第68話:国家の存亡を賭けた野球対決①
西武球場。
かつて数々の劇的な熱戦が繰り広げられたそのグラウンドで。
今、奥武蔵国の存亡をかけた戦いが幕を開けた。
観覧席を埋め尽くす所沢軍の兵士たち。
『トコロザワ! トコロザワーーッ!!』
地鳴りのような声援がドーム全体を揺るがす。
奥武蔵チームは完全なアウェーだ!
大声援に押されて所沢チームの先頭打者がバットを構える。
マウンド上の投手・飯能は、ゆっくりと深呼吸した。
たとえアウェーであっても孤独ではない。
胸の奥には飯能市の『ムーミン』がいて、優しく応援してくれているのだから。
「いくぞ~!」
飯能が腕を大きく振りかぶる。
解き放たれた第一球は、豪速球だった。
ズバンッ!!
凄まじい風圧。
渾身の一球が入間のミットに突き刺さる。
「ストライク!」
観覧席が静まり返った。
「えっへん!どんなもんだい!」
飯能は自身の投球に手応えを感じ、鼻をこすってみせる。
キャッチャーの入間は嬉々と声を上げた。
「いい球じゃん! 良いよ飯能、この調子!」
入間にとっても意外だった。
飯能は想像以上に出来る男らしい。
審判兼球審を務める所沢も唸る。
「なるほど……なかなかの球威だ」
だが、所沢は隠していた。
所沢チームは西武ライオンズファンの一般市民と説明したが。
実は所沢市人口34万人の中から、草野球の猛者を選び抜いていたのだ。
いわば、所沢市アマチュア最強野球チームである。
所沢チームが本性を表す。
飯能が投じた第二球。
カキーン!!
打球はセンターの頭上を貫く痛烈なヒット。
「えっ!?」
目を見開く飯能。
外野手の隊員がボールを追い、すかさず一塁へ送球するが。
「セーフ!」
『ウオオォォォォ~~ッ!!』
球審所沢のコールとともに、観覧席が沸き上がった。
「飯能、気にするな! 次!」
入間が声を張り上げて鼓舞する。
しかしそれは崩壊の序曲にすぎなかった。
カキンッ!
カキーンッ!!
続く打者たちが次々と快音を響かせていく。
ボールやストライクを交えつつも、アウトが奪えない。
状況はノーアウト満塁。
「くっ!」
いきなりピンチへ追い込まれたマウンド。
「飯能! 大丈夫だ、落ち着いていこう!」
入間が必死に声を張り上げるが。
第4打者。
初球はストライク。
二球目もストライク。
追い込んだものの、三球目はわずかに外れてボール。
四球目、ファールで粘られる。
「ぐっ……!」
「飯能、焦らないで! 相手は球筋を見極めようとしてる! ここは冷静に!」
入間の叫びも、場のプレッシャーに飲み込まれていた。
そして五球目。
カキィィィンーーッ!!
打球音。
打ち返された球は、ドームの屋根を沿うように美しい放物線を描く。
そして――
満塁ホームラン。
『ウオオオォォォォォーーッ!!』
観覧席は大喝采。
奥武蔵チームの面々は、呆然と立ち尽くすしかなかった。
ベースを一周する走者たちが、次々と笑顔でホームへ帰還していく。
【所沢チーム 4 - 0 奥武蔵チーム】
出鼻をくじかれた奥武蔵チーム。
悲壮感を振り払うように、入間は必死に声を張り上げた。
「大丈夫だ! まだ始まったばかりじゃないか!」
しかし。
その威勢もむなしく。
所沢チームの猛攻は一向に止まる気配を見せない。
飯能はマウンドで息を切らせながらも、懸命に投球を続ける。
入間も捕手として必死にミットを構え、サインを送り続ける。
それでも所沢チームのバットから放たれた打球は、次々と外野とへと飛んでいった。
一回表・途中経過。
【所沢チーム 12 - 0 奥武蔵チーム】
入間は冷や汗を拭いながら声を震わせる。
「お、おかしい……これじゃあまるで本物のプロ野球チームを相手にしているみたいだ」
飯能がキレた。
「ちくしょう! ぼくはちゃんと投げてるのにっ!!」
「落ち着くんだ飯能! 相手はただの西武ライオンズのファンだ!」
「入間のサインのせいだ! ぼくはもう勝手に投げるからね!」
「ちょっと待ってよ!」
ふたりが言い争う。
その姿を見て、観覧席の所沢軍からは軽蔑の笑い声。
球審を務める所沢も失笑を隠せない。
頑張れ奥武蔵チーム!
飯能はマウンドの上で目を閉じ、心の中の聖地に語りかける。
メッツァビレッジよ――
ムーミンバレーパークよ――
トーベ・ヤンソンあけぼの公園よ――
頼む……!
ぼくに北欧の奇跡の加護を……!!
祈りが届いたのか。
飯能の雰囲気がガラリと一変した。
まるで見違えるかのような投球。
数々の球種を使い分ける。
まさに変幻自在のピッチングだ!
1アウトッ! よしッ!
2アウトッ!! よっしッッ!!
だが――
気がついたときには――
スコアボードの数字は、こう書き換えられていた。
【所沢チーム 31 - 0 奥武蔵チーム】
ぽかーん。
マウンド上に立ち尽くす飯能は白目をむいていた。
茫然とスコアボードを見上げる入間。
守備についていた奥武蔵チームの隊員たちも開いた口が塞がらない。
「そこまで!」
さすがに見かねたのか。
審判を務める所沢が試合を止めた。
「この試合、コールドゲームを適用する!」
「なんだって!?」
奥武蔵チーム一同が我に返った。
所沢は気まずそうに告げる。
「いや、私も心苦しいのだが、現時点で【31 - 0】だ。これ以上試合を続行するのは……」
入間が即座に猛抗議する。
「ちょっと待て! コールドって何だよ! そんなの試合前に説明してなかったじゃん!」
コールドゲーム。
高校野球などでよく耳にする、大差がついた際に試合を終了させる制度である。
マウンドから慌てて駆け戻てきた飯能が、所沢に食ってかかる。
「やい所沢! まだ一回表の途中じゃないか! 試合は続けられるはずでしょ!?」
所沢は首を横に振った。
「だが【31 - 0】は正直、悲惨過ぎる。私もここまで極端な展開になるとは思わなかった。
では……そうだな……審判の権限をもって、ここに“特別規定”を設ける!」
「特別規定!?」
「一回裏が終了した時点で30点以上の差がついていた場合、コールド負けを適用する。
つまり次の裏の攻撃で、奥武蔵チームが点数差を縮めることが出来なければ試合終了となる!」
「な、なんだってーーっ!?」
入間と飯能の絶叫。
『ウオオオォォォォォーーッ!!』
ふたりの叫びは観覧席を埋め尽くす所沢軍の熱狂にかき消されていく。
改めて目の前のスコアボードを見上げる入間と飯能。
【所沢チーム 31 - 0 奥武蔵チーム】
「ねぇ入間。ぼくたち今、何のスポーツをしてるんだっけ?」
「……野球」
「なんか他のスポーツ競技のゲームスコアみたいだね」
「……いや、他のスポーツ競技でもこんな点差の数字みたことないよ」
――が!?
ここでふたりは覚醒した。
ここで負けたら、すべてが終わる。
『奥武蔵』の存亡がかかっているのだ!
負けて、自分たちの国を解体させるわけにはいかない!
「バッターアウト! スリーアウトチェンジ!!」
審判・所沢のコールが響き渡る。
ようやく最後の打者を討ち取った飯能は、ふらふらでマウンドから引き上げた。
悪夢のように長い一回表が終了した。
スコアボードには変わらずに絶望的な数字。
【所沢チーム 31 - 0 奥武蔵チーム】
31点差。
しかも次の裏の攻撃で点数を取らないと、1回終了時点でコールド負けが確定。
奥武蔵という国が消えてしまう。
崖っぷちどころか、すでに片足は谷底へ出てしまっている奥武蔵チーム。
それでも彼らの目はまだ死んでいなかった。
入間は仲間たちを手招きし、再び円陣を組んだ。
「みんな諦めるな! 野球は最後まで何が起こるか分からないんだっ! 絶対に勝つぞーっ!!」
「おおーーっ!!」
一回裏、奥武蔵チームの攻撃が始まる。
「さぁ、反撃開始だっ!!」




