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第57話:砂上の楼閣

遂に、帝都さいたま市に壮麗豪華な『宮殿』が完成した。

視界を埋め尽くす圧倒的な景観。

もともと、さいたま新都心に建設された庁舎の建設費が750億円ほど。

その莫大な費用の二倍、なんと1500億円もの巨額の総工費となった。

地方の市町村から、搾りに搾り取った税金を投じた超巨大建造物である。


盛大な竣工式を終え、これからはこの宮殿が埼玉国の軍事・政治の中枢となる。

何より埼玉国の絶対君主、ダ・サイタマの威光と権力を全土へと知らしめるための象徴となるのだ。


新設された王座の間は、旧庁舎にあったものとはスケールが違う。

天井の高さも比べものにならなかった。

どこまでも広く、見上げるほどに高い。

何と言っても、視界のすべてを埋め尽くす黄金の床面と壁面。

ダ・サイタマは豪奢な装飾の玉座に深く腰掛け、愉悦に浸る。

まさに王たる自分に相応しい空間であると。

夢見心地で広大な空間を見渡した。



王座の間に、岩槻《いわつき》がやってくる。


「ダ・サイタマ様。お呼びでしょうか?」


上機嫌なダ・サイタマは、玉座から身を乗り出して尋ねた。


「岩槻よ、与野《よの》の様子はどうだ? そろそろ復帰できると聞いておったのだが」


その問いに、岩槻は一瞬だけ顔を横へ背けた。

焦りを隠すように平静を装いながら、言葉を絞り出す。


「それが、精密検査を行いましたところ……今しばらくの間は絶対の静養が必要という診断が下りまして……」


「なに? そんなに深刻な容態なのか! ならば今すぐ吾輩《わがはい》自らが見舞いに行ってやろう。輿車《こしぐるま》を用意させよ」


「いや……その、お待ちください! 与野は“面会謝絶”で非常に際どい局面にあります。たとえ王であるダ・サイタマ様でありましても、立ち会いは厳禁です。今はそっとしておかねば、命に関わる状態なので!」


「なんと!? そうか……」


ダ・サイタマは心配そうな表情を浮かべた後、どこか寂しそうな顔を覗かせる。

そんなにも与野を側近として酷使し、追いつめていたのか。

自責の念に駆られていた。


完成したばかりの宮殿を、早く与野にも見せてやりたかった。

宮殿内には、さいたま四天王の全員に個別の豪華絢爛な執務室を用意してある。

特大のシャンデリアに大理石のテーブル、ワインセラーの棚。

それだけじゃない。

マッサージチェアや足湯、サウナ設備までも部屋に完備させた。

これで4人は職務に取り組みながらも、リラックスできるはずだ。

執務室を見たら、きっと与野も喜んでくれるぞ。


四天王といえば、ダ・サイタマにはもう一人、気がかりな者がいた。

浦和《うらわ》である。

川口市で重傷を負って入院していたが、ようやく退院して復帰を果たしたのだ。

ダ・サイタマは、王としての寛大な心を浦和に示した。

川口市での敗北と撤退の件を、一切不問として処罰しなかったのだ。

これほどの慈悲をかければ、浦和は喜んで自分に忠誠を誓い直すはずだと期待していたのだが。


戻ってきた浦和の反応は、見込んでいたものとは程遠かった。

表情が暗い。

怪我自体は完治しているはずなのに、顔色の悪さがどうしても気にかかる。

心ここに在らずといった様子で、本調子を取り戻すにはまだ時間がかかりそうだった。


そのため、帝都の軍事面は大宮《おおみや》が主導で引き受けている。

さいたま市の再軍備調整。

各地で蠢く地方勢力への警戒。

埼玉国からの独立を宣言した逆臣国を、このまま野放しにする気はない。

なるべく早く潰さねば、中央が黙認したという風に見られかねない。

が、焦らず慎重に。


宮殿建設のために動員していた多くの兵たちを本職の軍務へと戻している。

帝都だけで10万以上もの兵を確保していた。

その一人ひとりを、今は大宮が精鋭兵として鍛え直している。



埼玉国は混迷している。

王である自分に対する各地の畏怖と敬意が、日に日に薄れていることをダ・サイタマは肌で感じていた。


「岩槻よ。なぜ帝都さいたま市から離れてゆく者が続出する?」


まるで何を今更、と言わんばかりに岩槻は眉をひそめる。


「ダ・サイタマ様。もう少し地方の市町村に寄り添った政事を致しませんか? 何度も申し上げておりますが、暴政が招いた結果だと言わざるを得ません。民心がこれ以上離れていく前に、全面的な見直しを」


「むぅ……」


岩槻も言うようになった。

そう指摘されてしまえば、ダ・サイタマは返す言葉もない。


「ただ、埼玉国民の忠誠を結集する三種の神器(埼器)の『埼の玉(さいたまオーブ)』にヒビが入ってしまったことも、少なからず影響していると思います」


やはり接着剤での修復は駄目だったということか。




これまでの振る舞いは、ダ・サイタマなりの“王としての在り方”であった。


義も道理も、すべては王の自分が敷いた法に従ってこそ意味を成す。

王たる者は身を賭して、治める国の繁栄と民の幸せを願うもの。

世間一般では、そう語られるだろう。

しかし、ダ・サイタマは異を唱える。


王とは、国や民に身命を捧げる存在などではない。

その逆。

国が、民こそが、その身命を王へと捧げるべきなのだ。

それが王を王たらしめる。


周りから暴君と疎まれようが、一向に構わない。

暴君であるが故に、王は畏怖される絶対者となる。

自らの治世を、優しさや道徳という情で濁してはならない。

自らの統治に、一喜一憂するような中途半端な精神であってもならない。

それは暴君よりもなお、厄介極まりない。

それは王でなく、ただの人である。


正しき治世、正しき統治。

臣民どもは常にそんな聞こえの良い正義を待ち望む。

では何だ?

王とは、その正しさの奴隷なのか。


人は王の超越的な姿を通してのみ、法と秩序の重みを知る。

王が実現すべきは、平等などではない。

“真”に強い国家へと導くことだ。


生温い平和を与えられた国は、自ずとボケ始める。

そして、終わらない不平不満を口にするようになるのだ。

民はまるで、お客様気取りでつけあがる。

あろうことか行政を支えるべき役人までもが、お客様気分で甘えだす。


だからこそ、『ギリギリ』の限界を攻め続けるのだ。

飴と鞭、恐怖と安堵。

その絶妙な塩梅を、王がコントロールする。


どこか切羽詰まった緊張感のある生活。

明日を手に入れるために、懸命に生きようとする日々。

生きるための三大欲求が、満たせるかどうかの際どい日常。

余計な雑念を抱く余裕すら与えないほどに。

その状態こそ民の生き様も、国の在り方も、真の輝きを放つというものだ。


精一杯生きようとする。

必死に生を謳歌しようとする。

当たり前に感謝する。

生きるために周囲の者と手を取り合おうとする。

団結の感覚を何よりも大切にするようになる。


それこそが、埼玉国としての同族意識へと繋がるのだ。

これこそが、この国を“真”に強い国へ導くのだ。

そのために悪役になろうが、全土から嫌われようが、知ったことではない。

ダ・サイタマという男の、王の哲学であった。


が――


その『ギリギリ』を見誤ってしまったのかもしれない。

やりすぎて国が分裂しかけている現状。

これからはもう少し優しい王になろう。

ダ・サイタマは密かに心に誓った。




「ところで……」


ダ・サイタマは官僚から上がってきた報告で、ふと気になったことを口にした。


「岩槻よ。我が埼玉国から独立した西側諸国、そして川口自治領も、帝《みかど》のコバトンへの敬意と愛着だけは相変わらずそのままでいると聞く。今なお、あの鳥を深く慕っているというのは誠か?」


「はい。帝都さいたま市から離反した勢力も含めて、コバトン様は変わらず全埼玉民から愛され続けています」


ダ・サイタマは腕を組み、考え込んだ。

よくよく考えてみれば、コバトンとは一体何だ?

そして帝《みかど》とは、どういう存在なのだ?


周囲から進言があった。

コバトンは埼玉国の前王、いわば王の卒業生であると。

だからダ・サイタマは、コバトンをとりあえずOB的な感覚で帝の位に置いてはいたのだが。

改めてみると、あの“鳥”は何だ?


圧倒的な存在として君臨しているのは、現職の王であるこの自分だ。

確固たる権力と地位を握っているのも自分だというのに。

なぜ何の権限も政治力も持たない、単なるお飾りであるコバトン帝の方が国民からありがたがられているのか。


ダ・サイタマは、段々と嫉妬してきた。

鳥に。


「岩槻よ、吾輩は改めて考えてみた。コバトンは前王であり、現在は帝の位にある。が、その扱いに疑問が浮かぶ」


「と、申しますと?」


「そもそも、“鳥”が人間の上に立つなどという構図は、極めて歪だとは思わぬか?」


岩槻は至極真面目な顔で言い返す。


「コバトン様はこの埼玉の地において、国民的寵愛の象徴として確立しておられるのです。まさに民の心の拠り所の体現そのもの。この帝都さいたま市の“帝”という名も、帝であるコバトン様の存在から取られたものです」


「実際にこの埼玉国で法を敷き、すべての権力を有しておるのは現王であるこの吾輩なのだぞ?」


「ダ・サイタマ様がそう申しましても、コバトン様は絶対的なものに守られております。それは護衛兵でも、側近の侍従でもなく。ましてやコバトン様を擁立している王のダ・サイタマ様や、この帝都さいたま市そのものでもありません」


「では一体、何がコバトンを守っているというのだ?」


「埼玉に生きる民すべての“意志”です」


ダ・サイタマの言葉がピタリと止まった。

だからこの関係は極めて歪なのだと、再びそう言おうと思ったが、思いとどまる。

理屈ではないのだ、あの鳥は。

それを感じ取った。


広大な黄金の王座の間に、しばしの沈黙が流れる。

静寂をそっと揺らすように、ダ・サイタマは口を開いた。


「岩槻よ。吾輩は『王』と『帝』、その両方を手にしたい。二つの地位を合わせ持ち、吾輩は“帝王”となるのだ」


「な、なんですと!?」


岩槻は悲鳴のようなひっくり返った声をあげた。

ダ・サイタマは押し通すように言葉を重ねる。


「コバトンなど、ただの野鳥に戻せばよかろう? 鳥らしく自然の森へ還してやる方が、奴にとっても幸せではないか?」


「なりませぬ! なりませぬぞっ! 決して『王』と『帝』を混同して一つにしてはなりませぬ!」


「何故だ? 現実にすべての権力を持つこの吾輩が、帝の位を合わせて名乗って何が不都合だと言うのだ?」


「帝に権力はなくとも、権威がございます! それは法を越えた目に見えない力です。全埼玉民に敬われる心の支柱と言っても過言ではありません! 混迷する埼玉国にあっても、辛うじて結束を維持しているのはコバトン様の存在が大きな要因でしょう」


「何故コバトンばかりが崇められるのだ? 岩槻よ、お前は現職の王である吾輩よりも、あの鳥を敬っているとでも言うのか?」


「王と帝を、別の次元でお考えください! ともに民に敬われるべき存在ですが、担う役割が根本から違うのです!」


喉を枯らして訴える岩槻。

その物言いに、ダ・サイタマもそれ以上の追及を引っ込める。


岩槻の言うことにも一理あった。

コバトンという帝をこの帝都さいたま市で擁立している。

つまりダ・サイタマが手中に収めているからこそ、埼玉国の王としての立場を支えられているのかもしれない。

もしコバトンが帝都さいたま市から逃亡でもすれば、他の市町村が離反する引き金になりかねないとも考えられる。


ダ・サイタマは考え直す。

ならば帝の権威とやらを、存分に利用させてもらう。

コバトンさえ手元に置いておけば、その立場をいくらでも政治利用できる。


いざとなったら……

本当に追いつめられたら……


最後の手段として、あの鳥を裏で脅迫する。

そして埼玉全土へ向けて『詔《みことのり》』を乱発させてやればいい。

愛しきコバトン様の勅命と聞けば、すべての民は従うに違いない。

そうすれば、乱世など一瞬で終わる。


しかし。

そんな手を使わずとも、近いうちに埼玉国は元の姿に戻る。


川口自治領へはすでに間者を何人も潜入させ、埼玉国への帰順を水面下で働きかけている。

また、川口市の治安維持を名目に勝手に駐留している東京国に対しても、連日に渡り猛抗議を継続中だ。


西側の反乱分子へも、手回し済みだ。

奥武蔵《おくむさし》に対しては、川越と所沢を討伐軍として派遣。

児玉国《こだまこく》に対しては、熊谷と深谷を討伐軍として差し向けた。

いずれも埼玉国で、ダ・サイタマが実力を認めた市町村大名だ。

討伐成功の見返りとして破格の恩賞を提示している以上、彼らは必死になって任務を遂行するだろう。


奥武蔵《おくむさし》と児玉国《こだまこく》を粉砕した後。

その奥地に構える秩父王国《ちちぶおうこく》を総出で滅ぼす。

前進基地として、寄居町《よりいまち》の『鉢形城《はちがたじょう》』を再建中だ。

帝都の資金と物資を惜しみなく注ぎ込んでいる。

西側を睨む巨大拠点として、完成は目前。

そこから一気に攻勢をかければ、秩父王国などひと呑みだ。




その時であった。


王座の間に駆け込んできたのは、西側の警戒と伝令を統括する最前線の幕僚。

顔を蒼白に染め、床に平伏した。


「申し上げます! 寄居町の大名・寄居《よりい》が我らを裏切りました!!」


「なんだと?」

「なんだと?」


ダ・サイタマと岩槻の驚愕の声が重なる。


「帝都で軍備を進めて再構築していた鉢形城《はちがたじょう》が、寄居に乗っ取られました! 寄居町は中立国『寄居公国《よりいこうこく》』を宣言!!」

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