第9話:三郷ジャンクションの戦い②
「ああ……やっちまった」
赤モヒカンの顔は、青ざめている。
自ら川口を撃っておきながら、手が小刻みに震えて拳銃を滑り落としそうになっていた。
誰もが倒れ込む川口に目を奪われている。
その隙に、八潮が音もなく赤モヒカンの死角へ回り込んでいた。
「おりゃぁああ!」
八潮の渾身の蹴りが、赤モヒカンの手首を打ち上げた。
拳銃が宙を舞い、道路上に転がる。
八潮は間髪入れずに、赤モヒカンの背後へ回り込んだ。
両腕をねじ上げ、そのまま勢いよく路面に押さえつける。
ズボンのポケットから農業用の小松菜を束ねる紐を取り出し、両手と両足を縛った。
「クソッ……!」
観念する赤モヒカン。
頭目が無力化されたことで、他の賊徒は戦意喪失したらしい。
各々が武器を捨てて、あるいは自転車から降りて、両手を上げ道路に膝をつく。
草加もまた、川口が撃たれたことにショックを受け、賊徒と同じように膝をついてうなだれていた。
張り詰めた空気。
八潮はすぐさま倒れた川口に駆け寄り、抱き起こす。
「川口殿! 大丈夫ですか? 賊は鎮圧しました。我らの勝利です!」
返事はない。
それでも八潮は必死に呼びかけ、川口の身体を揺さぶり続けた。
「川口殿! 川口殿!」
「うぅ……」
川口が意識を取り戻し、目を開いた。
「おお! 川口殿!!」
張り詰めていた緊張が、ようやく解ける。
「私は……助かったのか」
左胸を撃たれた。
至近距離からの銃撃だった。
しかしよく見ると血が出ていない。
川口はゆっくりとした動作で胸元へ手を伸ばし、胸のポケットを探る。
出てきたのは草加からもらった、草加せんべいだった。
真っ二つに割れ、銃痕がくっきりと刻まれている。
川口は冷笑した。
「せんべいに救われた……」
それを見ていた草加が半泣きで川口に駆け寄り、抱きついた。
「川口さん! 良かった……本当に無事で良かった!」
川口は照れくさそうに目を逸らしながら、草加の肩を軽く叩いた。
騒動が落ち着いた後、八潮はすぐに救急機関へ通報した。
負傷して気を失っている三郷はもちろん、念のため川口も病院で診てもらったほうが良い。
救急車を待つ間、川口、草加、八潮は、路上に転がる拳銃の前へ集まった。
八潮が軍手をつけ、慎重に拳銃を拾い上げる。
賊徒の頭目が何故、こんな代物を……。
「賊はどこからこんなものを入手したのでしょうか」
川口と草加が覗き込む。
「……この刻印は何だ?」
「見たことのないデザインだね」
八潮は拳銃を路上に戻し、拘束した赤モヒカンへ歩み寄る。
「おい、拳銃はどこで手に入れた?」
「さあ、知らねえな」
八潮が赤モヒカンの胸ぐらを掴み、持ち上げた。
「知らないで済むと思うなよ。絶対に吐かせてやるから覚悟しておけ」
その時だった。
赤モヒカンの表情が不自然に歪む。
目が虚ろになり、みるみる顔色が青白くなる。
やがて口から泡を吐き出し、身体がだらんと力なく崩れ落ちた。
「こ、こいつ、奥歯に毒を仕込んでいやがった!」
川口も、草加も、八潮も、言葉を失って呆然とするしかなかった。
重苦しい沈黙が場を支配していた。
荒れ果てた道路に、横転した車や散乱する物資。
武装化した賊徒による、ジャンクションの襲撃。
そして……謎に包まれた拳銃。
不穏な気配が、この国に広がりつつある。
――埼玉国はかつてないほどに乱れるだろう。
誰も口にしなかったが、その場にいた三人はその悪い予感を確信していた。




