第51話:奥武蔵の建国
入間市にある『三井アウトレットパーク』。
秋物のトレンド服を視察するという名目のもと、この地を治める大名・入間は施設内を歩いていた。
「へぇ~。この秋はこういう落ち着いた色が流行るのか」
店頭に並べられたジャケットを手に取り、真剣な眼差しで布地を確かめる。
「あ、入間じゃん!」
不意に背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには見慣れた二人組の姿。
飯能と、日高だ。
二人とも両手いっぱいに買い物袋を抱え込んでいる。
「ふたりとも、こんな所で何やってんの?」
入間の問いかけに対し、飯能は屈託のない笑みで膨らんだ袋を持ち上げてみせた。
「見ての通り、秋服を買いに来たんだよ~」
無垢な表情を浮かべる飯能に対し、入間は思わず呆れ顔になってしまう。
「君たち、先日は秩父王国の討伐で散々な目に遭ったばかりでしょ? 呑気に買い物なんて、切り替えが早いねぇ」
飯能の隣にいた日高が苦笑いし、肩をすくめた。
「だからこそ、ですよ。気分転換というやつです」
「はは、なるほど」
三人は顔を見合わせて笑い合い、そのまま自然と意気投合した。
ショッピングモール内の喧騒を通り抜け、そのまま近くのフードコートへ。
それぞれのメニューを注文し、席についた。
「……でさあ」
飯能は重いため息をつく。
「ぼくと日高、秩父王国討伐に失敗しちゃったでしょ? そのことで帝都さいたま市からめっちゃ怒られたんだよ」
「帝都さいたま市というより、ダ・サイタマ王に……だな」
すぐにそう、日高が訂正を入れた。
埼玉国の絶対君主、ダ・サイタマ。
その名を聞いた瞬間、入間の顔も陰ってしまう。
ここ、三井アウトレットパークの毎月の売上収入のうち、5%もの額が通常の税とは別に帝都さいたま市へ吸い上げられている。
理不尽な王命だった。
飯能も日高も、ダ・サイタマによって無理やり討伐軍に仕立て上げられ、そして敗北した。
帝都さいたま市の兵を温存し、地方大名の兵ばかりを損耗させ、挙句の果てに激怒するとは。
本当に、とんでもなく身勝手で困った埼玉国の王である。
各市町村大名は、誰もが奴の横暴に振り回され辟易するばかりだ。
日高が神妙な面持ちで口を開く。
「討伐に失敗して叱責されるだけなら良かったんですが……我々は正式に“罰”を言い渡されました」
「罰?」
入間がそう聞き返すと、飯能が頭を抱えながら身を乗り出してきた。
「そうなんだよ! 聞いてよ入間! ぼくが言い渡されたペナルティなんだけどね、飯能市の宮沢湖にある『ムーミンバレーパーク』って知ってるでしょ? あそこに生息しているムーミンを捕獲して、帝都さいたま市へ献上しろって言うんだよ!」
「ムーミン? ムーミンって、あの白いカバみたいなやつ?」
「こら入間! なんてこと言うんだ! ムーミンはカバじゃない! 妖精! 最高の妖精なんだよ!!」
ムーミンって妖精だったんだ。
入間は心の中で密かに驚いた。
「帝都さいたま市の大宮区にある大宮公園内に動物園があるんだって! そこでダ・サイタマ王がプライベートでムーミンを飼育してみたいんだとか! あんまりだと思わない!?」
「う、うん……そうだね。でもまあ、納税2倍とかそういう厳しい罰じゃなくて良かったね。そのカバ、いやムーミンを差し出すだけで済むなら、まだマシなんじゃない?」
「何言ってるんだ入間! ムーミンを奪われる方が、ぼくら飯能市民にとっては遙かに絶望的だよ!」
「……そうなんだ」
ムーミンに対する飯能の凄まじい愛。
その圧に押され、入間は引きつった笑みを浮かべた。
気を取り直して、日高にもどんな罰を言い渡されたのか聞いてみる。
「日高にはどんなペナルティが?」
「はい。わたしの市には『サイボクハム』という、日高市を代表する豚肉を中心とした食のレジャー施設があるのですが。そこで加工するブランド豚『ゴールデンポーク』を、無償で100頭分献上しろと。噂によれば、ダ・サイタマ王は一日に豚一頭を平らげるほどの大食家らしく……」
「それは酷い。とにかく、どっちの罰もあまりに理不尽で滅茶苦茶だね」
その時、注文していた料理を持った店員がやってきた。
入間の前に置かれたのは、彼が注文したポークソテー。
「……あはは。なんか急に豚肉を食べる気分じゃなくなっちゃった」
食事が終わると三人は食後の狭山茶をゆっくりと口へ運び、一息ついていた。
飯能はしみじみとした表情でフードコートの天井を見上げる。
「帝都さいたま市は、ぼくたち地方の都合なんてお構いなしでさ。王命で戦わせられて、こっちは頑張ったのに。自分たちの兵だって大勢傷ついたのに。失敗したら地域の象徴を奪おうとするなんてさ、ダ・サイタマ王って最悪だよね!」
隣の日高も頷いた。
これは単なる敗戦の愚痴ではない。
自分たちは一体、何のために戦ったのか。
胸の奥に燻る耐え難い不信感と疑問。
それが飯能と日高に宿るのは当然といえる。
話を聞いている入間もまた、同じ意見を持っていた。
飯能は狭山茶を口に運ぼうとしたが、すでにコップの底は空っぽだった。
諦めて、もう一度しみじみと天井を見上げて呟く。
「秩父ってさ……今頃、何してるんだろうね。毎晩、宴でも開いてるのかな」
日高が応える。
「さあな。埼玉国から独立したんだ。自分たちの好きにやってるんじゃないか?」
「独立か……いいなぁ。ぼくたちも自由になりたいよなぁ~」
「そうだな。秩父の選択は、正しかったのかもしれないな」
入間はふたりの会話を黙って聞いていたのだが。
飯能が思いついたように、ぽんと威勢よく手を打った。
「だったらぼくたちだって、自分たちの国を作っちゃっていいんじゃない?」
「ふっ、簡単に言うな」
日高は鼻で笑ってみせた。
「わたしたちふたりだけで独立したって、すぐに帝都に叩き潰されるのが目に見えて――」
そこまで言うと、飯能と日高のふたりが同時に入間の方を振り向く。
チラ、チラチラ……。
視線が、完璧なシンクロ率で入間に注がれる。
「な、なんだよふたりとも? 人の顔をジロジロ見て…」
入間が引きつった笑顔で身を引く。
飯能と日高は互いに顔を見合わせ、意を決したように力強く頷き合った。
まずは日高が、入間に向かって深々と頭を下げる。
「入間殿。我々はもう、あの身勝手なダ・サイタマ王の埼玉国には付き合いきれません。だから独立しようかと。ですが我々ふたりだけではあまりにも心許ないのです。これも何かの縁……貴方を我らの新国家の盟主として担ぎ上げます! なのでどうか、我々と共に独立のために立ち上がってください!」
続いて飯能も頭を下げる。
「入間! 一生のお願い! 一緒に新しい国を作ろう! 入間がリーダーでいいからさ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
入間は返事に窮し、言葉を詰まらせた。
動揺を隠すように手元の狭山茶を口へ運ぼうとしたが、すでにコップの中身は一滴も残っていない。
視線を泳がせると、ガラス窓の向こうにはアウトレットパークを行き交う大勢の客。
愛すべき、民の姿が。
現在、埼玉国全域の各市町村には、帝都さいたま市から苛烈な重税が課せられている。
しかしミクロな視点で見ればどうだ?
その重税は民の一人ひとりに課せられ、その生活を押し潰している。
追い詰められた一部の民はどうなった?
埼玉への郷土愛を裏切る葛藤と苦悩に苛まれながらも、生きるために賊徒へと身を落とし非行に走っているではないか。
あまりに悲惨な状況。
帝都さいたま市のダ・サイタマに振り回された結果がこれだ。
だったらいっそのこと、自分たちの手で新たな秩序を作り上げたらどうだろうか。
自分たちの領地と民のためだけに生きてはどうだろうか。
そう願う気持ちは、入間とて飯能や日高と何一つ変わりはしない。
そして……
秩父王国という、独立に成功した前例がある。
入間は、頭を下げたままのふたりに向かって問いかけた。
「何故、その独立国の盟主に僕を?」
飯能が弾かれたように顔を上げる。
「ぼくと日高の領地は、山に囲まれすぎているからさ! 国を束ねて回していく商業力が必要なんだ! 入間なら人と物を集めて、それを外へと送り出す力があるでしょ? ぼくたちを牽引してくれるんだよ!」
日高もまた顔を上げ、切実な眼差しで入間を見つめる。
「入間殿。その昔、この地は『入間県』と呼ばれる広大な場所でした。その誇り高き名を受け継ぐ貴方にこそ、新たなる国家を導く長としての資質があると思います。どうか……どうか、我らをお導きください!」
飯能と日高の視線が眩しい。
入間は腕を組み、ふたりから目を逸らすようにフードコートの天井を見上げた。
今の埼玉国はかつてコバトンが王であった頃とは、あまりにも変わり果ててしまった。
ダ・サイタマは地方の市町村を、ただの搾取対象としか思っていない。
帝都さいたま市のみが栄えるこの国の未来は、もはや閉鎖的なものに感じられる。
守るべきは埼玉国、帝都さいたま市か。
それとも入間市民、飯能市民、日高市民か。
答えは、決まっていた。
今こそ……その秋。
入間は組んでいた腕を解き、二人を見据える。
「よし。じゃあ、建国しちゃう?」
入間が意を決してそう言った瞬間、飯能と日高の顔がパッと輝いた。
「入間~! ありがとう~~!!」
「ありがとうございます! 入間殿!」
感極まったふたりは、入間の両手を強く握りしめる。
入間は照れくさそうに頬を紅く染めた。
「と、ところでさ……新しく作る僕たちの国名はどうする?」
待ってましたとばかりに、飯能が嬉々として提案する。
「『奥武蔵』がいい! 絶対に奥武蔵がいいよ!」
「ほう、奥武蔵か。素晴らしい命名だと思うが、入間殿。いかがでしょう?」
日高もその風雅かつ歴史ある名に頷き、盟主である入間に意見を求めた。
「ふむ、奥武蔵ね」
『奥武蔵』
かつて飯能市や日高市を中心とした、西部の広大な地を指して呼ばれた名だ。
入間市の西端もその一部に含まれるが、実は奥武蔵という地域の明確な境界線は定まっていない。
その曖昧さゆえの広大さ。
飯能は、なぜ奥武蔵という国名にしたいのか。
ゆくゆくは、かつて奥武蔵と称された周辺地域をも併合しようと考えているのか。
将来的に周辺地域と共に栄えていこうという、未来への希望までも見据えているのかもしれない。
そう入間は思った。
「奥武蔵、良い名前だね。よし、僕たちの国名はそれに決定!」
「やったーーー!!」
飯能がフードコートの席から飛び上がった。
日高も心底嬉しそうに目を細める。
飯能は立ち上がったまま、得意気に宣言する。
「我らは今日より三市にして一つ! 埼玉国ではなく、奥武蔵として生きるのだ!」
飯能が席中央へ手を差し出す。
入間と日高は促されるように、飯能の手の上に己の手を重ね合わせた。
「ぼくら三市、生まれた地や風土は違えども! 今この時、同じ『奥武蔵』として如何なる時も、運命を共にせん!!」
盟主の入間に代わり、仕切り倒す飯能。
その姿に入間と日高は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべるのだった。
かくして――
入間市、飯能市、日高市の三市は同盟を結び、併合。
新国家『奥武蔵』が、ここに産声を上げたのである。




