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第55話:志木市のカッパと吉川市のナマズ

志木市《しきし》には、カッパがいる。

緑色の肌、頭頂部に皿、背中に背負った亀のような甲羅、手の指に張られた水かき。

大衆的な妖怪として絶大な知名度を誇る。

にも関わらず人々は皆、どうせ空想上の生き物だろうと高をくくっていた。

しかし実在するのである。


志木市内の各所には、28体ものカッパの石像が点在している。

人目のない深夜はもちろん、時には白昼堂々と。

妖術によってカッパは、石化を解除。

川を泳いで、埼玉国全域へと諜報活動へ繰り出すのだ。

秘密裏に志木市の大名・志木《しき》がやらせていることだった。


川を制する者は、情報を制す。

配下のカッパたちによる諜報ネットワーク。

集められた情報を志木は把握して、密かに国の裏事情に精通しているのである。




一方、吉川市《よしかわし》には、ナマズがいる。

吉川駅南口のロータリーには、その象徴たる金のナマズ像が設置されている。

川魚文化を育んできたこの地は、『ナマズの里』として市内に養殖場も抱えていた。

ナマズをマスコット化したり、料理したり、微笑ましい町おこし事業だ。


だが、それは表の姿に過ぎない。

特殊訓練を施された隠密ナマズたちが存在する。

埼玉国中の川の底に潜伏し、諜報活動に勤しんでいる。

秘密裏に吉川市の大名・吉川《よしかわ》がやらせていることだった。


川を制する者は、情報を制す。

配下のナマズたちによる諜報ネットワーク。

集められた情報を吉川もまた把握して、密かに国の裏事情に精通しているのである。




ある日の荒川にて。

諜報任務に就いていた志木市のカッパと、吉川市のナマズが見事に鉢合わせした。


「これはこれは、ナマズさん。ごきげんよう」


水中で挨拶するカッパ。

ナマズもまたヒゲを揺らしながら挨拶した。


「あ、カッパさん。こんにちは。今日も川を遠征しての諜報活動ですか?」


「はい、そうです。ナマズさんも諜報活動中で?」


「ええ、カッパさんと同じです。しかし困ったものでして。荒川は水質が肌に合いません。長く泳いでいると皮膚がカサつくのですよ。やはり地元の大場川《おおばがわ》が、ナマズのワタシにとっては一番身体に合います」


「分かります分かります! やっぱり地元の川が一番ですよね。カッパのボクも、柳瀬川《やなせがわ》が一番しっくりきます。PH値の問題なんですかね? 川の相性というのは」


荒川で世間話に興じるカッパとナマズ。

二匹の雑談は、埼玉国の情勢へと自然に移行していく。

カッパは神妙な顔つきで言った。


「埼玉国は今、だいぶ荒れてますね。特に西側の地域。秩父王国《ちちぶおうこく》に始まって、奥武蔵《おくむさし》、児玉国《こだまこく》と。どんどん建国ラッシュが続いてますよ」


ナマズは嘲笑するように、長いヒゲを揺らした。


「フフフ、人間って愚かですよね。きっと色々と不満があって、自由を掴み取るために埼玉国から独立したんでしょうけど。結果としてそれが新たな争いを生み出して、さらに自由から遠のくだけでしょうに」


「分かります分かります! 人間の世界って何かと複雑なんでしょうね。ただ、埼玉の人口は700万。途方もない数の人間がひしめき合っているんですから、一つの国にまとめ上げるのは想像以上に大変なのでしょう」


「フフフ、人間って面倒くさいですね。あ~、ワタシはナマズに生まれて本当によかったな~」


「分かります分かります! ボクもカッパに生まれて本当に良かったですよ」



荒川を並んでスイスイと泳ぎながら、カッパとナマズは会話を続ける。

カッパは探るような口調で問いかけた。


「ところで、埼玉国がこれだけ荒れているわけですが。ナマズさんのところ、吉川市は動かないんですか?」


ナマズは胸のヒレで頬をかいた。


「はい。ご主人の吉川様は、こうしてワタシに水脈を伝わらせ、諜報活動させて毎回報告を上げさせるのですが。その情報を何かに活かす風でもなく、ひたすら静観を決めているようです」


「ほほう。吉川市はこれからも帝都さいたま市の統治する埼玉国に従順であり続けると?」


「今のところは、そうみたいですね。でも実は吉川様、周辺地域の大名たちに密かに決起のようなものを呼びかけていたみたいなんですよ。北隣の松伏《まつぶし》はかなり乗り気だったみたいなんですけど。西隣の越谷《こしがや》からはあまり良い返事がもらえなかったみたいで」


「ほほう。越谷は動かない、と?」


「ええ。それを吉川様は残念がっていましたね。あと、南の草加《そうか》、八潮《やしお》、三郷《みさと》の3大名は、少し前の川口市《かわぐちし》の埼玉国離脱が相当ショックだったみたいで。意気消沈して反応がなかったそうです」


「ああ! 川口自治領の件ですね。あれ絶対、背後で東京国が糸を引いている陰謀ですよね?」


「フフフ、カッパさんもそう思います? いやぁ、東京人って埼玉人よりなんだか底知れなくて怖いですよね」


「分かります分かります!」



今度はナマズが、探るような口調で問いかけた。


「ところで、埼玉国がこれだけ混迷しているわけですが。カッパさんのところ、志木市は動かないんですか?」


カッパは水かきのある手で、頭上の皿をかいた。


「はい。ご主人の志木様は、こうしてボクに水路を伝わらせ、諜報活動させて毎回報告を上げさせるのですが。その情報を何かに活かす風でもなく、ひたすら静観を決めているようです」


「へぇ~、志木市も帝都さいたま市の統治する埼玉国に従順であり続けると?」


「今は、そうみたいですね。でも実は志木様も、周辺地域の大名たちに密かに決起のようなものを呼びかけているみたいなんですよ。富士見《ふじみ》、三芳《みよし》、ふじみ野の3大名とは、よく話し合ってますね」


「へぇ~、三芳はともかく東武東上線の結束ですね。あれ、南隣の朝霞《あさか》とは話し合ってないんですか?」


「それがですね。朝霞、それと隣の和光《わこう》、あと新座《にいざ》も怪しいんですが。なにやら東京国の要人である練馬《ねりま》やら板橋《いたばし》やらという人物と頻繁に会っているらしくて。志木様もそれにはかなり警戒してるんですよね」


「フフフ、またまた東京国による陰謀の臭いがプンプンしますね~」


「分かります分かります! 東京人って埼玉人より何考えているのか分からないから本当に怖いです」



志木市のカッパと、吉川市のナマズ。

二匹は惜しみなく一切の悪気もなしに、互いの諜報情報を打ち明け合った。

水棲生物ゆえの純粋無垢さがそうさせたのだろう。

人間のドロドロとした駆け引きとは無縁である。



やがて――


「それじゃ、ナマズさん。ボクはこっちの水路に入るので。では、ごきげんよう!」


「はい、カッパさん。お互い荒川の水質に負けず頑張りましょうね。お元気で、さようなら~!」


二匹は別れた。



ナマズの後姿を見送りながら、カッパは思った。


彩の国は、これから更に荒れるだろう。

群雄割拠の乱世。

各地で独立の狼煙が上がり、埼玉は熾烈を極めていく。

この戦乱の果てに、最後の覇者となるのは一体どこの勢力か。

帝都さいたま市が立ち直るのか。

あるいは新たなる独立国がすべてを飲み込んでいくのか。


埼玉国を構成する63市町村の大名。

その中でどこが強く、どこが有名な存在か。

残念ながら、世間の人々が口にする候補の中に、志木市の名が挙がることは少ないだろう。

誰もが目先の人口規模や、華やかな観光地の知名度に目を奪われているからだ。


しかしカッパは信じている。

我が主君・志木様は、今はあえて静観を貫いているだけだ。

もしも志木様が、天下へ向けて独立決起されたその時には――


「志木様こそが、この彩の国を統べる埼玉の覇者となられるのだ!!」



遠ざかるカッパの気配を感じながら、ナマズは思った。


彩の国は、これから更に混迷するだろう。

群雄割拠の時代。

各地の諸将がしのぎを削り、埼玉は苛烈を極めていく。

有象無象、間引かれた後に覇権を掴み取るのは、一体どこの勢力なのか。

既存の埼玉国が呆気なく崩れ去るのか。

あるいは新たな新興国が取って代わるのか。


埼玉国を構成する63市町村の領主。

その中でどこが強く、どこが有名な存在か。

悲しいかな、世間の人々が語り合う噂の中に、吉川市の名が出ることは少ないだろう。

誰もが表面上の人口や、派手な観光地の知名度にばかり目が行ってしまうからだ。


でもナマズは信じている。

我が主君・吉川様は、今はあえて情勢を見据えて動かないだけだ。

もしも吉川様が、天下へ向けて独立決起されたその暁には――


「吉川様こそが、この彩の国を統べる埼玉の覇者となられるのだ!!」

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