第48話:ダ・サイタマ大激怒
「浦和が、川口にやられただと……?」
帝都さいたま市の新都心。
庁舎の最上階、王座の間にて玉座に腰掛けていたダ・サイタマは勢いよく立ち上がった。
「馬鹿者が! それで浦和軍はのこのこと戻ってきたというのか?」
居並ぶ官僚たちも、事の次第に驚愕し浮き足立っている。
川口市から帰還した浦和軍の参謀は、恐縮しながらも事態の顛末を報告した。
川口市に派遣されていた浦和軍の全軍撤退。
川口市の大名・川口が川口市民の総意のもと、市内の治安維持のために浦和軍ではなく『東京国』へ正式な庇護を要請した。
それに断固として異を唱えた大将・浦和が川口に抗議し一騎打ちに及んだものの、まさかの返り討ちに。
結果として、川口側の要求通りに浦和軍は撤退を余儀なくされた。
浦和軍が引き揚げたのと入れ替わりに、東京国の治安部隊が川口市に進駐したという。
報告はそれだけに留まらない。
東京国の庇護下に入った川口市は、すでに“川口市”という名を捨てていた。
『川口自治領』
名実ともに埼玉国の統治下から離脱。
事実上の独立、および東京国の保護領と化したことを意味している。
「東京国の露骨な内政干渉ではないか! “大陸の掟”を犯す重大な条約違反だ!」
そうだろうと言わんばかりに、ダ・サイタマは傍らに控える与野へ視線を向けた。
日本大陸の大原則――『大陸の掟』。
いかなる国家も、他国の領土・政権に対して軍事・政治的介入を行ってはならない。
そう定義されている。
だが一方で……
与野は苦しい表情を浮かべて言う。
「ダ・サイタマ様。“当該地域が自らの意思で他国へ庇護を要請し、保護関係を結ぶ”こと自体は禁止されておりません。今回の場合、川口市は東京国に侵略されたわけでも併合されたわけでもなく。あくまで隣国に援助を求めたという体裁になるかと」
説明する与野の顔は、酷くやつれていた。
今回の川口市に対する落胆はもちろんのこと。
日頃の過酷な職務によって心身ともに疲弊しきっていたのだ。
自己中心的で横暴極まりない王ダ・サイタマの暴政に対し、後から無理やり辻褄を合わせて周囲を宥める日々。
与野の身体は限界を迎えようとしている。
同じく中央の政務を担う岩槻。
彼もまた、暴政に喘ぐ市町村を慰撫し反乱を未然に防ぐために、今この瞬間も埼玉国を駆け回っている。
ダ・サイタマの怒号が王座の間に響き渡る。
「川口市は何が何であろうと我が埼玉国の一部である! 一地方の自治体が勝手に外国の軍を招き入れるなど決して許されぬ!」
暴君ダ・サイタマの言い分。
たとえ大陸の掟に背かずとも、与野は正論だと思った。
「仰る通りです。これはもはや単なる治安問題ではなく、我が国の根幹を揺るがす安全保障上の危機。埼玉国としては断固として見過ごせぬ非常事態です。東京国へ抗議の使者を派遣します。同時に埼玉国から“川口市”へ再進駐の検討も――」
「当たり前だ! 川口市に『自治領』などと名乗らせるな! 東京国の保護下などと……実際は埼玉国の懐に東京の影響下にある国を誕生させたようなものではないか! 断じて許さぬ! すぐに何とかするのだ!!」
「ははっ!」
ダ・サイタマの怒号を受け、官僚たちが青ざめた顔で一斉に退出していく。
浦和軍撤退の速報が帝都へ届いた直後、中央も手をこまねいていたわけではなかった。
与野らは、すぐさま緊急の電報を飛ばしていたのだ。
その送り先は川口市に隣接し、ちょうど手が空いているであろう蕨市。
ただちに部隊を率いて川口市へ進駐すること。
今件が事無きを得た暁には、川口市の一部の領土を蕨市の領地として組み込むことを約束する。
そういう破格の見返りをつけて。
蕨市の総面積はわずか5.11㎡。
埼玉国で最も小さい市である。
(全国でも最も面積が狭い自治体)
だから喉から手が出るほど領土を欲していると、中央は思っていた。
蕨市にとって、この提案は千載一遇の好機だと。
しかし蕨市の大名・蕨は、届いた緊急電報をあっさりと辞退した。
『今は次の“成人式”の準備でそれどころではない』と。
蕨市は成人式発祥の地でもある。
彼らにとって領土の拡大よりも、新成人を祝う伝統の方が遙かに重要だった。
ダ・サイタマは命令に背いた蕨に厳罰を処してやると凄んだが。
与野はどこか呆れつつも、領土の広さではなく誇りの広さで生きる市町村大名もいるのだと、密かに感心してしまった。
そうやっている間に、川口市へ進駐した東京国の治安部隊は手際よく地を固めてしまったのだ。
埼玉国にとって、今の事態は屈辱そのもの。
激しい怒りの感情が一巡したのか。
立ち上がっていたダ・サイタマは、深い溜め息とともに玉座へ沈み込んだ。
「……それで、浦和はどうなった?」
恐々とした様子で待機していた浦和軍の参謀が、震える声で答える。
「う、浦和様は大怪我を負い、さいたま赤十字病院へ搬送されて現在入院中でございます!」
「……本当に、あの川口が浦和をやったのか?」
「は、はい! 実は浦和様と川口が互いの奥義をぶつけ合い、その衝撃波によって私は後方へ吹き飛ばされてしまいまして。嵐が去った後に急いで現場へ駆けつけると、そこには浦和様だけが意識を失い倒れていたのです! 川口はすでにその場から姿を消しておりました!」
「……分かった。もうお前も下がれ」
ダ・サイタマが手を振り払い、浦和軍の参謀は頭を下げて退出していった。
静まり返る王座の間。
ダ・サイタマは目元を片手で覆い、隠しきれないショックを吐き出すように呟く。
「……浦和め、失望したわ」
やはり埼玉国における本当の最強、ダ・サイタマが真に頼れる武将は“大宮”だけなのか。
浦和は大宮と肩を並べる実力のライバルであり、同格の双璧かと思っていたが。
ただの買いかぶりだったのかもしれない。
川口などに遅れを取りおって。
ふと、ダ・サイタマはこの場に大宮がいないことに気づき、与野に問う。
「大宮はどうした?」
「さいたま赤十字病院へ浦和の見舞いに。本当は私もすぐにでも向かいたいところですが」
ダ・サイタマは両手で頭を抱え込んだ。
その姿はこれ以上ないほどの失意が色濃く漂っている。
ダ・サイタマを打ちのめしているのは、今回の川口の件だけではないのだ。
『秩父王国』討伐の失敗。
先日、埼玉国は南北の二ルートから埼力も兵数も秩父王国に勝る討伐軍を送り込んだ。
だが結果は悲惨極まる、二軍とも敗走という大敗北。
ド田舎の秘境と見下していた秩父勢力に、埼玉国は泥を塗られた。
この失態をそのままにするわけにはいかない。
埼玉国中央、帝都さいたま市は舐められ、各市町村も独立できるかもしれないという危険な思想が波及してしまう可能性がある。
すぐに新たな討伐軍を再編成し、今度こそ秩父王国を殲滅せねばならない。
前回は秩父地方に隣接する市町村を中心に討伐軍を編成したが。
次は埼玉国全土から選りすぐりの精鋭を集め、第二次秩父王国討伐軍を結成する。
「与野よ、秩父王国再討伐の準備と作戦の立案は進んでいるのだろうな?」
「はい。北西地域の治安維持および監視拠点となる寄居町の『鉢形城』の再建整備も、着々と完成へ近づいております」
俯いて目元を覆っていたダ・サイタマが、ゆっくりと顔を上げた。
その顔には衰えるどころか、再び苛立ちで真っ赤に染まっている。
「吾輩はな、前回の討伐で無様に敗走した討伐軍(本庄、上里、美里、神川、飯能、日高)に対し、失望と怒りで今にも胸が張り裂けそうだ。重い処罰を課してやる!」
その言葉を聞いた瞬間。
与野のやつれ切っていた表情が、更に深く歪んだ。
全身の血が一気に頭へ逆流したかのような真っ赤な顔。
遂にこれまで一度たりとも見せたことのない激昂を、ダ・サイタマへぶちまける!
「いい加減にしてくださいっ!!」
ダ・サイタマは予期せぬ与野の態度に目を丸くした。
「な、なんだと……?」
「これ以上、地方の市町村を虐げてどうするのですか! ますます帝都さいたま市から心が離れていきますよ! このままでは皆、あの秩父王国や川口自治領のように埼玉を捨てて離反していきます! 良いのですか!? 今や埼玉国は建国以来最大の危機に瀕しているというのに――っ!!」
与野の溜め込み続けていた怒りの叫び。
そこまで言い切った直後、与野の足元が揺らぐ。
過労、重圧、ストレス――そのすべてが決壊。
与野が、倒れた。
「よ、与野よ!? どうした!?」
生まれて初めて臣下に怒鳴られたダ・サイタマ。
王たる自分を侮辱されたという怒りなど湧かなかった。
ただ、倒れた与野が心配で心配で。
「与野よ、大丈夫か! 誰か! 誰か――!!」
ここは埼玉国――
混迷を極める乱世の戦記が――
幕を開ける――!




