第4話:川越と所沢、無理難題を押しつけられる
帝都さいたま市の庁舎にある謁見の間。
玉座に腰掛けるのは、埼玉国を統べる王ダ・サイタマ。
肥え太った身体に、脂ぎった顔。
まるで民から搾り取った富を、そのまま脂肪に変えているかのようだった。
参勤交代。
各市町村の大名を帝都に招いての、定期交流だった。
この機会にダ・サイタマは地方の現状を、大名たちから直接聞く。
しかし実際は、一方的にダ・サイタマが個別に要求を押し付ける場となっていた。
玉座の前には、川越が跪いている。
ダ・サイタマは満足げに口を開いた。
「川越市は観光客数が全土最多と聞く。実に素晴らしい。『時の鐘と蔵造りのまち小江戸』を謳っておるな。その名の通り、美しい町並みだ。誇るがよい」
「ははっ、ありがたき御言葉」
川越は頭を垂れながらも胸の奥がざわめき、嫌な予感を覚えていた。
ダ・サイタマの露骨な褒めとねっとりとした笑みが、気持ち悪い。
そして、その予感は外れなかった。
「観光税を導入せよ。そして帝都に納めるのだ」
やはりか。
「帝都に宮殿を建設する。その為に金が必要なのだ」
そんな無茶なこと、川越は到底受け入れることができない。
「民はすでに貧困に苦しんでおります」
「具体的に申せ」
「観光客は市の貴重な収入源です。帝都に納める為の観光税が加えられてしまうと、客足が鈍ってしまいます」
「これは相談ではない。すでに吾輩が下した決定だ」
「ご再考いただけませんか? 現状の過大な納税だけでも、民はギリギリの生活を強いられています。食べ物を買う金すら、満足に残っていないのです」
するとダ・サイタマは腹を抱えて笑い出した。
脂にまみれた顔を揺らしながら、愉快そうに続ける。
「はっはっは! 買わねばよいではないか! 川越市はまことに恵まれておる」
「……とおっしゃいますと?」
「川越市はサツマイモを豊富に育てておるのであろう? ならば民は自領で採れたサツマイモだけ食べておればよい。わざわざ金を払って食べ物を買う必要などないではないか」
(コイツ……)
川越の拳が、袖の下で静かに震える。
「帝都から派遣した監査官からのヒアリングを基に、川越市特別観光税の具体数値を定める。追って伝えるから来月から導入せよ」
川越は最後まで顔を上げぬまま、静かに下がった。
「次。所沢、入れ」
謁見の間を隔てる厚いカーテンの向こう。
隅で待機していた所沢が、緊張した面持ちで前へ進み出る。
玉座の前で跪くと、ダ・サイタマは開口一番に言った。
「埼玉に空港を作りたい」
所沢は目が点になり、言葉を失った。
「所沢市は航空発祥の地と聞いておる。いやはや素晴らしい。名誉なことだ。適任だな」
所沢の背筋が冷水をかけられたように凍りついていた。
額には玉のような汗が浮かぶ。
ダ・サイタマの露骨な褒めとねっとりとした笑みが、気持ち悪い。
「航空公園に空港を建設せよ。確か展示用の飛行機が二機ほど置いてあったな。まずそれを整備して使えるようにせよ」
「お、お待ちください……! そんな無茶な!」
「安心せよ。完成後の所有権は帝都が持つことになるが、お前には“サブオーナー”の立場を与えてやる。空港完成のあかつきには他市町村より優位に立てるぞ。光栄に思え」
「あ、あの……概算費用がとんでもない額に上る思います。 工期はどのくらいでしょうか? も、もちろんそれ相応の助成金は投入して頂けるんですよね?」
「あいにく、帝都は宮殿を建てる予定があってな。そんな余裕はないのだ。費用は“全額”、所沢持ちだ」
「そんなぁー! 所沢市だってそんな余裕はありません! 民だって困窮しているんです!」
「なんだ? 航空発祥の地とは名ばかりか? 代々そのノウハウを持っておるだろう? 3年の猶予をやる。成し遂げてみせよ」
「空港の建設なんて……どれほど莫大な費用を要するか、ご理解いただいておりますでしょうかっ!?」
「とにかくやれ」
「無理です! 不可能です!!」
「それでもやれ」
顔面蒼白の所沢が、ふらふらとおぼつかない足取りで退出する。
帰り支度の為に控室に戻ると、川越が苦悶の表情でパイプ椅子に座っていた。
「あのクソ野郎がッ!!」
川越が机をおもいっきり叩いた。
それに驚いて、意識朦朧としていた所沢が正気に戻る。
「……川越? 大丈夫か?」
そばに寄る。
川越は唇を噛んでいた。
「我が小江戸を侮辱しやがって!」
川越の身体が怒りの炎を纏っているように見えた。
唇から血が滴っている。
「心中察するぞ。川越もダ・サイタマに無理難題を押し付けられたのか?」
「ああ。我が時の鐘と蔵のまちに観光税を導入し、それをまるまる帝都に納めろだと。どれだけ理不尽なのだ! 更に我が市民には、困窮するのならサツマイモだけ食べていれば良いとまで言い放った。これほどの屈辱は他にない!」
震える川越の肩に所沢は疲れ切った表情で、憐れむようにそっと手をおいた。
「その口惜しさ、痛いほど分かる。奴は洒落にならない。私も自費で領内に、空港を作れと言われた。それも帝都が所有権を有するという。なんという横暴だろうか。あの調子では、そのうち“埼玉に海を作る”とまで言い出しかねない」
川越は鬼の形相のまま、手の甲で唇の血を拭った。
「いつかこの手で……あの野郎を地獄に落とすッ!」
「その気持は分かるが、逆らうことなどできないだろう? ダ・サイタマは、埼玉国に伝わる“三種の神器(埼器)”を掌握し、さらに前王であり、今は帝となられたコバトン様を擁しているのだから」
ダ・サイタマに刃向かうことは、埼玉への裏切り。すなわち国賊を意味していた。
「今は耐えよう。耐えて耐えて、いつかきっと事態が好転する機会が訪れる。その時が来るのを信じて待とう」




