第61話:ようこそ夢の国、東京へ②
与野は“ヨーノ”という架空の人物に変装し、東京国北区の区役所職員の採用面接を受けている。
面接官は赤羽。
川口市を埼玉国から離反させた暗躍者だと与野は睨んでいた。
面接は終盤へ。
赤羽の低く枯れた声に、ずしりとした重みが加わる。
雰囲気が明らかに変わった。
「では、ヨーノさん。貴方が働いてきた埼玉国の内政について、どのような問題があると考えていますか?」
探りを入れるような気配を与野は感じ取った。
赤羽の目はしわに隠れていても、重圧は隠しきれていない。
いや、このプレッシャーは隠す気など無いのかもしれない。
「そうですね。中央政府とその他の市町村の距離が、開きすぎていることでしょうか。地方は中央に不信感を抱いています」
「では貴方にとって、中央政府と地方自治の理想的な関係とはどのようなものか、持論を聞かせて下さい」
与野は思考を巡らせる。
帝都さいたま市による強引な中央集権化。
その経緯を内部から見続けてきた。
与野として、ヨーノという一人の求職者として。
この場でふさわしい適切な言い分とは何か。
「中央政府は、地方を統制するために君臨すべきではないと考えます。むしろ、各地方自治体が自立できる環境を整えることこそが大切ではないでしょうか」
赤羽は少し驚いた。
ヨーノの発言は、ダ・サイタマの独裁的政治を批判しているようなもの。
しかしそれと同時に、東京国についても探りを入れているような機微が含まれている。
赤羽は、川口自治領についてヨーノに私見を尋ねてみたくなった。
「では、次の質問です。現在、埼玉国内において、中央政府のやり方に強く反発し、特に不満を募らせている地域はどこですか?」
これは……。
与野は表情に出さず、警戒心を強めた。
「それは……分かりません。数値としてデータに現れるものではありませんので」
与野が当たり障りのない笑みでかわそうとする。
赤羽は不敵に笑い、さらに攻めた問いを投げかける。
「では、埼玉国の軍事力についてお聞きしましょう。貴方が知り得た範囲で結構です。お話し頂けませんか?」
赤羽は隠さなくなってきた。
一般的な面接の質問ではない。
もはや採用選考の皮を被った、諜報の尋問。
「それにつきましても……お答えいたしかねます」
与野はまたしてもはぐらかす。
赤羽は深く息を吐き、背もたれに身体を預けた。
穏やかな口調で告げる。
「ヨーノさん。貴方を正式に採用したら、これらの質問に答えてくれますか?」
赤羽の機嫌を損ねてはいけない。
だがここで嘘をつくのは、得策ではない。
与野は静かに首を横に振った。
「申し訳ありません……それは前職における機密事項です」
部屋の空気が、わずかに張り詰める。
「わたしは埼玉国の行政機関に身を置いていた人間です。職業柄、前職で知り得た国家機密を東京国へ売り渡すような真似はできません」
赤羽は身を乗り出して、机の上で両手を組んだ。
「それはなぜですか?」
しわに隠れた目が、冷ややかに光る。
与野は動じず、胸を張った。
「埼玉国の機密情報を口にすれば、わたしは東京国にとって便利な人間となるでしょう。しかし同時に、それは信用に値しない人間に成り下がることを意味します。前職の機密を平然と売る人間は、いつか必ず東京国の機密も売る」
「ほう」
「わたしは埼玉国を裏切って、東京国へやって来たわけではありません。自分自身の職務に対する忠誠を、国籍より上に置いているだけです。埼玉国にいた時は、埼玉国の行政官としてその職務を果たしました。もし、東京国で採用して頂けるのであれば、今度は東京国の行政官として、全身全霊を賭けて職務を果たします」
赤羽は机の上で組んでいた両手を解いた。
「ヨーノさん。貴方は今、形式上は退職した身とはいえ、かつては埼玉国の中枢で働いていたのです。そのような人間を東京国の行政機関で働かせるとしたら……こちらが信用できる、何らかの誠意を証明して見せてほしいのですが」
「わたしの誠意の証明が、母国の機密情報をべらべらと喋り散らすことであるとおっしゃるなら、それはどうかご容赦いただきたい」
「では、それ以外の何をもって誠意を証明してくれますか?」
「“仕事”で証明します」
「具体的には?」
「わたしに、仕事を一つ任せてください。その仕事を誰よりも完璧にやり遂げます。また次の仕事を任せてください。それも期待以上の成果でやり遂げます。そうして積み重ねた仕事の成果が、わたしの誠意の証明になります」
与野は譲らない。
真剣な眼差しで赤羽を見つめる。
「言葉だけで東京国への忠誠を誓うつもりはありません。東京国の区役所職員として何を成し遂げたか。それを見てわたしを判断してください。その結果、わたしを信用できないというのであれば、その時は……」
「その時は?」
「その時は……わたしの力不足です」
部屋が凍りついたように静まり返る。
数秒の沈黙の後。
赤羽は突然、
「ヒッヒッヒ! これは面白い……!」
腹の底から声を上げて笑った。
「では最後に一つだけ。ヨーノさん、東京は好きですか?」
与野は真剣な表情を緩め、赤羽の笑みに合わせて答える。
「好きですよ。東京は人の多さよりも、人と人との距離感が面白い国だと思います。そして誰もが匿名でいられる国でもあるので。尚更、興味深いです」
赤羽は頷いた。
机上に置かれていた、ヨーノの履歴書と職務経歴書を閉じる。
「ヨーノさん」
「はい」
「採用です」
「ありがとうございます!」
与野は安堵の息を吐いた。
面接官の赤羽に対して、深々と一礼する。
赤羽は手元の書類をまとめながら、和やかに言う。
「明日からでもさっそく、北区役所へ出勤してください。ただちに正式な就労ビザを発行させましょう。ところで、東京での住まいはどうされるおつもりで?」
「当面は、アパホテルにしばらく滞在しようと考えております」
「ヒッヒッヒ! 行政職員用の宿舎を用意させますよ。そちらへの入居手続きと準備も手配させましょう」
一通りの採用後の事務的な流れと説明を受ける与野。
最後に赤羽は大袈裟に両手を広げてみせた。
「ヨーノさん。貴方のような人材を探していたのですよ。ようこそ夢の国、東京へ!」
「ありがとうございます。精一杯、職務に励みます」
与野がお辞儀すると、赤羽は声のトーンを少し落として言葉を重ねた。
「東京国は夢を見るのも自由。夢を諦めるのも自由。そして……誰かの夢を利用するのも自由です!」




