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第5話:越谷のため息がひとつ、ふたつ

越谷レイクタウン。


埼玉随一の巨大商業都市として栄華を極めたこの地を、大名・越谷こしがやは静かに歩いていた。

買い物で行き交う民の様子を伺っていると、以前より笑顔が減った気がする。


越谷は親水テラスで足を止め、ため息をひとつ。

大相模調節池おおさがみちょうせつちを見つめるその表情は、晴れ渡る空とは対照的に重い。

広大な池の水面は快晴の青空を映し、時折吹き抜ける風が小さな波を立てていた。


「……どうしてこうなってしまったのか」


誰に向けるでもなく、ぽつりと漏らす。


先日の参勤交代。

帝都さいたま市に招集された諸侯の前で、王ダ・サイタマは新たな布告を下した。


『埼玉国繁栄計画に基づき、各市町村はさらなる献上を行うこと』


そして越谷へ向けられた言葉は、より具体的だった。


『レイクタウンは埼玉最大級の商業都市である。故にレイクタウン税を新設する。追加徴収分は帝都へ納めよ』


王はそれだけ言うと、次の議題へ移った。

まるで当然のことのように。



「どれだけ税を課すつもりだ、あの暴君は」


越谷がそう呟くと、呼応するように水面が静かに揺れた。

この景色を見ていると、中央(帝都)の者たちは勘違いするらしい。

巨大な商業施設に絶え間なく訪れる人波。

一見豊かに見え、高い税収を期待する。


しかしこの美しい水郷は元々、ただの景観施設ではない。

治水のための調節池だ。

かつてこの地は、水との戦いの最前線だった。

大雨のたびに川は牙を剥き、民の暮らしを脅かした。

だから越谷は民と一丸となり堤防を築き、水路を整え、莫大な費用と歳月を費やしてきた。


今の繁栄は、その上に成り立っている。

決して天から降ってきたものではない。

それを帝都の官僚どもは数字として、売上高しか見ない。

この土地がどれほどの努力の上に成り立っているのかを知ろうとしない。


中央が求めるのは献上だけ、新たな負担だけだ。

繁栄の果実だけを摘み取り、その木を育てる苦労には目も向けない。



シラコバトが空を横切った。

越谷はその姿を目で追う。

埼玉の象徴。

かつて王としてこの国をまとめ上げた存在に想いを馳せる。


コバトン帝。


今は王の座を退き、みかどとして民の敬愛を受けるのみとなった。

権威はあっても、権力はない。

実権はすべて、現王のダ・サイタマが握っている。


「何故、コバトン様は退かれたのか……」


越谷が顔を歪め水面に問いかけても、穏やかな波が立つだけで答えは返ってこなかった。


帝は既に政事から退いている。

斉の鏡(ミラージュ・サイ)は、相応しき埼玉の統治者にダ・サイタマを映し出した。

だから奴が埼玉の王になった。

それが彩の国の掟だからだ。


ため息が、またひとつ。


中央集権を進め、地方自治を軽んじるダ・サイタマ。

帝都さいたま市のみが繁栄する一方で、各地方は急速に衰退している。

越谷市も例外ではない。


帝都が栄えることに異論はない。

けれども、帝都だけが栄える国は脆いとは思わないか。

東部があり、西部があり、北部があり、南部がある。


だからこそ、埼玉ではないのか?





「越谷様! そこにおられましたか!」


不意に声をかけられ、越谷は振り返った。

家臣が息を切らしながら駆け寄ってくる。


「どうした?」


「kaze棟の翼の広場に賊徒が現れました! 商人の荷を奪い、民衆が恐慌状態にあります!」


「何だと? 負傷者は?」


「今のところはおりませぬ」


「そうか」


越谷は胸を撫で下ろす。

民が無事なら、まだ間に合う。

残念ながら、ついに我が越谷市にも賊が現れたか。

近頃、埼玉各地では同様の報せが相次いでいた。


税は重く、物価は上がり、給料は下がり続けている。

非行は決して許されるものではないが、貧困によってそこまで民は追い詰められているということだ。

すべてはこの国を支配する暴君、ダ・サイタマの悪政のせい。


「案内せよ」


越谷は腰の剣に手を添えた。


「しかし勘違いするな。賊を討つことが目的ではない」


「は……?」


家臣が目を丸くする。


「彼らもまた埼玉の民だ。救える者なら救う。事情があるなら聞く。それでも刃を向けるなら、その時は私が止める」


そう言うと越谷は家臣の後に続いた。

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