第47話:禍々しいオーラを放つ男
川口めがけて放たれた、浦和の紅蓮蹴球。
左足を痛めてしまった川口は、回避を諦めた。
覚悟を決め、防御の構えをとる。
己の誇りと歴史を刻んだ埼術を顕現させるため、川口もまた力強く言葉を紡ぎ出す。
詠唱(埼唱)
『聞け、かつてこの街に響き渡った溶解炉の燃焼音を。鉄は溶かされ、叩かれ、形を与えられる』
『その産業の記憶を、今ここに不落の盾として顕象する! 鋳物よ、我が身を守り給え――!』
川口の埼玉術式奥義が地を揺らす――!
『溶解形成・鋳鉄防壁!!』
川口の前の地面が割れ、そこから鋳物剛鉄の巨大防壁が威風堂々と飛び出した。
どこまでも硬く、どこまでも堅牢に。
あらゆる攻撃を防ぐ超絶的な鉄壁が、浦和の埼術を正面から迎え撃つ!
浦和が放った渾身の紅蓮蹴球が、川口の鋳鉄防壁に激突した。
鼓膜が破れそうになるほどの爆音。
周囲の木々が倒れんばかりに激しく揺れる。
衝撃波によって離れて見ていた浦和軍の参謀と副官、それに川口の家臣が吹き飛ばされた。
鋳鉄防壁は防ぎきれるのか。
互いの埼玉術式奥義は拮抗するかに見えた、が――
川口の鋳鉄の防壁に、クモの巣状のヒビが!
「お、押しやられているだと……!?」
川口の眼鏡の奥の瞳が、失意で見開かれる。
駄目だ! 防ぎきれない!
キューポラ。
それは鋳造のためにコークスの燃焼熱を利用する溶解炉のことである。
かつて川口市は鋳物産業で繁栄した過去を持つ。
建築用品から機械部品、日用品に至るまで、川口鋳物は埼玉国だけではなく世界にその名を轟かせた。
時代が軍需産業へとなだれ込んだ際、特需によって川口市はキューポラのある街として注目の的だったのだ。
しかしオイルショックを発端に鋳物産業は衰退。
後継者不足や生産拠点の移転など。
主要取引先であった大手自動車メーカーの発注も流出が止まらず。
かつて何百とあった鋳物工場は、今や市内で片手で数えるほどしかない。
代わりに増えたのが高層マンションである。
川口駅周辺の鋳物工場跡地に次々と建設され、街の風景はガラリと変わった。
産業の衰退と都市開発。
流転こそ万物の宿命。
流れゆく時間の中で、人も、街も、変わり続けていく。
いや、変わらざるを得ないのだ。
この世に不変など、どこにも存在しない。
それでも人は、街は、心の中にいつまでも変わらずに色褪せない『永遠』を追い求め続ける。
埼玉に生きる者にとっての“郷土愛”。
そして“帝コバトンへの絶対的な畏怖と敬意”が、まさにそれであった。
鋳鉄防壁が限界を迎える。
浦和レッズ。
現在も民を熱狂させる、最も勢いのあるサッカーチーム。
対する川口の鋳物産業。
かつて街を支え、日本大陸にその名を轟かせた圧倒的な特色も。
今となっては、過往の記憶となりつつある歴史の産物。
すでに勝敗は、決まっていたのかもしれない。
今後、川口は鋳物ではない現在の川口市としての新しい埼玉術式奥義を閃くことがあるかも。
再び爆音。
ついに耐えかねた鋳鉄防壁が粉々に決壊した!
防壁を突き破った浦和の紅蓮蹴球が、逃げ場のない川口の身体を飲み込む!
「ぐわあああぁぁ───!!!」
総身を焼かれる川口。
炎にまとわれながら、はるか後方へ吹き飛ばされる。
想像を絶する痛み……ではない!?
川口が感じたのは情熱、想いの熱量であった。
真っ直ぐな浦和魂……いや、埼魂。
冷め切っていた胸の中に、温もりが浸透していく。
絶望と失望が、希望と展望に。
見限っていたはずの埼玉への想い。
それが再び呼び覚まされるような……
あまりにも熱く、どこまでも温かい攻撃であった。
倒れた川口に向かって、浦和が歩み寄ってくる。
川口は即座に身を起こし構え直そうとしたが、既に手にしていたはずの剣はなく、身体も震えていた。
近づいてくる浦和からは、戦意が感じられない。
浦和は川口の前に屈み込むと、人懐っこい笑みを浮かべる。
そっと、右手を差し伸べた。
「川口……俺の魂は届いたか? もう一度だけ埼玉国を信じて、俺たちと一緒にやり直してくれないか?」
熱くて、優しくて、真っ直ぐな言葉。
凍っていた心が溶けていく。
わだかまりが解けていく。
川口が呆れたように息を漏らした。
その表情は穏やかだった。
川口は差し伸べられたその手を握り返そうと、自分の手を伸ばして――
~イ゛ィ゛ィケ゛ェ゛ェフ゛ク゛ロ゛ォ゛ォ゛ォォ~
「!?」
突如として周囲の空気の密度が何十倍にも跳ね上がる!
浦和と川口に戦慄が走った。
何だ、この禍々しいオーラは!?
凄まじいプレッシャー。
息を吸うことすら困難な、身の毛もよだつ邪気。
そのおぞましい気配は、川口駅の方向から押し寄せてくる!
浦和と川口は、同時に川口駅の方角へ振り向いた。
不気味な足音。
やがて姿を現したのは、1人の男であった。
肩まで伸びたストレートの長い髪。
凛々しくも凍えるような眼光。
身に纏っている白銀の鎧は、まるで無機質なビル群を連想させるように冷たく。
きらびやかなマントは、まるで繁華街の極彩色を彷彿させる。
見る者すべてを屈服させるような、圧倒的な威圧感。
「誰だ、お前は?」
浦和が身構えて、男を睨みつけながら問いただした――
その瞬間!!
浦和の身体が、ボロ雑巾のように宙を舞っていた。
「え……?」
間近にいた川口は何が起きたのか理解できない。
それは浦和も川口も、眼で捉えることすらできない神速の一撃だった。
地面へ叩きつけられた浦和は、口から血を吐いてそのまま動かない。
意識を失っている。
さいたま四天王、埼玉国の最強と謳われる浦和が……
一撃で!?
唖然とする川口。
静寂の中、謎の男の豪奢なマントが揺れる。
マントには、ある紋章が金の糸で刺繍されていた。
それを見た川口の顔から、一気に血の気が引く。
フラッシュバックする、かつての記憶。
三郷ジャンクションを襲った賊徒。
その頭目が所持していた、謎の拳銃。
その銃身に刻まれていた不気味な刻印と、まったく同じ紋章だった。




