第8話:三郷ジャンクションの戦い①
埼玉の南部に位置する三郷ジャンクション。
外環自動車道と首都高速道路、常磐自動車道が交わる物流の要衝である。
入り組んだターミナル道路は美しい曲線を描き、迫力満点だ。
その中心部に近づくにつれ、車の流れが止まる。
八潮、川口と草加を乗せた車も、渋滞の最後尾で足止めされた。
前方が騒がしい。
賊徒たちがトラックを横付けし、通行を妨害していた。
停止を余儀なくされた車両から次々と物資を略奪し、自分たちのトラックへ積み込んでいる。
「ここでいい」
川口がそう告げ、車を降りた。
軽やかに飛躍し、前方の車のボンネットへと飛び乗る。
そのまま車の上を足場にして、次々と車列を駆け抜けていく。
「ああ、ちょっと川口さん!」
「川口殿~!」
草加と八潮も車を降り、後に続く。
ボンネットに飛び移っていく三人。
車の上を疾走する彼らを、運転手たちは不思議そうに見送った。
川口が最後の一台を蹴って、路面に着地する。
睨みつけたその視線の先、15……いや20人の賊徒。
各々が鉄パイプや金属バットを持っていた。
「ぐっ……」
賊徒の足元でうめき声。
三郷だった。
ボロボロの状態で、縄で拘束され路面に伏している。
草加と八潮が遅れて、川口の後方に着地した。
賊徒に捕らえられた三郷を見て、思わず息が詰まる。
「三郷さん! 大丈夫ですか?」
「三郷殿~!」
三郷の公式指標の埼力(戦闘力)は14万。
決して低くはない。
埼玉国の堂々たる中堅の数値だ。
その三郷が、あんなに打ちのめされているとは。
恐らく付近の民の安全を案じ、周囲に気を取られていたのではないか。
だがそれでも、こいつらは……ただの賊ではない!
「おやおや、これは諸侯方。みなさんお揃いで。オレたちを討伐しにきたのかな?」
頭目と思わしき、赤いモヒカンの男が余裕そうに嘲る。
他の賊徒たちもそれに合わせて、小馬鹿にしたように一斉に笑い出した。
不愉快な連中だ。
川口は眼鏡をクイと押し上げ、冷たい声で言い放つ。
「ここは物流を支える要衝だ。その生命線を断った罪は重い。覚悟はできているんだろうな」
剣の柄に手をかけ、凄まじい覇気を放つ。
「怖いこと言いなさんな。こっちには人質がいることをお忘れなく」
「か、川口殿……僕に構わず……ごふっ!」
赤モヒカンが三郷の腹を蹴り上げた。
それで三郷は気を失ったようだ。
「貴様……身の程を弁えろ!」
賊徒の分際で、埼玉国の大名を人質に取るか。
噴き上げる怒りが川口を突き動かそうとするが――
「川口さん! 駄目です!」
「三郷殿が敵の手中にあります! 川口殿! 今は我慢してください!」
川口は舌打ちをして、抜きかけた刀を鞘へ引き戻す。
「あっはっは! それでいい! そうだなぁ、諸侯方にもちょっと痛い目に遭ってもらおうかな」
そう口元を歪めると、赤いモヒカンは指を鳴らした。
高架脇の側道から十数台の自転車が一斉に飛び出してくる。
タイヤに特殊な加工でもしてあるのか、アスファルトに火花が散っていた。
自転車に乗った賊徒たちは、息の合った動きで弧を描くように川口、草加、八潮を取り囲む。
「この動き、素人の自転車乗りではないな」
川口が目を細めてそう言うと、愉快そうに赤モヒカンが笑い声をあげた。
「ご明察~! こいつらは江戸川サイクリングロードで鍛え上げたオレ自慢の舎弟よ!」
じわじわと十数台の自転車の旋回が狭まっていく。
「さぁ! やっちまいな!」
追い詰められた川口と八潮の額には、脂汗が浮かぶ。
ま、まずい。
絶体絶命の危機!
草加がふと、涼し気な顔で――
俳句を口にした。
『夏草や 兵どもが 夢の跡』
※尽きていった勇猛果敢な兵たちの夢の名残を、何気ない生い茂る草から感じ取る、という意味。
世の中の無常さ、儚さを詠った松尾芭蕉の有名な俳句の一つだった。
草加市といえば百代橋の松原遊歩道。
松原といえば奥の細道。
奥の細道といえば松尾芭蕉。
松尾芭蕉といえば俳句である。
(なんだ? この気持ちは……)
自転車に乗った賊徒たちの表情が変わる。
江戸川の風が吹いた気がした。
松原の松葉が、舞っている。
これは錯覚か。
(オレたちは兵だろうか。いや……ただの非行に走る無法者じゃないか。こんなオレたちに、夢なんて……)
ペダルを踏む足が止まる。
自転車の速度が著しく落ちた。
「お前ら! 何を呆けている!!」
赤モヒカンが動揺して叫んだ。
「今です!!」
草加の掛け声と同時に、川口が瞬速で自転車の包囲網を突破する。
そのまま鞘から剣を引き抜き、赤モヒカンの喉元へ――
自らの命の危機を刹那に感じ取った赤モヒカンは、咄嗟に懐に手を伸ばした。
取り出されたのは、なんと“拳銃”だった。
川口の目が驚きで見開く。
世界がコマ送りになったように、ミリ単位で動いていた。
赤モヒカンが川口に銃口を向け、引き金に指を添える。
「本当は使いたくなかったんだけどなッ!」
川口の剣閃よりも早く、銃声が轟く。
乾いた音だった。
凶弾は川口の左胸をとらえていた。
「か、川口さんーーーーーーっ!!」




