第39話:朝霞と練馬
朝霞市の栄町にある陸上自衛隊広報センター『りっくんランド』。
かつてこの地に存在した伝説の組織『陸上自衛隊』が駐屯したとされる聖地である。
現在では自衛隊が誇った兵器を“見て、触れて、学べる”ミュージアムとしてその姿を変えていた。
敷地内にある10式、90式、74式といった戦車、重装甲車、そして通称『コブラ』の異名で恐れられた攻撃ヘリコプターAH-1Sなどがずらりと並び、訪れる者を圧倒する。
この壮観たる兵器群を、肩を並べて見て回るふたりの男。
この地を治める大名・朝霞と、隣国から親善訪問した異民族・東京人の練馬。
練馬は朝霞へ感嘆と笑みを向ける。
「りっくんランドは素晴らしい。一般の民にも広く公開し、あまつさえ入場料は無料。私の街も、かつては自衛隊が駐屯した歴史ある地だが、このりっくんランドの充実ぶりには羨望を禁じ得ぬ。兵器の価値を知る私だからこそ分かるが、これらは古代の高度な技術が結集した、まさにオーパーツ! 更に驚きなのが入念に手入れされていて、今すぐにでも実戦投入できる状態に保たれてることだ」
「恐縮です。この施設は朝霞市を代表する施設ですから」
朝霞がにこやかにそう返事した時、一羽の鳩が戦車砲の先端へふわりと舞い降りた。
練馬は足を止め朝霞の方へ振り返ると、声のトーンを落として問いかける。
「……時に、朝霞殿。風の噂で聞いたのだが、現在の埼玉国は新たなる埼王が即位して以来、その暴政ゆえに大変な荒れようとか?」
「ええ。まあ、否定はできませんね」
「王の暴君ぶりに各地で賊徒が出没し、遂には反乱勢力として秩父地方が埼玉国からの独立を宣言したとも?」
「はい、よくご存知ですね。今朝のニュースで僕も目にしました。討伐軍が編成され、秩父王国に向けて進軍中とのことです。秩父地方は遠い地ですが、決して他人事ではありません」
練馬はしばらく黙り込んでいたが、やがて意を決したように口を開いた。
「朝霞殿。どうだろう? これほどの兵器を保有しているのだから。いっそのこと埼玉国から独立すれば?」
「はい……?」
「これだけの武力があれば周辺地域を平定し、それこそ朝霞国を建国することすら可能ではないか?」
沈黙、妙な空気が流れる。
戦車砲の先端で羽を休めていた鳩が、逃げるように飛び去っていく。
朝霞は引きつった笑みを浮かべて、誤魔化すように応えた。
「はは……何を仰いますか、練馬殿の冗談はスケールが大きいですね」
朝霞は戸惑いながらも、隣に立つ練馬の顔を窺う。
口元こそ穏やかな笑みを浮かべているが、目がまったく笑っていなかった。
気まずさを感じているのは自分だけなのか、それとも練馬もなのか。
東京人という異民族の感覚は、埼玉のそれとはズレているのかもしれない。
朝霞はそう思った。
「練馬殿、これら兵器はかつての自衛隊が遺した『自衛』のための兵器です。侵略の為のものではありませんよ」
ぎこちない苦笑いを浮かべる朝霞を見て、そこでようやく練馬は妙な空気になっているのに気づいた。
「あっはっは! いやはや失敬。思ったことがそのまま口に出てしまうのが私の悪い癖でな。朝霞殿を困らせてしまったのなら、どうかご容赦を」
その後も施設を巡りながら、領地を治める領主同士として世間話を交え親交を深める朝霞と練馬。
やがて別れ際の時。
最後に、練馬が朝霞に言った。
「一つだけ……。朝霞殿はこの施設を、『朝霞市を代表する施設』と仰っていたな」
「はい」
「それも間違いではないだろう。だが実のところ、この施設の所在地は『東京都練馬区大泉学園町』として登記されている」
「あ、いや、えっと、それは」
言葉を詰まらせる朝霞を見て、練馬は優しく微笑んだ。
「構わんよ。動揺することはない。別に領有権を主張して張り合う気はない。行政区境をまたぐ施設というものは、ややこしいものだな」
ほっとする朝霞だったが、その直後、練馬は静かに釘を刺した。
「ただ……万が一、この先、朝霞殿がこれら自衛隊の兵器を使用する機会が訪れたら、必ず事前に私へ一報入れて欲しい。領土の問題上、私にも関係があるのだから。それに、私の街もかつて自衛隊の拠点だった地だ。きっと兵器の運用において朝霞殿の役に立てると思う」
「わ、分かりました……」
朝霞の背中には冷や汗が流れていた。
何故、冷や汗が出るほど追い込まれているのか、朝霞自身わからなかった。
対する練馬は穏やかな顔で別れを告げる。
「では、またな」
去り行く練馬の後ろ姿。
その背中が遠ざかり小さくなっていく。
そこへ別方向から隣の市、新座市の大名・新座が軽快な足取りで近づいてきた。
「オッス朝霞、どこ見てるんだ?」
「ああ、新座か。何しに来た?」
「射撃とヘリのフライトシュミレーターをやりに来たんだよ。ゲーセンのより面白くてさ」
「どうせ無料でやれるからだろう?」
「まーな!」
新座の茶目っ気のある笑み。
しかし朝霞の視線はすぐに、遠ざかり背中の小さくなった練馬の後ろ姿へと戻っていた。
異様な緊張感を漂わせる朝霞の表情を見て、新座が覗き込むように尋ねる。
「なぁ、誰と会ってたんだ?」
「東京国の練馬殿だ」
「練馬殿か……。俺も知ってるぜあの東京人。おおらかで優しいけどよ、正直なに考えてるのか分からない人だよなぁ」
新座は笑いながら軽口を叩き、場の空気を和ませようとした。
だが朝霞の表情は一切崩れない。
黙りこくったまま、神妙な顔つきで遠くを見つめていた。




