第44話:浦和アルディージャ
頭を抱え、苦悩する浦和。
浦和は河川敷に一人腰を下ろし、静かに揺れる荒川の水面を見つめていた。
水面に映る浦和の姿は、不安定に揺らいでいる。
まるでこれまで信じ切っていた己の正義が崩れていくように。
先日の定例会で突きつけられた、川口からの糾弾。
“浦和軍が川口市民を虐げている”
「俺の軍が、俺の知らぬところで川口の民を傷つけていたとはな……」
軍紀の徹底には厳しく当たっていたつもりだった。
それだけに報告された悪行の数々はあまりにも衝撃的で、浦和の胸を深くえぐった。
自分の目の届かぬ場所で、浦和軍の名に泥を塗るような暴虐を働く兵がいるなんて考えられない。
部下たちを信じたい。
何かの間違いだと信じたい。
部下を疑うことは、将としての裏切りだと思った。
浦和軍の大将として、浦和が抱える軍務は多岐にわたる。
司令部兼宿舎として浦和軍に充てがわれた川口総合文化センター・リリア。
浦和自身はそこで作戦立案や指揮命令をはじめ、市民との折衝、治安の再建などで日々忙しい。
川口市の広範囲に配置した浦和軍治安部隊の現地視察など、できるはずもなかった。
ふと――
水をかき分ける音が聞こえてくる。
顔を上げ視線を向けてみれば荒川の下流、水しぶきを上げて遡上してくる無数の小舟。
掲げられた『戸田』の将旗。
戸田市の大名・戸田率いる戸田水軍の船団であった。
「おや? 浦和様じゃないですか!」
先頭の艇に乗っていた戸田が河川敷の浦和を見つけ、手を振る。
声をかけられ、浦和は重い腰を上げた。
「……おう、戸田か。水軍の調練とは精が出るな」
戸田市は埼玉国唯一の水上競技場『戸田ボートコース』が存在する。
更に荒川の広大な水域に接する地理的条件から生み出されたのが、埼玉国が誇る水軍、戸田水軍であった。
浦和は荒川の水面を埋め尽くす戸田水軍を見渡したものの、その表情は暗かった。
その沈み切った様子を捉えた戸田が、心配して河川敷に艇を止めた。
顔色を窺うように、浦和に歩み寄る。
「浦和様? 浮かない顔をしてますが」
「まあな。俺の配下が川口市民に対して乱暴を働いてるって、川口から訴えられたんだ」
それを聞いた瞬間、戸田の表情が一変する。
「浦和様、実はですね……僕もそのような光景を、さきほど目撃したばかりなんです」
「マジかよ!?」
浦和は仰天する。
戸田は気まずそうに視線を泳がせながら下流方向を指差した。
「ほんの少し前、下流の河川敷で水軍の調練を行っていた時のことです。浦和軍の赤い兵装を着た連中が、民を取り囲んでいるのが見えました。最初はてっきり賊の取り調べかなと思っていたのですが……」
「それで!?」
「あの……その……無抵抗の民に、暴行を加えてました」
「何故すぐにそれを止めなかった!?」
浦和は激昂し、戸田を凝視する。
戸田は苦渋して応えた。
「僕たち戸田軍が勝手に介入すれば、それこそ浦和軍と戸田軍の武力衝突になってしまうかも知れませんでしたので。それに浦和様がそのような暴力を命じたとは思えませんでした。だから迂闊に手を出すべきか、黙っているべきか迷っていたんです」
浦和はいよいよ深刻な顔つきになる。
第三者である戸田までもが、浦和軍の悪行を目撃したのだ。
この先、荒川下流の河川敷にまだ奴らはいるのか?
今日はたまたま時間が空き、一人で考え事をするために荒川に足を運んでいたが。
本来であれば軍の大将である浦和が訪れるような場所ではない。
浦和は憤って額の血管が浮き出ていた。
目の届かぬその死角で、浦和の名を汚す戯け者を断じて許すわけにはいかない!
「戸田! 教えてくれ! その現場はどこだッ!?」
戸田に教えられた現場へ急行すると――
奴らは、まだそこにいた。
「……お前ら、そこで何をしている?」
浦和が凄まじい足取りで歩み寄る。
赤髪のモヒカン頭の兵が十人ほど。
確かに浦和軍の正装を着込んでいる。
兵たちは川口市民と思われる1人の男を取り囲んでいた。
男は血だらけになって虫の息で地面に倒れ伏しているではないか。
浦和の喉から、雷鳴のような怒号。
「貴様ら!! そこで何をしているッ!?」
轟くような怒声に驚き、十人の兵が一斉に振り返った。
浦和の鬼のような形相を見て、沈黙する赤モヒカンたち。
浦和軍は大軍であり、大将である浦和は全兵士の顔と名前を完璧に把握しているわけではない。
しかし部下思いで知られる浦和。
日頃から可能な限り一人ひとりの顔と名を覚え、兵たちと交流するよう心がけていた。
だからこそ自軍の兵の雰囲気は、感じ取ることができる。
目の前にいる十人。
誰一人として浦和兵の気配を微塵も感じ取ることができない。
「お前たち、どこの部隊の者だ?」
浦和は暴発しそうな感情を押し殺し、低い声で問いただす。
モヒカン頭の一人が冷笑した。
「あぁん? どこの隊だと? バカかてめェは。この赤い兵装を見りゃあ分かるだろうが! オレたちは天下無双の浦和軍の兵隊様よォ〜!」
致命的に不自然だった。
仮に本物の浦和兵であれば、規律に厳しい大将・浦和本人が突如目の前に現れたのだ。
驚愕し、直立不動で敬礼するはず。
ところが目の前の赤モヒカンたちは顔を見合わせ、ヒソヒソ話を始める。
「おい……あれ本物の浦和じゃねぇか?」
「本物の浦和がこんな河川敷に一人でいるわけねぇだろ」
「だよな。オレたちみたいな偽者か、あるいはソックリさんだろ」
そのやり取りを聞いた瞬間、浦和の中で疑念が確信へと変わった。
「お前たちは俺の兵ではないな。取り調べを行う。大人しくついて来い!」
「あァ? オレたちに指図すんじゃねェ!」
「貴様、何と言った?」
無礼な赤モヒカンの言葉に、浦和は抑えていた埼圧が爆発する。
周囲の空気が鋭利な重圧となり、赤モヒカンたちを包む。
「ひィっ!?」
あまりのプレッシャーに恐怖した兵の一人が、慌てて倒れていた住民の首根っこを掴み上げた。
「動くな! この男がどうなってもいいのかァ?」
「何言ってやがる。既にボコボコじゃねえか。この民が一体何をしたっていうんだ?」
浦和がそう詰めると、人質を取った兵は虚勢を張った。
「軍の徴発だって言ってるのに金を一銭も持ってねェ! 俺たちが河川敷を歩いてるのに端によって道を譲らねェ! つまり反抗的な賊徒の予備軍だ! だから分からせてやったのよォ!」
「なるほどな。川口市内で多発していた浦和軍の一連の悪行。すべてお前たちの仕業だったというわけか」
「何のことだかさっぱりだぜ! だがなァ! 川口の民どもをたっぷり可愛がってやったのは事実だぜ? ギャハハハハ!」
「随分と浦和軍の評判を落としてくれたな……」
浦和の怒りは静かに沸点へ達した。
両手の拳をポキポキと鳴らせ、鈍い音を響かせる。
赤モヒカン兵たちは一斉に剣を抜いた。
「バカな奴め! たった一人でオレら天下の浦和軍を十人も相手にしようとはなァ!」
浦和は構わず一歩、また一歩と赤モヒカンへ近づいていく。
全身から発せられる埼気はもはや、可視化できるほど濃厚なものだった。
「お、おい……動くなよ! この民の首を刎ねるぞォ!?」
それは――
人質に刃が届くよりも遥かに速く――
音速を越えた圧倒的な武――
剣を構えていた十人の赤モヒカン兵は、瞬く間に打ちのめされ河川敷に倒れていた。
さすがは浦和。
埼玉国最強を誇り、大宮と双璧をなす圧倒的猛者。
浦和は地面に転がる兵の一人の胸ぐらを掴み上げた。
鬼気迫る表情で睨みつける。
「お前らは何者だ?」
「ひぃいいい……!」
「その浦和軍の軍服とエンブレムはどこで手に入れた?」
「オ、オレたちは正真正銘の浦和軍です。だから身に付けてます……」
浦和の鋭い眼つきが和らぐ。
「ほう、そうか。ならば答えてみろ。現在のさいたま市を構成する区のうち、旧・浦和市であった行政区をすべて言ってみろ!」
「⋯⋯ほぇ?」
不意を突かれた兵が狼狽した。
「答えるんだよッ!」
「う、浦和区……!」
「それだけじゃねぇだろうが!」
「み、南区……!」
「続けろ」
「さ、桜区も一部がそうでしたよね?」
「おう、あとは?」
「……み、見沼区!」
「バカ野郎ッ!! 緑区だろうがぁぁぁッ!!!」
浦和の怒りの鉄拳が炸裂する。
兵は荒川の土手を猛スピードでゴロゴロと転がっていった。
間髪入れず、浦和は隣に倒れていた別の兵の襟首を掴み上げる。
「次は貴様だ。浦和を代表するサッカーチームの名はなんだ? 答えろ」
「えっと……えっと……浦和……」
赤モヒカン兵は頭をフル回転させ、閃いたように顔を輝かせた。
「浦和アルディージャ!」
沈黙。
荒川の風がピタリと止まった。
浦和の肩がプルプルと激しく震えている。
「バカ野郎ッ!! それは大宮のチームだろうがぁぁぁッ!!!」
浦和の渾身の蹴りが炸裂。
偽兵はふき飛ばされ、また荒川の土手を転がり落ちていく。
浦和は倒れる赤モヒカンの偽兵たちを見下ろした。
「お前ら覚悟しろよ! 今まで散々浦和軍に扮して悪事を働いてくれた分、容赦なく拷問……いや尋問して、黒幕を吐かせてやるからな!」
まさに、その時だった。
倒れる赤モヒカンたちが、突如として激しく身体を痙攣させる。
苦しそうに尋常ではない様子。
「おい! どうした? 大丈夫か!?」
浦和は一番近くに倒れていた兵を抱き起こす。
兵は口から泡を吹き、白目を剥く。
他の兵も同様だった。
痙攣が止み、赤モヒカンたちは事切れて動かなくなってしまった。
「こいつら奥歯に毒を仕込んでいやがったのか……!」




