第38話:赤羽の謝罪
秩父地方が埼玉国からの独立を宣言。
秩父王国を建国した。
これを国賊による反乱と断じた埼玉国の王ダ・サイタマ。
即座に秩父地方近隣の市町村からなる秩父討伐軍を結成し、南北の2ルートから侵攻を開始させるのだった。
討伐軍が秩父王国へ進軍していた、まさにその頃。
帝都さいたま市でも新たなる事態が動き出していた。
新都心の庁舎、その最上階、王座の間。
さいたま四天王のひとり、与野の謁見。
「ダ・サイタマ様、ご報告がございます。以前、三郷ジャンクションに出没した賊徒が見慣れぬ刻印入りの拳銃を所持していた件です。出所の調査が完了し、ようやく真実に辿り着きました」
ダ・サイタマは玉座に深く座り直し、目を細めた。
「ほう。拳銃の出所はどこからだった?」
「慎重に裏付けを取りようやく突き止めました結果、埼玉国より遥か南に『東京人』と呼ばれる異民族の国家が存在するのですが――」
「東京人だと? 聞き捨てならぬな。埼玉国の南に位置するならば『南京人』ではないのか?」
「ダ・サイタマ様。世界の中心は埼玉国ではございません。世の中はもっと広いのです」
ダ・サイタマはちょっとムッとした。
「……まあよい。で、その東京人とあの拳銃に何の関係があるというのだ?」
「はい。拳銃に刻印されていた謎の紋章。それこそが、他ならぬ『東京国』の国章だったのです」
「な、なんだと!?」
ダ・サイタマは驚きのあまり、玉座から転げ落ちそうになった。
「まさか……! その異民族の東京国が賊に武器を流して、我が埼玉国を攻撃させようとしていたのではあるまいな!?」
激高するダ・サイタマ。
口から飛んだつばが、与野にまで届いた。
構わずに与野は首を横に振る。
「それはあり得ません。国同士の干渉、ましてや力による侵略など論外です。この日本大陸には『大陸の掟』と呼ばれる、最高峰の理が存在します」
――大陸の掟――
すなわち境界不可侵の絶対律的な約束事である。
日本大陸に古来より領域を隔てる絶対線(現実でいう都道府県境)。
この境を越えて国家が軍事力・政治力を伴って他国へ干渉することは、如何なる理由があろうとも許されない。
ただし、民間人の往来、商人による交易、文化交流、留学、婚姻、観光、個人間の争いは禁じられていない。
つまり国家・国家に準ずる組織の干渉は不可、民間の交流は可ということである。
与野はダ・サイタマをなだめるように言葉を繋ぐ。
「しかしながら、埼玉国の領内に東京国の武器が存在したのは紛れもない事実。直ちに抗議声明を出して東京国へ使者を派遣しました。すると向こうも事の重大さを理解したのでしょう。実は本日、東京人が謝罪に来ております」
「おお、そうか。国家の威信に関わる問題だ。厳重な説明責任を果たしてもらわねばな。それと詫びの品も」
ダ・サイタマが連れてくるよう、与野に命じる。
やがて与野の案内によって、ひとりの老人が王座の間に姿を現した。
小さく丸まった背中。
両目が深く刻まれたシワの奥に隠れている。
「初めてお目にかかります、埼王様。わたくしは『赤羽』と申します」
男はそう名乗り、深々と頭を下げた。
ダ・サイタマの目には、何の変哲もない老人にしか映っていない。
だが与野は違う。
鋭利な明晰さ、不気味なオーラを感じ取っていた。
「此度は誠に申し訳ありませんでした。御国におかれましては各地で賊徒が出没し、大変な苦労をされていると聞き及んでおります。実は――恥ずかしながら我が東京国におきましても、治安が乱れておりまして。軍の正式拳銃が賊に盗まれるという不祥事が発生し、困り果てていたのです。まさかその賊が御国の領内へ侵入し、ご迷惑をおかけしていたとは。まったくもって面目の次第もございません」
赤羽は曲がった背骨をさらに折って、深く頭を垂れる。
そのへりくだった姿勢を見て、ダ・サイタマは心底反省しているのだなと思った。
だが、やはり与野は違う。
白々しい演技に思えた。
この老人の底知れぬ何かを感じ取り、油断できぬ相手だと警戒を抱く。
ダ・サイタマは赤羽を見下すように、上から声を浴びせる。
「面をあげよ、赤羽とやら。盗まれた拳銃は返還してやる。貴様の誠意も伝わった。だがな、言葉だけの謝罪で済むと思ってはおるまいな?」
赤羽がゆっくりと顔を上げた。
相変わらず目元は深いシワで隠れ、表情はよく分からない。
「勿論でございます、埼王様。我が国からの心ばかりの誠意です。お納めください」
赤羽が合図を送ると、控えていた従者たちが見慣れない山のように積み上がった菓子折りを運んできた。
「なんだこれは。包装に『東京ばな奈』と記されているが?」
初めて見る異国の銘菓。
赤羽に促され、ダ・サイタマは包装を剥いで一つ口にしてみた。
「ふわふわの生地、そして中に入った甘く濃厚なバナナカスタードクリーム……」
ダ・サイタマはあまりの美味さに目を見開き、玉座の上で身を乗り出す。
「与野よ、お前もひとつどうだ? これは美味いぞ!」
「……いえ、私は遠慮させていただきます」
東京ばな奈に満足するダ・サイタマだったが、赤羽は更なる誠意を見せる。
「此度の不祥事に対して菓子だけで許してもらおうなどとは考えておりません。慰謝料並びに両国の和平の証の意味も込めて謝罪金100億円をお納め致します」
「100億だと!?」
「100億円ですって!?」
ダ・サイタマと与野の驚きの声が重なる。
100億円。
それはまさに独立を宣言した秩父王国の市町村が、帝都に納めていた1年分の税金に匹敵する。
それがたった1回の謝罪金でポンと提示されるとは。
「それでは『埼玉りそな銀行』の帝都の口座へ振り込んでおきますので、確認しておいてください」
ダ・サイタマは歓喜のあまり玉座から立ち上がった。
「赤羽! そなたを気に入ったぞ! 東京人は実に羽振りが良いのだな!」
赤羽を大絶賛し始めるダ・サイタマ。
その横で、与野は怪訝な顔になっていた。
いくら不祥事の揉み消しとはいえ、たかが拳銃一丁の流出に対して100億円である。
東京国の経済力はよほど裕福なものらしい。
単なる謝罪金などではない何らかの意図を、与野は感じずにはいられなかった。
最後に、赤羽は再び深く頭を垂れた。
そして王座の間を退出するその後ろ姿に。
「待たれよ、赤羽殿」
与野は声をかけて引き止めた。
振り返る赤羽の顔。
深いシワの奥に隠された目が鋭く光ったのを、与野は見逃さなかった。
「なんでしょうか、与野様?」
「拳銃の返還と謝罪金については済んだが、我が国としてはこれで終わりというわけにはいかない。今回の不祥事に関する詳細な顛末書と再発防止計画書を作成してもらいたい。そして後日、埼玉国庁舎の安全管理課宛てに郵送することを要求する」
口頭の謝罪と金でうやむやにしない。
しっかり正式文書として形に残す。
大事なことだった。
赤羽は一瞬だけ間を置くと、棒読みの口調で告げた。
「……承知致しました。速やかに作成し、届けさせましょう」
赤羽が今度こそ王座の間を立ち去る。
与野の内心は穏やかではない。
あの赤羽のきな臭さ、何かが引っかかる。
腑に落ちない。
後味の悪さに渋い顔になる与野。
対して玉座に座るダ・サイタマは、入金された100億円の通帳を見て鼻歌を口ずさんでいた。
与野の頭の中に浮かび上がる危惧。
埼玉国の南部にあり、東京国と隣接する川口市。
日常的に東京人との交流が盛んな川口市だが、最近になって急激に治安が悪化していた。
賊徒の出没は埼玉全土で確認されている。
しかし川口市は地元の有力な豪族までもが、賊徒と手を組んで大名の川口に反感し始めているという。
事態を重く受け止めた帝都さいたま市から、浦和を川口市へ派遣している最中ではあるが。
今件に関して、東京国が関与しているという証拠はない。
にも関わらず与野は不安を掻き立てられ、胸騒ぎを払拭できずにいた。




