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第65話:潜入! トトロの森

入間市《いるまし》の南端。

狭山湖《さやまこ》(山口貯水池)を囲むように、鬱蒼とした木々が生い茂る森が広がっている。

その森を進んでいけば、敵領の所沢市《ところざわし》だ。


入間《いるま》、飯能《はんのう》、そして選び抜かれた奥武蔵軍《おくむさしぐん》の精鋭100人。

敵の目を欺く為に、奥武蔵の主力軍はあえて領内に残した。

大軍で動けば所沢軍の警備兵に察知されてしまう。

だからこその少数精鋭だ。


隠密任務として組織した“所沢密襲部隊”である。

彼らは敵大将の所沢を密かに討ち取る為に、狭山湖周辺の森へと潜入していた。


装備は必要最低限。

見た目も軍装を隠している。

これなら万が一、道中で所沢軍の警備兵に遭遇したとしても言い訳が立つ。

一般人で集まったハイキングサークルなのだと、しらばっくれる事ができる。



静まり返った湖畔の森。

足音を殺して進む所沢密襲部隊の一行。

ふと先頭を歩いていた部隊員の一人が足を止める。

ひっそりと佇む、古びた立て看板が目についたのだ。


「入間様、飯能様! あの看板を見てください!」


言われるがまま、入間と飯能は隊員が指さす方向へ視線を向けると。

その看板に記されていた文字は――


クマ出没注意ならぬ――『トトロ出没注意』


「トトロ!?」


「ええええっ!?」


“トトロ”という文字に衝撃を隠せない。

入間と飯能だけでなく背後に続いていた隊員達までもが、一斉にざわめき出した。


そう、ここはトトロの森。

と言っても、一つの巨大な森があるわけではない。

保全地域ごとに番号が振られ、区分けされて管理されている。

狭山丘陵のあちこちに点在しているのだ。


飯能は隣にいる入間に、信じられないといった様子で訴える。


「ねぇ入間! トトロって……あの『となりのトトロ』のトトロのことだよね!?」


「うん、あのトトロだよ。いや驚いた。この森にトトロが生息してるなんて」


そもそも、となりのトトロの舞台は所沢市だったのか?

動揺は瞬く間に部隊全体へと広がってゆく。


「オレ、子供の頃ビデオテープが擦り切れるくらい観たぞ!」


「俺も俺も!」


「ていうか、トトロがまさか所沢市に実在していたなんて……」


「でも……トトロを含めて『ジブリ』は『東京国』だろ?」


「そうそう、小金井市《こがねいし》っていう地域にスタジオがあるって聞いたぜ!」


「いや、私は三鷹市《みたかし》っていう地域にあるって聞いた!」


「何言ってんだ? それは『三鷹の森ジブリ美術館』だろ!」


「……そういえばさ、風の噂で聞いたんだけど。ここより遥か西の大地に『愛知国《あいちこく》』っていうのがあって、そこに『ジブリパーク』という楽園が存在するらしいぞ?」


「マジかよ! 良いなぁ愛知国民は。いつか行ってみたいなぁ……」


隊員達が座談会を始め、好き勝手に喋っている。

隠密の潜入作戦だったはずが、いつの間にか統率は乱れ、収集がつかなくなっていた。

このままでは作戦のモチベーションが緩みきってしまう。

入間は慌てて皆の前に立ち、強い口調で一喝した。


「みんな浮き足立たないで! 冷静に考えてみて欲しい。トトロは所沢市の独占物じゃない! あくまで狭山丘陵というもっと広い地域全体が作中のモデルになったはずだよ!」


入間の一言によって、隊員たちは正気を取り戻した。

しかし好奇心旺盛な飯能は、周囲を警戒しながらもどこかワクワクした様子だ。


「ねぇ入間! 『トトロ出没注意』なんて看板があるってことはさ。トトロって、実は危険な生物だったりするのかな?」


その問いに、入間は首をかしげる。

果たして、作中におけるトトロは獰猛だっただろうか?

もう何年も、となりのトトロを観ていない。

ストーリーの細かいところは忘れてしまった。

可愛い見た目をしていながら、人間を捕食するような描写はなかったと思うが。


「とにかく油断は禁物だ。慎重に進もう」


入間の指示のもと、所沢密襲部隊は警戒を強めながら前進する。





やがて

入間たち一行は森を抜けた。


目の前に、巨大なドーム形の屋根が見える。

西武球場《せいぶドーム》(現ベルーナドーム)だ。

そして隣接する『狭山スキー場』もすぐそこに見えた。

ターゲットである敵大将の所沢はスキーに興じているはず。


周囲を見渡すが、不思議と人気はない。

むしろ不気味なほど静まり返っていた。

所沢が側近を数名しか連れてきていないとはいえ、ここまで静かなのは変だ。


入間は数名の部隊員に周囲の索敵を命じた。

命令を受けた隊員たちが散っていく。

密襲部隊の本隊はその場でしばらく待機することになる。


緊迫した空気の中、飯能は入間の顔を見てぽつりと残念そうに呟いた。


「トトロ……現れなかったね」


「そうだね。でも無事に森を抜けることが出来て良かったじゃないか」


飯能はどこか懐かしむような眼差しで遠くを見た。


「思い出したよ。作中でもさ、トトロはサツキとメイみたいな子供には見えたけど、大人には見えなかったんだよね」


「あ~、そういえばそうだったね」


入間や隊員たちは、次々に納得の声を漏らした。

その顔ぶれには、何故だろう。

哀愁のような、寂しさのようなものが浮かんでいた。

飯能の表情も、どこか物悲しい。


「トトロってさ、きっと純粋無垢な子供にしか見えない生き物なんだよ。主題歌の歌詞にあったもん。

“子供の時にだけ~♪ あなたに訪れる~♪ 不思議な出会い~♪”ってさ……」


その言葉にしんみりと共感するように、その場にいた者たちは俯いた。


遠い日の記憶。

子供の頃にあった、あの純真無垢な心。

いつの間にか自分たちは大人になってしまった。

大人になると見たいものが見えなくなり、見たくないものが見えてしまう。


入間は寂しげな笑みを浮かべ、ふと頭上に広がる青空を見上げた。

子供の時に見上げた青空は、今、自分が見上げているこの空と繋がっているだろうか。

答えは心の中に……。




その時。

周囲を調べさせていた索敵班が戻ってきた。


「入間様、飯能様。狭山スキー場を調べましたが、既にもぬけの殻でした!」


「なんだって!? 我々の隠密行動がバレて、所沢はスキーを止めて内地へ後退しちゃったの?」


「いえ、そういうわけではなく。敵の総大将・所沢は、少数の側近をそのまま引き連れてすぐ隣の『西武園ゆうえんち』へと移動した模様です!」


「西武園ゆうえんち!?」


その名前を聞いた瞬間、飯能の顔がぱっと明るくなった。

まるで遊園地への遠足を心待ちにしている子供のように。

西武園ゆうえんち。

ここからほんの少しだけ東に位置する、レトロなテーマパークである。


「どうやら所沢は、西武園ゆうえんちの現在の運営状況やアトラクションの視察をしているようです!」


索敵班の報告を聞いた入間は悩む。


「もしや、西武園ゆうえんちの敷地内に所沢軍の主力部隊が潜んでいたりして?」


入間が険しい顔で懸念を伝えるが。

索敵班の隊員は首を横に振った。


「いえ、園内も外側から一周して目視確認しましたが、一般客や従業員ばかりで、兵装を身につけた者はいませんでした」


「そう……? じゃあ大丈夫かな」


入間はポンと手を叩く。

まだチャンスは続いている。

敵の大将・所沢が手薄であることに変わりはない。

作戦は続行。

首を取る絶好の機会だ。


「ねぇ入間! ぼくたちも一般客を装って、西武園ゆうえんちに入園しようよ! そして園内で油断してる所沢に背後から近づいて、一気に討ち取るんだ!」


飯能の目が、作戦成功への期待で煌めく――

というよりは、遊園地を楽しみにしてキラキラしているみたい。


入間はよしと頷くと、皆へ号令をかけた。


「じゃあひとまず……それぞれ自費で入場券を買ってくれ。来園客を装い、西武園ゆうえんちへ潜入するよ!」

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