第67話:VS西武ライオンズ……?
辛うじて逃げ延びた入間と飯能と隊員数名。
彼らが命からがら飛び込んだ先は、西武球場。
だがそれは、いかに他に逃げ道がなかったとはいえ悪手であった。
球場の周囲は瞬く間に所沢軍に包囲されていく。
文字通りの孤立無援。
何より致命的だったのは、この西武球場が籠城にはまったく向いていなかったという点だ。
西武球場はもともと野外球場だった。
それを後から屋根を取り付けした構造。
つまり屋根付きの巨大な“半屋外空間”という表現が近い。
夏は外周の隙間から入る風だけでは熱気を逃がしきれずに蒸し風呂と化す。
冬は逆に外の冷たい風が吹き抜けていく。
まさに西武球場は夏の暑さも冬の寒さも受け入れる、懐の広い自然共生型の球場なのだ!
グラウンドで背中合わせになる入間と飯能、そして数名の残存部隊員たち。
360度どこを見回しても、押し寄せてくる所沢軍の兵勢。
逃げ場など、どこにもナッシング!
球場内の巨大な電光掲示板に、文字が流れる。
“入間、飯能、他数名よ。無駄な抵抗はやめ、速やかに投降せよ”
その文字を見て入間は悔しそうに唇を噛み締めた。
飯能が負けじと声を張り上げる。
「ちくしょう! 最後まで諦めないぞっ!」
その通りだった。
これは彼ら個人の命だけの問題ではない。
自分たちの背負う国家『奥武蔵』の存亡がかかっているのだ。
今この瞬間も、遠く離れた自領の高麗川駅では、日高が川越軍を相手に必死で防衛線を支え続けているはず。
ここで折れるわけにはいかない!
しかし万事休すか。
グラウンドの中心で背中合わせになる入間たちのすぐ近くまで、包囲する所沢軍が迫っていた。
じりじりと距離を詰められていく。
逃げ場を失い、入間たちの額には冷や汗が流れる。
「そこまでだ!」
所沢軍の中から声が響いた。
包囲していた所沢兵たちが左右にササッと道を開ける。
そこからサングラスをかけた一人の男が歩み出てきた。
何者だろうか。
入間たちは身構え、息を飲む。
男は入間たちの前で止まり、サングラスを外した。
「と、所沢っ!?」
現れた顔を見て、飯能が思わず叫んだ。
入間も驚いて全身に衝撃が走る。
敵の大将にして、今回の密襲作戦のターゲット。
所沢は余裕そうな態度で、直接投降を促す。
「大人しく降参して欲しい。悪いようにはしないさ」
入間たちは窮地に陥っても、意地を張っているわけじゃない。
投降すれば日高や、奥武蔵で待つすべての仲間たちに合わせる顔がないのだ。
「嫌だね! 僕らは奥武蔵を代表してここに立っている!」
入間に続くように、飯能も叫ぶ。
「そうだよ! ぼくらは絶対に諦めないぞ!」
所沢には去勢に聞こえたが。
やはり、拒否されたか。
所沢の表情には、不思議と険しさがなかった。
「……そうか。ならば無理強いはよそう」
「え?」
ここで所沢は、無理に降伏させることをやめる。
自らが後に樹立する独立国家『西武連合国』。
入間や飯能、奥武蔵の面々を取り込む計画なのだ。
同胞として迎え入れる者たちを、なるべく傷つけたくはない。
そこで彼らのメンツを保つ案を出す。
「では一つ、平和的な提案をしようじゃないか」
所沢がそう言って、パチンと指を鳴らした。
乾いた音がドーム内に響いた、その時――
突如として熱いBGMが大音量で流れる。
『吠えろ~ライオン~♪ かっ飛ばせ~ライオン~♪』
「なんだ? 一体なにが始まるんだ……!?」
入間たちは警戒するが。
部隊員の一人がBGMに心当たりがあった。
「これは……プロ野球チーム・西武ライオンズの応援ソングです!」
「な、なんだってーー!?」
入間と飯能の驚愕の声が重なった。
さらにそれだけでは終わらない。
外野からユニフォーム姿の人々が!
ぞろぞろと一列に整列し、グラウンドへと歩いてくるではないか!!
入間はその一団が放つただならぬオーラを感じ取った。
「ま、まさか西武ライオンズの選手たち……!?」
「いや、違う。西武ライオンズファンの所沢市民の皆様だ」
ずこーーっ!!
所沢の一言で入間は思わず、その場で転けそうになった。
飯能が目を凝らして指摘する。
「ちょっと待って! 列の中に何か黄色い変なゆるキャラが混じってるよ!」
「彼は所沢市のマスコットキャラクター『トコろん』だ。この子も立派な西武ライオンズのファンだ」
トコろんが入間たちに手を振る。
シュールすぎて、手を振り返せない。
困惑する一同をよそに、所沢が告げる。
「でだ、君たち。野球はできるか?」
「……野球?」
「そうだ。野球で勝負しようじゃないか」
あまりに展開が斜め上過ぎてついていけない。
「ふざけるなっ! 遊びでやってるんじゃないんだよ!こっちは真面目に国を背負ってるんだ!」
入間が怒声を上げるも、所沢は微動だにせず諭すように言う。
「だからこそだ。武力で決着をつければ、双方に犠牲が出る。が、この状況を見る限り、戦えばこちらは軽傷、君たちは全滅だが。そんな結末は、私の本望ではない」
所沢が条件を提示する。
「もし君たち『奥武蔵チーム』がこの野球勝負で勝利した場合、全員の無事な退去を認めよう。追撃もしない。西武園ゆうえんちで捕らえた君たちの仲間も解放しようじゃないか」
その言葉に、窮地の入間たちにどよめきが走る。
「ただし、我々『所沢チーム』が勝利した場合、入間市、飯能市、日高市の三市は、私が興す独立国家『西武連合国』へ加盟してもらう」
「せ、西武連合国っ!?」
所沢にとって、野球勝負は単なるスポーツの提案ではない。
奥武蔵を仲間にし、取り込む為の儀式のように捉えていた。
「所沢の軍門に下れということか!」
入間の拒絶の口調。
だが隣にいた飯能は入間に面と向かう。
「ねぇ入間! ここはもう提案に乗るしかないよ! ぼくたちに残された道は野球勝負しかない!」
「ぐっ……!」
苦悶の表情を浮かべる入間。
周囲の隊員たちも、諦観した視線を向けていた。
飯能の言う通り。
ここで所沢の提案を突っぱねれば、全滅は必至。
盟主である入間と飯能を失った奥武蔵国は、統率を失って滅亡の道を辿るだろう。
しかし野球勝負を受け入れさえすれば、ワンチャンある。
国家存命のチャンスを与えられたとポジティブに考えていい。
葛藤する入間の背中を押すように、飯能が口を開く。
「これは所沢なりの配慮だよ! 武力で屈服させれば、ぼくら奥武蔵の遺恨と反発が残ってしまう。だからこそ、平和的なスポーツ勝負を提案してくれたんだ。
それに……野球ならぼくらだって、やり方次第で充分に勝機はあるはず!」
隊員たちが頷く。
入間も渋々と頷いた。
「……いいだろう。野球で決着をつけよう! でも勘違いしないでよ? 僕たちは所沢に屈して提案に乗るわけじゃないんだ。あくまで、対等にスポーツ勝負を受けて立つだけだ!」
「分かっているさ」
「やい、所沢! ぼくたちが勝ったら、全員無事に帰してもらうからね!」
「ああ、約束しよう」
かくして奥武蔵の命運をかけた野球対決が幕を開ける運びとなった。
試合に向けた準備が、急ピッチで進められる。
入間、飯能、そして潜入隠密部隊の残存隊員たち。
『奥武蔵チーム』。
対するは、西武ライオンズファンの所沢市民たちプラス、マスコットキャラ“トコろん”。
『所沢チーム』。
所沢がマスクを装着する。
「私がこの試合の『審判』を務める。安心してくれ、身内だからといって所沢チームをひいきしたりはしない。この一戦、あくまで公平かつ厳格に裁こう」
一回表。
攻撃は所沢チーム、守備は奥武蔵チーム。
「ねえ入間! ぼく、ピッチャーやりたい!」
「いいよ、じゃあ僕はキャッチャーをやろう。ちゃんとサインを送るから、しっかり見てね」
ポジションが決まると、奥武蔵チームはマウンドの周囲に集まり円陣を組んだ。
「よし! 絶対勝つぞ!!」
「おーーーーっ!!」
気合入れを終えると、隊員たちはそれぞれの守備位置へと散っていく。
飯能はマウンドの土を踏みしめる。
手にするグローブと球の感触を確かめた。
「久しぶりだな~。野球なんて、いつ以来だろう」
一方の入間は、捕手防具を身体に装着。
ホームベースの背後で腰を下ろす。
キャッチャーミットを構えてよしと、もう一度気合を入れた。
所沢チームの先頭打者が打席へと進む。
バットを構えてホームベースの前に立つ。
審判兼、球審の所沢が捕手の後ろへ。
グラウンド全体を見回してから、大きく息を吸い込んだ。
「プレイボールッ!!」




