第53話:児玉国の建国
上里サービスエリア。
関越自動車道を通じて日々、無数の人や物資が行き交う。
この場所は埼玉国の情報が、知らず知らずのうちに自然と集まってくる。
そのすぐ近くに位置する『このはなパーク上里』の上里カンターレ。
屋外テラス席に、4人の大名が集結していた。
本庄、上里、美里、神川。
先日の秩父王国討伐戦において、北ルート討伐軍として出陣した北部領主の諸将たちである。
この町の大名・上里はバームクーヘンや焼き菓子を気前よく皆に振る舞いながら、重々しい口調で切り出した。
「情報が入ってきたぜ。近い内に先日の秩父王国討伐の失敗、その“罰”が、帝都さいたま市から俺達に通達されるらしい」
テーブルを彩る絶品のスイーツとは裏腹に、集まった大名たちの顔が暗くなった。
ただ一人、神川だけがまったく意に介した様子もなく、夢中でバームクーヘンを頬張り続けている。
「我々には、一体どのような処分が下されるのでしょうか?」
美里が不安そうに声を震わせた。
上里は肩をすくめ、両手を軽く広げる。
「おそらく減封じゃねーの? 領地の一部を没収されるくらいの覚悟はしておいたほうがいいかもな」
「そんな……あんなに死力を尽くして戦ったのに。我らの兵だってだいぶ犠牲を出したんですよ? それなのに領地没収だなんて」
「帝都にとっちゃ“結果”がすべてなんだよ。俺たちがどれだけ必死だったとしても、敗走したっていう事実に変わりはねえ」
本庄が勢いよく立ち上がった。
秩父王国討伐で、大将を務めていた自責の念が抑えられない。
「すべては大将を務めていた私の責任です! 撤退の全軍命令を下したのもこの私! どのような処罰であれ、私がすべての責任を負います!」
普段は冷静な本庄だが、今は違う。
全身を強張らせ、真っ赤な顔は震えていた。
静まり返るテラス席。
神川がひたすらスイーツを咀嚼する音だけが響く。
上里が静かに口を開いた。
「本庄さんよ、あんたがどれだけ男気を見せようが、要はダ・サイタマ王が俺たちをどう評価するかだ。今回はどうやら俺たち一人ひとり個別に罰が下されるそうだぜ?」
本庄は溢れ出る悔しさに歯を強く噛み締める。
「私が不甲斐ないばかりに……。皆さん、本当に申し訳ありませんでした」
本庄はそう言うと、力なく椅子へ腰を下ろした。
美里はかける言葉もなく俯いている。
重苦しい空気の中、神川は手を伸ばして次のバームクーヘンを皿へと確保した。
気まずい雰囲気に耐えきれなくなったのか。
上里は黙って立ち上がり、テラス席の柵越しに遠くの景色を眺める。
眼下に広がる豊かな田園風景。
そこでは上里町の特産品である種小麦の穂が、秋風に吹かれて黄金色の波のように揺れている。
その黄金の波のひとつひとつには、何が詰まっているというのか。
きっとこの地で汗を流す民たちの夢と、ささやかでも確かな幸せが詰まっているはずだ。
上里は視線を上げ、どこまでも広がる青空を見上げた。
澄み渡る秋空。
かつてこの上里の地は、日本大陸初の女性海外飛行士である『西崎キク』を輩出した。
果てしない大空へ飛び立っていった先人の偉功。
上里は思う。
いつまでも帝都にこき使われて、足元で這いつくばっている場合ではない。
今こそ、自分たちもあの空へ飛び立つ時なのではと。
上里は振り返り、3人に視線を戻す。
「秩父は示した。埼玉国中央、帝都さいたま市の理不尽な命令に従うのをやめて、自分たちの土地と民は自分たちの手で守るってな」
そして少し間をあけて告げる。
「なぁ、本庄さんよ。俺たちも、秩父王国に続こうぜ?」
深く俯いていた本庄は顔を上げた。
上里は胸を張って言う。
「俺たちにだって、誇り高き土地と歴史がある。秩父地方に劣っちゃいねえよ。本庄市、美里町、神川町。で、俺の上里町。この4つの地域が、ひとつになればいい」
本庄は驚いて固まったまま。
美里は腹をくくったように、しんみりとした表情で頷く。
「そうですね。我々は命を賭して任に就き、それ相応の犠牲を出しました。しかしダ・サイタマ王は労いの言葉ひとつなく、我々に罰を与えようとしている。もうやってられませんね……そうは思いませんか?」
美里は寂しげに微笑むと、本庄へと温かい視線を向けた。
「本庄さん。我々はもう、帝都さいたま市のために戦うのはやめましょう。今度は我ら自身の愛する土地と、民のために戦いませんか?」
上里と美里が口にした言葉。
それは、埼玉国からの独立を意味する。
本庄にとって、あまりにも大きな賭けに思えた。
一度足を踏み出せば引き返せない重大な決断。
自分たちが属していた埼玉国を敵に回す覚悟。
だが果たして、致命的な選択だろうか。
帝都さいたま市のダ・ダイタマ王による、埼玉国の滅茶苦茶な統治。
理不尽に振り回され続ける未来など、目に見えているではないか。
それに本庄にはもう、上里と美里に異論を唱える資格などないように思えた。
先日の秩父王国討伐戦。
自分が大将として不甲斐なかったばっかりに、上里、美里、神川の兵を大勢傷つけてしまったのだ。
だからこそ、これからは彼らの決めた道に従うまでだ。
「……分かりました。上里さん、美里さんがそこまでおっしゃるのなら、私もその計画の一端を担いましょう」
「はぁ?」
上里は呆れたように息を吐いた。
「何言ってんだ? 本庄さんよ。一端を担うじゃねえだろ。あんたが大将をやるんだよ」
「はい?」
思いもよらぬ言葉に、本庄は絶句する。
隣の美里が優しく微笑んできた。
それを見て、本庄は今にも泣き出しそうな衝動に駆られる。
胸を締め付ける、自責の念。
「わ、私にそんな資格はありません! 私は大将の器ではないのです!」
上里はやれやれとぼやき、本庄の肩を叩く。
「俺たちに必要なのは、強い大将なんかじゃねえ。俺たちと俺たちの民を、見捨てない大将なんだよ。秩父王国討伐の時、大勢の負傷した兵を見捨てずに連れて帰ってこれた。あれはあのタイミングで大将が撤退命令を出したからだ。それに、敗戦の責任を全部自分ひとりで背負い込もうとしてるのもそう。自分のことしか考えねえダ・サイタマ王とは大違いだ」
上里と美里の、本庄へ向けられる視線。
温かい目だった。
それは本庄の心に直接触れてくるような眼差しで。
本庄は、また泣き出したい衝動に駆られた。
もう目には涙が浮かんでいる。
埼玉国から独立した秩父王国を見たことで、帝都さいたま市に従う以外の別の道もあるのだと気付かされた。
その別の道とは何か、改めるまでもない。
自分たちが生きてきた愛すべき土地、児玉郡。
そしてこの地域に生きる民を一番に考えて生きること。
揺るぎない本庄の答えだった。
「分かりました。皆さん、不甲斐ない私ですが……よろしくお願いいたします!」
自責の念で盲目になっていた本庄の心に、光が射し込んでいた。
上里と美里は、決心してくれた本庄に嬉しくなり、清々しい笑顔を作る。
袋小路のような閉塞感が漂っていた未来が、開けてゆく。
きっと、掴んで見せる。
ダ・サイタマの支配下に置かれていたときよりも、希望に満ちた素晴らしい未来を。
自分たちの手で。
本庄、上里、美里はがっしりと手を取り合った。
上里が晴れやかな顔で言う。
「じゃあさっそく、俺たちの晴れ晴れしい独立国家の名前を決めねーとな!」
「そうですね! ではその国の盟主となる本庄さん! ずばり何か良い案はありますか?」
「ふふっ、ではいくつか候補を――」
その時、神川が顔をあげた。
それまでひたすらスイーツを貪り食い、まったく会話に入ってこなかった神川が。
勢いよく席を立ち上がる。
「『児玉国』がいい! ボクたちの国の名前!」
口元にバームクーヘンの粉をつけたまま、嬉々とした笑顔でそう言い放つ神川。
ただ食い意地が張っていたわけではなかった。
最初から最後まで、話し合いをちゃんと聞いていたのだ。
『児玉』
それは古くからこの地域一帯を脈々と繋いできた誇り高き地名。
3人は感嘆の声を漏らす。
「児玉国か、良いじゃねえか! 埼玉国に対して、俺たちの児玉国!」
「我々の絆にぴったりですよ、本庄さん!」
「ええ、とても素敵な国名です!」
本庄、上里、美里は顔を見合わせ、口々に賛同し合った。
そして全員分のスイーツを平らげていた神川に、わっと抱きついた。
こうして誕生した『児玉国』。
独立に伴う不安はある。
心配も、懸念も、考えだしたらキリがない。
やらなきゃならないことは山積みで、とてつもなく忙しくなるはずだ。
だがそれ以上に、4人はこれからの夢を語り合う。
未来への希望を共有し合う。
その顔には誰ひとりとして陰りはない。
あるのは弾けるような笑顔だけ。
澄み渡る秋空を見上げて、児玉国の盟主・本庄が言った。
「我ら児玉国が、どこへ向かうのか。どこまで行けるのか。何を成し遂げるのか。実に楽しみですね」
上里と美里が力強く頷く。
神川が飛び跳ねて、無邪気に叫んだ。
「埼玉を天下統一!!」




