第64話:作戦開始! 奥武蔵を守れるか?
「あ、ありのまま起こった事を話します! 川越軍が我が日高市へ突如として進軍してきました! わたしは前線の視察中だったので、守備隊と共に即座に対峙して戦闘を交えようとしたんです!
ですがその時です! ふいにどこからともなく『鐘の音』が聞こえてきて……気づいた時には、守備隊はみな手錠をかけられて囚われの身となり、前線基地は陥落してしまいました! わたしは何とか撤退に成功し、こうして入間殿に報告できています!
何を言っているのか理解出来ないと思いますが、我が軍も何をされたのか分かりません。敵の攻撃は催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてありません! もっと恐ろしいものの片鱗を味わいましたッ!」
ここは入間市にある商業施設アイポット3階にある映画館ユナイテッド・シネマのロビー。
ちょうど入間と飯能のふたりは映画のチケットを買い終え、『翔んで埼玉』の再上映を心待ちにしているところだったのだが。
血相を変えて駆け込んできた日高の報告によって状況は一変した。
入間はすぐに表情を引き締め、日高に向き直る。
隣の飯能は観賞用に買ったばかりのポップコーンを片手に持ったまま、日高に詰め寄った。
「何だよその台詞。川越軍が攻めてきて、鐘の音が聞こえたと思ったら、気づいた時には負けてた?
やい日高! ふざけてるんじゃないよ!」
「わ、わたしはふざけてなどいないッ! 飯能の方こそ、呑気にポップコーンなんか買ってる場合じゃないぞ!」
顔を真っ赤にして地団駄を踏む日高と、マイペースな飯能。
ロビーの真ん中で言い争うふたりを見て、ふふっと入間は言う。
「相変わらず喧嘩するほど仲が良いんだね。でも事態は緊急を要する。すぐに入間市役所へ移動し、軍議を開こう!」
入間市役所の作戦室。
入間と飯能は、改めて日高から詳細な報告を受けることになった。
語られた内容はこうだ。
JR川越線から奥武蔵の日高市領内へと侵攻してきた川越軍。
その最初の防衛ラインであった『武蔵高萩駅』。
前線基地なので防備を固めており、臨戦態勢を敷いていたのだが。
わずか一瞬の電撃戦で落とされたという。
交戦の直前。
どこからともなく、妙に澄んだ『鐘の音』が響き渡ったという。
そして気がついた時には、川越軍の兵士たちはすでに陣地の内部へと侵入。
日高軍の将兵たちは一人残らず手錠をかけられ、戦闘不能に追い込まれていたというのだ。
力任せの蹂躙ではない。
死者は無く、少数の負傷者を除き、ほとんどの将兵が抵抗する間すら与えられなかった。
ただ呆気なく捕虜として無力化されたのである。
報告を聞いた入間と飯能、そして報告した当人の日高もまた、にわかに信じがたい顛末。
それでも実際に起きた戦況の全貌なのだ。
「それで……武蔵高萩駅を制圧した川越軍のその後の動きは?」
入間が静かに問い詰めると、日高は配下からの最新情報を告げた。
「動きがありません。どうやら進軍を止めてそこで陣地を固めているようです」
「そっか……」
すぐに次の拠点を攻めてくる気配はなさそうだ。
とはいえ、武蔵高萩駅の先は、もう日高市の中央部である『高麗川駅』だ。
のんびり構えている余裕などない。
討伐軍が動き出した。
防衛の時がやって来てしまった。
3人はあらかじめ、奥武蔵の領外へ間者を放っていた。
入間は隣市の大名・狭山から直接聞いたが。
自分たちの討伐軍として、相手にしなければならないのは川越と所沢だと把握していた。
所沢市方面に配置している偵察隊からの連絡によれば、所沢軍が動く気配はまだない。
が、川越軍は先に勇み足の奇襲を仕掛けてきた。
敵は川越と所沢。
どちらも人口30万人を越え、埼力も30万を越える。
新興国家の奥武蔵にとって、早々に訪れた最大の試練。
飯能は、先ほど食べそこねたポップコーンを軍議の場に持ち込んでいた。
バリボリと音を立てながら口の中で咀嚼する。
「入間! ついに川越が攻めてきたよ! 所沢が攻めてくるのも時間の問題じゃないかな? ここはあえて平地での防衛戦を避けて、山間部まで引き込んで戦うのはどう?」
飯能の提案に、日高は腕を組んで黙る。
その手もあるかという様子。
確かに山間部に誘い込んで交戦することは検討に値するものだった。
山間部の地形適正ステータスはこちらの方が上。
その補正を加味すれば、たとえ相手が川越と所沢でも善戦できる。
地の利を活かした徹底的な守勢。
耐え忍んだ先に、事態を好転させる展開が回ってくるかもしれない。
だが――
「ふたりとも。……ちょっと聞いてくれ」
入間は一呼吸置き、真剣な表情に。
その空気を察し、日高は姿勢を正す。
飯能も次のポップコーンに手を伸ばすのを止めた。
「先日、狭山と密かに話をつけてきたんだ。今回、僕らが討伐軍の川越か所沢、どちらか一方だけでも自分たちの力で倒すことが出来たなら――
僕ら『奥武蔵』の覚悟と本気を認めて、狭山もこの国に合流してくれるって!」
「おっ! 入間、それ本当~!?」
「それは朗報ですな!」
飯能と日高は、一気に顔を輝かせてみせた。
その歓声に、入間もわずかに笑みを浮かべつつ。
「あのね、これは単に奥武蔵の加盟市が増えるっていうだけの話じゃないんだ。もし僕と狭山の力が一つに合わされば……
『自衛』に特化した、凄い埼玉術式奥義が発動できる。例えどんな敵軍の侵攻であっても防衛できる力が手に入るんだ!」
「おおっ! じゃあ狭山が加わったら奥武蔵は安泰じゃん!」
「入間殿と狭山殿の連携による……至高の埼玉術式奥義ッ!」
すっかり勢いづいた飯能と日高。
しかし飯能が顎に手を当てる。
「でもさ。川越と所沢、どっちか倒すってのも、結構難しくない?」
「……確かに。守勢だけではなく、攻め立ててどちらか一方を討ち取るというのは至難かと」
日高も険しい顔つきになり、同じく顎に手を当てて唸り始める。
入間は困った顔で、背もたれにどっと寄りかかり天井を見上げた。
川越か、所沢か。
どちらを標的として狙うにせよ、緻密な戦略が必要に違いない。
その時。
作戦室の扉が勢いよく開いた。
入間が所沢市方面へ放っていた偵察隊の隊長だった。
「入間様! ご報告です!」
「どうしたの?」
「入間市の南端、『狭山湖』を隔てた先にある所沢市の西端に『狭山スキー場』があります!
なんとそこに所沢市の大名・所沢の姿が! 数名の側近のみを引き連れて訪れている模様です!」
「な、なんだってーーー!?」
入間、飯能、日高の3人の驚嘆が重なる。
「所沢はどうやら冬が近づいてきたので、シーズン初めのスキーに興じている様子!」
敵の大将が市の中心から離れた外縁部で、ウインタースポーツを満喫中とは。
「それにしても『狭山湖』に『狭山スキー場』……狭山市じゃないのに紛らわしいよなぁ」
飯能がそう小さくぼやく。
市町村境と地域一帯の地形・狭山丘陵の名称がズレているせいで、ややこしいのだ。
だが、飯能はすぐに目を輝かせて勢いよく席から立ち上がった。
「入間! これはチャンスだよ! 所沢市の端っこ、それもよりによって入間市側に、大将の所沢本人がやって来てるなんて!」
日高もここぞとばかりに拳を握りしめる。
「しかもわずかな側近しか連れずにスキーに興じているとは! この無防備、千載一遇の好機です!」
入間の目の色が変わる。
ふたりの言う通りだった。
これは運が回ってきた。
今を逃せば、二度と機会は巡ってこないかもしれない。
「入間! 狭山湖沿いの森を抜ければ、誰にも気づかれずに所沢市へ侵入出来るよ! 狭山スキー場まで一気にたどり着ける!」
「入間殿、ご決断を! これは間違いなく、所沢を討ち取る好機到来かと!」
ふたりの熱気に押され、入間は深々と頷いてから立ち上がった。
「川越か所沢、どちらか一方を倒せば狭山市が奥武蔵へ加盟してくれる。
よくよく考えてみれば、川越は『小江戸』のブランド力もあって知名度が高い。どうにも戦うとなれば身構えてしまう。
そして所沢は今、これ以上無いほどの隙を見せている! よし! ターゲットは所沢に決定だ!」
「打倒! 所沢!!」
入間と飯能と日高は、声を重ねて決起の掛け声を上げた。
満場一致で方針が決まると、3人はいよいよ具体的な作戦会議へと移行する。
交わされた協議の内容を、入間が整理していく。
「まず、大がかりな大軍で攻め立てれば、所沢もすぐに異変に気づいてスキーを止めて後退してしまうだろう。向こうの間者も、当然うちの動きを探っているはずだ。だから表向きは、奥武蔵主力軍をそのまま領内に残しておく。これが相手の注意を引きつける囮ってわけ」
飯能が得意気に笑って引き継ぐ。
「そして裏では、少数精鋭による“所沢密襲部隊”を結成! 市境のスキー場で油断し切ってる所沢に悟られないよう喉元まで迫る! そして大将の所沢を討ち取るんだ!」
「うん。部隊のメンバーは僕と飯能、精鋭100人のみとする。多すぎたらかえって目立つからね」
日高が続ける。
「入間殿と飯能の隠密部隊が所沢を仕留め終えるまでの間、わたしは日高市内に進軍してきている川越軍を引き受けます。いつ奴らが進軍を再開しても対応出来るように。
先ほどの汚名、ここで返上します! どんな手を使ってでも、川越軍の足を止めて守り抜いてみせます!」
日高の目に、強い決意の光。
日高市の中央に位置する高麗川駅。
陥落した武蔵高萩駅よりもはるかに規模が大きく、もともと厳重に要塞化されている。
そこに立てこもり、徹底的な籠城戦に持ち込めば、如何に実力と兵数を誇る川越軍であっても容易には突破できないはずだ。
たとえ『鐘の音』の――奇っ怪で不気味な、恐らく川越の埼術であっても。
入間はふと、不安そうに俯いた。
「もし……この作戦の隙に西側の『秩父王国』に背後を狙われたりしたらやばいね?」
すると飯能は、入間の背中を叩いてみせた。
「大丈夫! 正丸峠に配置している監視隊からの報告によれば、秩父王国側に動きなし! 」
「よし……じゃあ後顧の憂いは無いわけだ」
入間はゆっくりと、飯能と日高を交互に見る。
ふたりは見つめ返した。
入間も、飯能も、日高も。
目を輝かせ、良い顔をしている。
奥武蔵を建国したあの日も、こうして3人は顔を見合わせていた。
互いを信じ、自分たちの国の未来に想いを馳せた。
それは今も、何ひとつ変わっていない。
「それでは作戦開始といきますか!!」




