくれたわね」
「ひとりで君の相手をしないといけないのが不安だったから、早く仲直りしてほしかったんだよ」
まだ子供だった自分は姉たちや従妹と違うジュリアへの戸惑いが大きかった。だからどうにかローベルを許してほしくて、ジュリアを説得しようとしたのだ。
話を聞いてみればローベルに悪意がなかったのは理解していても、一度わき上がった怒りを鎮められずそんな自分自身への苛立ちも加わって袋小路に迷い込んでいるらしかった。
「そうだったの? でも、あなたがまず謝るよりももう一度何が嫌だったかローベルに説明することから始めたらって言ってくれたから仲直りできたわ」
「僕まで嫌われたらどうしようって思ったけど、うまくいってよかったよ」
悪気がなかったとはいえジュリアの自尊心をローベルが傷つけたのは事実で、その怒り自体は正当なものだとは幼いながらに思ったのだ。
だから彼女が自分自身を責めることはないと伝えて、とにかくなんでもいいからローベルと話してみてほしかった。
怒りをもう一度言葉にしてジュリアはやっと気持ちが落ち着いたようで、それから数日もすれば何事もなかったようにふたりは会話をするようになった。
ジュリアの相手をひとりでしなくてよくなって心底ほっとしたのをよく覚えている。
それなのにいったいいつ自分はジュリアを好きになったのか、記憶をたどっても思い出せない。
「……シリルはいつも冷静でいるわね。私、昔からあなたのそういうところが羨ましかったわ」
「冷静なのかな。自分の気持ちが浮いているのか沈んでいるのかよく分かってないだけな気もするよ」
時々、自分の感情が揺れ動いているのに掴み切れないことがある。端から見れば冷静かもしれないけれど、自分からすれば一体どう反応していいのかわからずぼやっとしているだけである。
「私、聞いてもらうばかりでちゃんとあなたの気持ちを考えないといけないわね……」
申し訳なさそうにジュリアが言って、シリルは苦笑する。
「気にしなくていいよ。僕も話せるほど自分のことよく分かってないことが多いから。それに、君の役に立てるのは嬉しい」
恋が叶わなかったからといって、その気持ちは消えないとジュリアの隣にいると嫌というほど思い知らされる。
しかしあいかわらず自分の言葉は冷たくないけれど熱くもならない。
「……ありがとう」
少し間があってそう答えたジュリアはどんな気持ちでいるんだろうか。
自分のことよりそちらの方がずっと気になる。
そうしてお互いぽつぽつ今夜の夜警の話をしていると、クレマンが探していると団員が呼びに来てふたりはその場を離れた。




