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第58話:埼玉の名の発祥地

「風が語りかけます。うまい、うますぎる! 十万石まんじゅう! 埼玉銘菓、十万石まんじゅう!」


テレ玉(テレビ埼玉)の開局以来、唯一変わることなく今なお全土に流れ続ける、埼玉国で最も有名なCMのフレーズである。


行田市の大名・行田《ぎょうだ》から振る舞われた十万石まんじゅう。

遊びにきていた隣市の大名・羽生《はにゅう》は、食べながら無意識にその言葉を叫んでいた。


ここは行田市にそびえ立つ『忍城《おしじょう》』の天守閣。

ふたりの大名が向かい合い、お茶と十万石まんじゅうを嗜みながら世間話に興じている。


窓から覗く地上には、一面に広がる美しい外堀の沼池。

かつて豊臣秀吉による関東平定の際、石田三成率いる大軍の水攻めにも耐え抜いた浮城の異名で知られる歴史的城趾であった。

羽生はお茶を一口すすり、感嘆の声を上げる。


「この忍城の風情も素晴らしいですが、以前に足を運んだ『さきたま古墳公園』も見事なものでした。広大なる敷地に圧巻の古墳群! いやはや、言葉を失いましたよ!」


「わっはっは、我が土地をお褒めいただき感謝するぞ、羽生殿」


「まさに悠久の歴史を感じました! 遥か昔の大古の時代、ここ埼玉の地で古墳文化が花開いた古代ロマンに想いを馳せることになるとは……。これこそ埼玉人発祥の地たる、紛れもない証拠です!」


「わーっはっは、大袈裟すぎるな、羽生殿」


「そしてそして! ここへ来る直前、『前玉神社《さきたまじんじゃ》』へ参拝してきたんですが。あの静けさの中に漂う品格。まさに『埼玉』という国名の語源となった、正統にして最も名誉ある創元の聖地ではありませんか!」


「ふむ。その『さきたま』という古代の言葉が時代を経て『埼玉』へと定着していった……というのが、我が国の歴史における最も有力な説だからな」


「やはり行田殿の市は素晴らしい! この国の古代歴史を今に伝える『さきたま古墳公園』と、我が国名の発祥たる『前玉神社《さきたまじんじゃ》』。埼玉国において、これほどの正統性と歴史的ルーツを持つ市町村は他にありません!」


「わっはっは、持ち上げすぎだぞ羽生殿。お世辞が上手だな」


「よッ! 埼玉の故郷! 行田市!」


「わーっはっは! 褒められすぎて照れてしまう」




しかし。

ふたりが笑い合い、おちゃらけ合っていたのはそこまで。

部屋の雰囲気をガラリと変えたのは、羽生の方であった。

ぽつりと、冷たい声で口を開く。


「……この前、帝都さいたま市へも行ってきました」


小さな声だったため、行田は首を傾げ耳をそばだてる。


「……あそこは外見だけ。首都として見栄を張っているだけです。埼玉を真に統べる土地ではありません」


「ん? どういう意味だ、羽生殿?」


先ほどまでの小さかった羽生の声が、一転して声高になり室内へ響き渡る。


「『前玉《さきたま》』は『埼玉《さいたま》』になりました。そして埼玉が、この国の名前として定着したのです。ここで行田殿に問います。埼玉の名を、その神聖なるルーツを真に継ぐ資格があるのは、はたして誰でしょうか?」


「羽生殿、何を言い出すのだ?」


「行田“様”。あなたはいつまで現状に甘んじ、くすぶり続けているのですか?」


「なんだと?」


あからさまに空気が変わった。

羽生が着ている『武州正藍染《ぶしゅうしょうあいぞめ》』の深い紺色の衣装。

鮮やかだったその模様が、行田の胸を突き刺す針のように見えてきた。


「前玉神社《さきたまじんじゃ》とさきたま古墳公園を擁する行田様は、埼玉という国号が生まれる以前の原初の埼玉を手中に収めているも同然。国を統べる正統性は、虚飾に満ちた帝都さいたま市などではなく、この行田市にこそあるのです」


「待て、羽生殿! 帝都さいたま市は、埼玉国のまごうことなき首都だ。三種の神器(埼器)もあそこに奉納されている。その一つ、『斉の鏡(ミラージュ・サイ)』も、王としてダ・サイタマ様を映し出した。正統も何もあるものか。帝都さいたま市がこの国の中心として全土を統轄しているのだ」


「行田様。神器(埼器)など、もう信じられません。現にダ・サイタマ王は、悪政を敷き民を苦しめる暴君ではありませんか。民心は確実に離れていってます」


「だがな、帝都には『帝《みかど》』のコバトン様がいらっしゃる。ダ・サイタマ様が帝を庇護し、その御威光もあって埼玉国は成り立っているのだ」


羽生を諭す行田。

しかし羽生は怯まない。

藍染の袖を翻し、意を決したように眼を鋭く光らせた。


「でしたら行田様、この地に帝をお迎えすることはできませんか?」


「は? 何を言うか!」


「何もおかしなことは申しておりません。コバトン様は、真の埼玉の故郷であるこの地へと還られるのです。行田市、いえ……『前玉国《さきたまこく》』へ!」


「前玉国《さきたまこく》、だと!?」


「そうです。偽りの埼玉国に見切りをつけ、真にコバトン様を擁立するに相応しい新たな地を前玉国《さきたまこく》として打ち立てるのです」


「何を世迷言を!」


「世迷言ではありません。行田様は『埼玉』という名の発祥地。なにとぞ、そのことをお考え頂きたい」


羽生の身体が、武州正藍染の衣装ごと激しく震え出す。


「今のコバトン様のお姿は、あまりにも悲惨です。ダ・サイタマ王の監視のもと、帝都さいたま市の『盆栽美術館』に閉じ込められているのです。毎日毎日、盆栽を眺めさせられる日々を強要されている。あれは幽閉です。まるで鳥籠で飼われているようなもの」


「……盆栽美術館か。私も一度、行ってみたいが」


羽生の身体の震えが一層強くなる。

その声には怒りと悲しみが混じり合っていた。


「帝の不幸は、この国の不幸ではありませんか! コバトン様は、ダ・サイタマ王の都合の良い道具として利用されているのですぞ? 行田様! 埼玉の由縁《ゆえん》に連なる行田市の大名として、それをこのまま見過ごされるおつもりか? 帝都さいたま市こそが、帝に対する最大の逆臣であり、不敬の極み! 今すぐ帝都へ向けて出兵し、暴君どもからコバトン様を救い出しましょう! そしてこの地へお迎えするのです!!」


「待てっ! 羽生殿! 無茶を言うなっ! そのような無謀な挙兵をすれば、全土がますます混乱に陥る! 帝都を敵に回せば、ダ・サイタマ様の逆鱗に触れ、この行田市は焦土にされてしまう! 今は静観するべきだ!」


「待てませんッ! 帝の惨めな扱われようを知りながら、黙って静観などできるものか! 行動に移せぬのは、臆病者以外の何者でもない! 言い訳など結構! 行田様は何のための『行田』か!? 埼玉の正統な発祥地という名誉は、ただのお飾りか!? だったら……そんな形だけの誇りなど、捨ててしまえッ!!」


「この無礼者がぁぁぁーーっっ!!」


行田は立ち上がり、一喝した。

忍城の天守閣が揺らいで見えたのは錯覚か。


羽生はハッとして我に返り、息を飲んだ。

行田の怒気に圧倒され、気まずそうに顔を背ける。


「……すいません、失礼を申し上げました」


行田は肩で息をしながら、冷ややかな視線を羽生へと向ける。


「お引き取り願おう。我が行田市は、軽い気持ちで埼玉の名の発祥地を名乗っているわけではない。軽はずみな情動で謀反を引き受けるほど、無責任な土地ではないのだ。それを何だ? 今すぐ帝都さいたま市へ出兵しなければ臆病者扱いか? では、その挙兵によって引き起こされる民の犠牲と乱世の責任を、一体誰が取るというのだ? 羽生、お前が取れるのか? 行田市に押し付けて軽々しく口にするな!」


羽生は俯いた顔を上げることすらできなかった。

静寂が支配する忍城。

やがて羽生は深々と一礼する。

足音を殺すようにして、粛々と天守閣から退場していった。




ひとり天守閣に残された行田。

しばらくの間、目を閉じていた。

何故、あそこまできつく怒鳴りつけてしまったのか。

感情を制御できず、あそこまで激昂してしまった己の不甲斐なさを思う。


混迷する埼玉国。

歴史の聖地、その遺産を擁する行田市の大名でありながらも、何もできずにいる自分。

ただ静観しているだけの自分に、本当は苛立っていたのではないか。




「おーい! 行田殿ーっ!」


忍城の外から能天気な呼び声が聞こえてくる。

声の主は、隣市の大名である加須《かぞ》であった。

加須はドタバタと威勢よく天守閣の階段を登ってくる。


「やあ行田殿! 十万石まんじゅうをもらいにやって来ました。……ところで、さっき城の下で泣きながら去っていく羽生とすれ違ったのですが?」


「ああ、さっきまで羽生と会っていた」


「そうでしたか。なんか、無礼なことを行田殿に申し上げたとか、自分を責めているようでしたけど……?」


「もうよい、その話は終わりだ。で、十万石まんじゅうだが、あいにく品切れでな。代わりに『ゼリーフライ』を用意させる」


ゼリーフライ。

行田市の郷土料理であり、おからで作ったコロッケである。

行田が家臣に命じてゼリーフライを用意させると、加須はそれを頬張りながら尋ねた。


「やっぱ気になります。羽生と何があったんですか?」


行田は溜め息をついた。

別に加須に隠すような内容でもない。

行田は疲れた顔で、事の経緯を話した。


聞き終えた加須は、衣の袖で口元を拭うと、あっけらかんとした顔で笑った。


「なーんだ、そんなことですか。いやぁ、俺は羽生の気持ち、すっごく分かりますけどね! ダ・サイタマ王の統治は滅茶苦茶ですし、帝都さいたま市だけが肥え太って、我ら地方の市町村が痩せ細っていく現状には反吐が出ますよ」


「加須殿、気持ちだけで一体何ができるというのだ? 無理難題を突きつけられ、できぬと言ったら臆病者扱いされたぞ。今の行田市の力で、帝都さいたま市に兵を出せると思うか? 結果は火を見るより明らかだ。それなのに挙兵してコバトン様を奪い、この地へお迎えしろだと。無責任な発言にも程がある!」


加須はゼリーフライの二個目を口に放り込む。


「良いじゃないですか、それ」


「は?」


「もし行田殿が本当に帝のコバトン様をこの地にお迎えしたとして。その『前玉国《さきたまこく》』とやらを、新たにこの彩の大地で起こすというのでしたら、羽生だけじゃなく俺だって喜んで加入しますよ!」


「正気か、加須殿? コバトン様を無理やり迎え入れてこの行田市に国を起こすなど。そんな事をすれば即座に、帝都さいたま市の圧倒的な武力で踏み潰されるぞ? 他の市町村からも非難を浴びるに決まっている! それらに抗えるだけの力など、この行田市にはないのだ!」


「行田殿、大丈夫です!」


加須は平然と言い放つ。


「コバトン様は唯一無二の存在。言わば『取ったもん勝ち』ですよ! コバトン様を擁立した者を、埼玉国民なら誰も批判、攻撃なんてできません。そんなことしたら最大級の不敬ですからね。帝を頂点としていただき、その御威光の下で新たな政治を前玉国《さきたまこく》として始めれば良いのです!」


「そう、なのか……」


「行田市は特別なんです。埼玉の古代の証たる『さきたま古墳公園』、そして埼玉という国名の起源にして発祥の地たる『前玉神社《さきたまじんじゃ》』。この二大ルーツが誇る圧倒的な正統性があるんですから。だからこそ、その地に帝がいるのが相応しい。コバトン様が揃えば効果は絶大ですよ! もはや埼力、軍事力、人口などの問題ではありません。この行田市は『前玉国《さきたまこく》』として、揺るぎない地位を確立できます!」


「前玉国……正統なる、真の埼玉国……」


行田の中で、何かが切り替わった。

全身に鳥肌が立っている。

眼には野心の光が宿っていた。


そうだ……。

帝都さいたま市は確かに都会で、人口も経済も上。

しかし自分たちこそが、埼玉の真の源流ではないのか。

さきたま古墳と前玉神社。

加えて帝のコバトン様がこの地に揃ったならば。

帝都さいたま市が統治する埼玉国よりも正統性のある、真の埼玉国が成立するのではないか。


「ふむ……。しかしな、加須殿。どうやってコバトン様をこの行田市にお迎えすればよいのか……」


加須は顎に手を当てて首を傾ける。


「そうですよね。正面切って行田市に来てください、なんて帝都に申し入れるのは危険。ダ・サイタマ王が許すわけありませんし」


行田は静かに立ち上がり、天守閣の窓へ歩み寄る。

遥か南、帝都さいたま市の方角を眺めた。


やがて――


行田は狂気の決断を口にする。



「拉致するか……」

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