第69話:国家の存亡を賭けた野球対決②
奥武蔵チーム、一回裏の攻撃。
スコアボードには、絶望的な数字。
【所沢チーム 31 - 0 奥武蔵チーム】
この回の攻撃で点差を縮められなければ、コールド負けが確定する。
そうなれば独立国、奥武蔵の歴史はここで早々に幕を閉じるのだ。
まさに正念場!
観覧席を埋め尽くす所沢軍。
圧倒的優位だからか、余裕たっぷりの野次が飛ぶ。
「おーい奥武蔵! 少しは意地を見せてみろー!」
「一回裏でそのまま試合終わっちゃうぞー!」
「言われなくとも……!」
入間は唇を噛んだ。
ベンチから一番バッターとして打席へ向かう隊員を力強く見送る。
「ここから巻き返すよ! さぁ行こう!!」
「はいっ!」
最初の打者は、密襲部隊の残存隊員の中でも特に優秀そうな者を抜擢した。
彼が打席に入り、マウンド上の所沢チームの投手が大きく振りかぶる。
第一球――
カキィィン!!
快音とともに放たれた打球が、一二塁間を抜けて外野へと転がっていく。
「走れーっ!!」
入間がベンチから身を乗り出して叫ぶ。
打者は一塁へ。
見事な先制ヒットだ!
「やったぞ~~!!」
奥武蔵ベンチから、歓声が巻き起こる。
幸先は良い。
「次はぼくだね!」
セカンドバッターは飯能。
堂々たる足取りで打席へと向かう。
入間が背中を押した。
「飯能! 頼んだよ!」
「うん。ここは繋いでみせる!」
投手が第一球を投じる。
またしても初球だった。
カキィィン!!
打球は綺麗に二三塁間を抜けた!
「おおおおっ!!」
またしてもクリーンヒット!
一塁走者の隊員が二塁へ進み、飯能も一塁を駆け抜けた。
ノーアウト、一塁・二塁。
良い! 流れが来てる!
奥武蔵チームに反撃の勢いが乗り始める。
「ふたりともナーイス!!」
入間も控えの隊員たちも拳を突き上げる。
一塁の飯能は、入間に手を振った。
「入間〜! あとは頼んだよ~!」
「オッケー! 任せて!」
サードバッター・入間。
バットを握り締め、真剣な表情で打席へと向かう。
観覧席の所沢兵がざわめく。
「お出ましだな、奥武蔵の盟主・入間」
「どれほどのスイングを見せてくれるか、拝見しようじゃないか」
入間はバッターボックスに立ち、マウンド上の投手を睨みつけた。
「目にもの見せてやるぞっ!」
投手が大きく振りかぶる。
放たれた第一球。
「ストライク!」
続く第二球はわずかに外れて――
「ボール!」
そして、第三球。
入間の目がガッツリと見開かれる!
「そこだーーっ!!」
カッキィィィィーーンッ!!
耳をつんざくような凄まじい音。
打球は高々と舞い上がる。
完璧に捉えた。
美しい放物線を描いて、打球はセンター方向へ一直線に飛んでいく。
いや、これはスタンドへ届く!
「入ったぁぁーーっ!!」
入間は確信した。
一塁にいた飯能も、二塁にいた隊員も。
ベンチで固唾を飲んでいた奥武蔵チームも。
これはホームラン弾だ!!
入間はバットを放り投げた。
「見たか所沢チーム! 奥武蔵の底力を!」
その時だった。
センターの守備位置についていた所沢チームのマスコットキャラクター『トコろん』。
その頭部に生えた小さなプロペラが回転しだす。
「トコろん? 何する気だーっ!?」
トコろんの身体が宙へ浮いた。
球場内にいた全員の視線が一斉に釘付けになる。
トコろんは高く飛び、そして――
パシィッ!
入間の打球をグローブでキャッチした。
「うわあああぁぁぁ!!」
入間の悲鳴。
ホームラン弾が、外野フライになってしまった。
捕球されてしまったので、打者である入間はアウト!
さらに悲劇は続く。
フライ捕球と同時に、中途半端な位置まで進んでいた走者たちは元の塁へと戻らなければならない。
「早くっ! 戻ってーーっ!!」
入間の掛け声も虚しく、パニックに陥る隊員と飯能。
足を滑らせながらも、慌てて二塁へ引き返そうとする隊員。
トコろんはすかさず二塁ベースに入った野手へとボールを送球し――
「セカンド、アウト!」
隊員へ野手のグラウンドタッチが決まる。
これでツーアウトだ!!
更に更に――
「うわぁぁ! やめて~~っ!!」
飯能が命乞いのような声を上げ、一塁へ戻ろうとするが。
所沢チームの素早い送球回しは、既に一塁手のミットへと到達していた。
パシィッ!
帰塁を試みた飯能よりも早く。
一塁手がベースを踏んだままタッチを完了させる。
スリーアウト!!!
沈黙。
ドーム内が静寂に包まれる。
誰もが言葉を失っていた。
審判・所沢が両手を大きく広げ、ドーム全体に響き渡る声で――
「トリプルプレー! スリーアウト!!」
一回裏、奥武蔵チームの攻撃終了。
そして、試合終了を告げる。
「規定により、所沢チームのコールド勝ち! ゲームセット!!」
『ウオオオオオオオオオーーッ!!』
観覧席を埋め尽くした所沢軍の狂喜乱舞!
GAME SET
【所沢チーム 31 - 0 奥武蔵チーム】
「あ……ああ……っ!」
入間はその場に力なく崩れ落ちた。
それに続くように、飯能も、隊員たちも。
奥武蔵チームの全員が、グラウンドに崩れ塞ぎ込む。
頭上には止まない所沢軍の大歓声。
誰も入間たちが流す涙と嗚咽には気づかない。
ああ……何やってんだ僕は……
奥武蔵を守るんじゃなかったのか……
盟主の僕が、このザマだ……
守りきれなかった……
帝都さいたま市に背を向け、飯能と日高を率いてみんなで新たな国を築き上げたんだ。
『奥武蔵』
自分たちで決め、自分たちで進もうとした、自分たちの国。
それは“夢”だった。
なのに――
それなのに――
こんなにも呆気なく、潰えてしまう……
夢が……終わってしまう……!!
足音。
入間が気づいた時、目の前に所沢が立っていた。
「泣いているのか?」
「うん……」
「どうして泣いている?」
「どうしてって……悲しいからに決まってるじゃないかっ!」
自分たちの国を建国したというのに、もう失ってしまうのだから。
奥武蔵は解体。
盟主として、入間は自分の不甲斐なさが許せない。
「奥武蔵を守れなかったんだから……だから悔しくて、悲しいんだよっ!」
「今度は、私が守る」
所沢が、そう言った。
「これより入間市、飯能市、日高市は、私が樹立する『西武連合国』の一部となる。
これからは盟主であるこの私が、君たちを守る!」
入間はぐしゃぐしゃの顔を上げた。
所沢はゆっくりと片膝をつく。
そして、入間と目線の高さを合わせる。
「涙を流す理由は、一つだけじゃない。人は嬉しくても涙を流す時がある。
いつの日か、入間にもそういう涙を流させてやりたい」
その言葉を聞いた瞬間、入間の心の堤防が決壊した。
嗚咽が、止まらない……。
所沢は奥武蔵を力ずくで滅ぼしたわけではない。
野球という勝負を通じて決着をつけた。
そして敗者の入間たちを、新たな同胞として西武連合へ迎え入れようとしている。
入間にも分かっていた。
所沢が自分たちを敵として見ていないことくらい。
だからこそ、余計に悔しいのだ。
憎むべき相手なら、怒りをぶつければよかった。
けれど、自分たちを受け入れようとしている相手だから。
こちらは敗北を認めざるを得ない。
「うっ…ううっ……!」
溢れる涙。
涙って、こんなにも熱かっただろうか。
嗚咽する入間の肩に、所沢はそっと手を置いた。
「奥武蔵はここで敗れ、形を失うことになるが――
入間、飯能、日高。
君たちが勇敢に立ち上がり、国を興したという事実そのものまで敗北したわけではない。
これからは3人の絆の中に、私も混ぜてくれないか?」
「うっ…ううっ……うあぁぁぁぁぁぁ!!」




