第62話:最強クラスの埼術「航空自衛隊」
スターバックスコーヒー
狭山市入間川にこにこテラス店。
狭山市の大名・狭山から呼び出しを受け、独立国・奥武蔵の盟主、入間は密かに足を運んでいた。
リラックスしたムードが漂う店内。
高い天井と広々としたフロアが開放的だ。
ガラス窓の向こうには、穏やかな入間川沿いの景色が一望できる。
テーブルを挟んで、真正面から向き合う狭山と入間の密会。
入間は店内で買ったコーヒーフラペチーノのストローから口を離した。
「で、狭山が僕をこんな所に呼び出した用件は何だい?」
「ほれ、見てみい。立派な茶柱やろ?」
狭山が勝ち誇ったようにテーブルの茶碗を見せる。
中には見事に直立した一本の茶柱があった。
「そんなものを見せるためにわざわざ僕を呼んだわけ?」
入間は呆れ返ってしまう。
急須に淹れた狭山茶と茶碗。
そもそもスターバックスの店内に持ち込んで飲んでいいのか。
店員に注意される前に入間は突っ込もうかと思った。
が、狭山市の大名としての特権なのかもしれない。
思い直し、入間は何も指摘しなかった。
狭山は得意げに茶柱を眺めつつ、表情を引き締める。
「冗談はこの辺にしとこか。わいが入間を呼び出したのは、他でもない」
狭山の声色には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。
「お前、なに勝手に建国してんねん!?」
「えっ?」
「何、わいに一言もなく、飯能や日高と一緒に『奥武蔵』なんて国を建ててんねん! 裏切られた気持ちやで! 相談の一つくらい、あったってええやろ!」
狭山が怒るのも、当然と言えば当然か。
狭山市と入間市は、切っても切れない関係なのだ。
例えば、日本大陸の三大茶の一つとして名を馳せる『狭山茶』。
その主産地は、実は入間市だったりする。
また、かつてこの地に存在した伝説の組織『自衛隊』の入間航空基地。
その敷地面積は、実にほとんどが狭山市だったりする。
狭山が入間を名乗り、入間が狭山を名乗る。
そういう、ややこしいのが幾つもあるのだ。
まさに切っても切れない関係なのである。
怒る狭山に対して、入間は苦笑いを浮かべた。
「何かさ、飯能と日高に頼まれて、ついその場の勢いで建国しちゃったんだよ」
「お前とわい、どんな関係やと思っとんねん。茶畑はどうするんや! 入間市だろうが狭山市だろうが、まとめて狭山茶のブランドでやってきとるんやぞ!」
「重々承知してるって。ちゃんと今までと変わらず、埼玉全土の民が美味しいお茶を飲めるように流通網だけは維持する。埼玉国から独立はしたけど、お茶の利権を独り占めしたりはしないよ」
「そんなん当たり前や! わいが言うとるんは、そんなことやない!」
怒鳴られても、入間は微笑んだままだ。
「でもさ、実際に『奥武蔵』を建国してみて、国家というものを一つにまとめ上げるのが、どれだけ大変なことか身にしみて分かったよ」
「あん?」
「それまでただの埼玉国の一部だった場所に、全く新しい国家を作り直す。組織を整え直して、適材適所に仕事を割り振り、法律もそれに合わせてを新調していく……。
土地があり、人がいれば、それだけで国家として成り立つものだと甘く考えていたところがあったんだ。でも現実は想像を絶する大変さだよ」
内政、統治、防衛のための軍事編成。
それらを同時にこなしながら、周囲地域の近況まで考慮した戦略を組み立てる。
国家の運営とは、恐ろしく過酷なものか。
しかし苦労を語る口ぶりとは裏腹に、入間の口元は楽しそうに緩んでいる。
「なにニヤニヤしとんねん。帝都さいたま市の暴政に振り回されるよりは、自分たちで納得して決められる国の方がマシって言いたいんか?」
狭山はまるで酒でもあおるかのように、茶柱ごと茶を一気に飲み干した。
「せやけどな、最近はあのダ・サイタマ王も少しはマシになったんやで。政策も多少は緩和されたし、納税額も見直されたんや。まぁ、それでも多いとは思うけどな。
あれや! 今のダ・サイタマは『ジャイアンの法則』やで! 今までヤバい振る舞いしとった奴が急にまともになると、なんか聖人になったみたいに錯覚するアレや!」
狭山は自分の茶碗に急須から狭山茶を補充する。
注がれるお茶を見つめながら、声のトーンを落とした。
「だから埼玉国に戻ってこい。今ならまだ間に合う。わいも一緒に頭下げたるから。
お前、知ってるか? 川越と所沢が奥武蔵を討伐する準備を進めとるで。もたもたしてると攻めてきよるぞ」
入間はまた笑った。
今度の笑みは先程までと違う。
本当の不安が混じっていた。
「川越と所沢が相手かぁ。流石にキツイな~」
「せやろ。あいつら人口30万人越え、埼力もそれぞれ30万越えや! 合わせたら60万やで! 適うはずあらへん!」
「そうだね、勝てはしない。でもね…負けもしないと思う。狭山が僕たちに加わってくれたらね」
「あん?」
入間は笑みを解き、改まった表情を作った。
「実はね、狭山。ちょうど僕も君を呼び出そうと思っていたんだ」
「なんやて?」
「狭山の力が必要なんだよ」
「わいの力……?」
狭山の眉がぴくりと動く。
「そう、僕の入間市と狭山の狭山市。この二つが合わされば、相手が誰であろうと自衛できる」
「待てや! お前、ハナからわいを巻き込むつもりやったんか?」
「巻き込むんじゃない。仲間になってほしいんだ」
「アホ抜かせ。言い方を変えただけやろ! わいにも『奥武蔵』に入れって言っとるんやろが」
突き放すような視線を送る狭山。
入間は真摯にその眼差しを受け止める。
「埼玉術式奥義――『航空自衛隊』」
入間からその言葉を告げられた瞬間、狭山の顔が険しいものになる。
「お前……この地に伝わる、わいらしか知らん極秘埼術を……本気で言っとるんか?」
「うん。かつてこの地には“自衛隊”という伝説の組織が存在した。そして今、入間市と狭山市の境界をまたぐように『入間航空基地跡』が存在する。
古文書にも記されているよ。輸送機にヘリコプター、戦闘機F-15にF-2。そして航空ショーで見る者の心を虜にするブルーインパルスまでも。
僕たちが一つの国となり、明確な“自衛”の状況に置かれ条件が整った時、それらは発動できる」
埼玉術式奥義による『航空自衛隊』の召喚。
空を制する絶対的な兵器群。
それは間違いなく、数ある埼術の中でもトップクラスの防衛奥義。
そう安々とは発動できない。
入間と狭山が心を一つにし、あくまで“自衛”の条件が満たされた場合のみ解放される、反則級の埼術であった。
見つめ合うふたりの間に、張り詰めた空気が漂う。
長い沈黙が流れた。
が、意を決して入間は頭を下げる。
「狭山、頼む! 『奥武蔵』に入ってくれ! そうすれば航空自衛隊基地跡は全て奥武蔵国内におさまる。そしたら領域を侵略してくる敵に対して、この究極奥義を使えるんだ!」
狭山は顔を背けた。
「いやや! わいは帝都さいたま市には思い入れなんてあんまあらへんけど、埼玉国には愛着があるねん!」
そう言いつつも、狭山の声はどこかふっきれない。
奥武蔵の誘いに乗る気はない。
でも入間との縁だけは切っても切れないのだ。
「狭山! お願い! 一生の頼みだから!!」
狭山は今度は反対の方へ首を振り、そっぽを向く。
「そもそも名前が好かん! 何やねん奥武蔵って! 狭山市はかつて奥武蔵と呼ばれた地域から、地理的に少し外れとるやろ」
「それでもどうか……お願い! 僕の目を見て!!」
「そんな目キラキラさせても駄目なもんは駄目や! 飯能や日高と組んで勝手に国を興した。そこまではお前らの勝手や。せやけど、何でわいまで奥武蔵に入らなあかんねん! ほんま調子良すぎるねん! 」
押して駄目なら引いてみる。
入間は大袈裟すぎるほど肩を落とした。
まるで世界の終わりのような、悲愴な表情を浮かべる。
そのあまりに分かりやすい落胆ぶりに、狭山は動揺してしまう。
「ちょっ、勘違いせんといてな? わいはお前が嫌いになったわけやない。むしろ逆や。心配やで!」
「だったら……」
「でもな、自分らの国は自分たちで守れや。隣のわいを頼るな」
入間は嗚咽する。
「う゛……う゛ぅ゛……」
嘘泣きだけど。
狭山は、情に弱かった。
ついに、ついに耐えかねて大きく息を吐き出した。
「もうええわ! しゃーないな!」
入間は顔を上げる。
「お!? 奥武蔵に入ってくれる!?」
狭山は身を乗り出す。
そして入間の覚悟を問う。
「まずは自分たちだけで奥武蔵を本気で守る態度を見せてみい! 話はそれからや!」
「それって?」
「お前ら奥武蔵をわいに見定めさせろっちゅーことや!」
狭山は入間の顔の前で、指を1本立てる。
「川越か所沢、どちらか1人でええ。自分たちの力で倒してみい! そしたらお前らの本気と覚悟を信じて、奥武蔵に入ったるわ!」
「おおお~っ!!」
入間の顔がパッと明るくなる。
狭山は得意げに胸を張った。
「奥武蔵の討伐軍として動く川越と所沢に対して、わいは自領を閉ざすで。同じ埼玉国であっても、あいつらに狭山市を進軍ルートや拠点として使わせたりはせん。現状わいにできるのはそこまでや」
「おおおおおお~っ!!」
入間は勢いよく立ち上がった。
感無量といった様子で狭山の手を両手で握り、ぶんぶんと振り回す。
「ありがとう! 狭山、本当にありがとう! 絶対にどっちか倒して狭山を奥武蔵へ迎え入れるよ!」
「ちょっ、まっ、気が早いねん! 手ぇ離せや~!」
入間と狭山がはしゃぎ合っている、その店内の一角。
窓際の隅の席に、サングラスをかけたスーツ姿の男が座っていた。
彼はひっそりと立ち上がり、静かに店外へと姿を消していく。
入間と狭山は、その男を気にも留めなかった。




