第33話:本庄・上里・神川・美里軍の進軍
秩父王国討伐軍として招集された北側ルート進軍勢力。
本庄、上里、神川、美里。
彼らの軍はこの辺一帯の公共交通の要である寄居駅に集結していた。
秩父鉄道の寄居駅から秩父方面への運行は現在、反乱を起こした秩父王国によって全面停止させられている。
討伐軍はリスクの高い山道ではなく、見通しの良いこの鉄路を徒歩で行軍するのだ。
「今回、ダ・サイタマ様より北側討伐軍の大将を仰せつかりました本庄です。皆さんよろしくお願い致します」
「俺は上里だ! 副将をやらせてもらう。よろしくな!」
「ボクは神川! よろしくね~!」
「美里です。よろしくお願いします」
諸将で自己紹介を交わす。
連れてきた兵たちも互いに挨拶を交わし、和やかな一体感が生まれた。
そしていよいよ進軍の時。
見送りのために寄居町の大名・寄居がやって来た。
「ようよう皆の衆! 秩父征伐、頑張ってくれよな~!」
討伐軍大将の本庄は慎ましく一礼する。
「寄居さん、激励ありがとうございます。あの、ところで先程から気になっていたのですが……」
そう言って駅の南側、荒川の対岸へと視線を向けた。
本来ならそこに史跡である鉢形城跡があるはずなのだが。
重機や木材が運び込まれ、大勢の土木建築業者が行き交う光景。
なんと跡地どころか本格的な築城に向けて工事に取り掛かっているではないか。
「鉢形城は復元中なんですか?」
寄居は鼻の下を指でこすり、誇らしげに胸を張った。
「そうだぜ! 鉢形城は今、絶賛再築城中なんだわ!」
荒川と深沢川を利用した関東屈指の名城、鉢形城。
かつて北条氏邦が城主を務めたこの城は、豊臣秀吉による小田原攻めの際、前田利家や上杉景勝率いる2万の大軍に包囲されても耐えてみせた。
最終的には佐竹義宣らも加わり、総勢5万という圧倒的大軍に包囲されてようやく開城に応じたという。
超絶的な要害として歴史にその名を刻んでおり、今では城趾を残すのみだったのだが。
「帝都さいたま市のダ・サイタマ様からの命令でな。埼玉国北西地域の治安維持のための監視拠点にするんだとよ!」
本庄たちは納得の表情を浮かべた。
それで寄居は今回、築城の施工管理で忙しく、秩父地方に最も近いのに討伐軍のメンバーから外れていたのか。
「気をつけて行けよ~! 危なくなったら遠慮なくここへ戻ってこい! 秩父の連中は手強いぞ~!」
手を振る寄居に別れを告げ、討伐軍は秩父鉄道を行軍していく。
討伐軍の背中が見えなくなったところで、寄居はヘラヘラと笑い出した。
再築城が進む鉢形城の天守予定地へ目を向ける。
「ヘヘ! 帝都の管理物件として工事が進んでるけどよ。最終的にこの要塞を手に入れるのはオレ様よ! ダ・サイタマが投入した金でオレの城を造らせている。ハッハッハ! 笑いが止まらねーぜ!」
本庄を大将とする北側討伐軍は、不通となった鉄路を徒歩で進軍していく。
道中、線路の両脇に広がる山林や物陰から、秩父軍の伏兵が襲いかかってくることもあった。
何度か小競り合いへと発展したものの、多勢に無勢。
地の利は敵にあったが、本庄は数の利を活かして押し返していく。
敵は無理して粘ることなく、山奥へと後退していった。
今回の埼玉国による討伐作戦は、南北からの挟撃である。
南側からは、飯能・日高軍の総兵1万が西武秩父線から進軍しているという。
そしてここ北側でも、本庄ら4市町村の軍勢1万が秩父鉄道を進んでいる。
対する秩父王国の正規兵は、全軍合わせても1万に満たないと事前情報が入っていた。
南北からの同時侵攻に対応するため、敵は兵力を二分せざるを得ない。
圧倒的な人手不足に陥っているはずだった。
侵攻1日目に樋口駅で敵の籠城に阻まれた。
だが本庄は焦らず、包囲してからあえて一箇所だけ開けて敵の退路を作った。
じわじわと圧力をかけると、敵兵は狙い通りその抜け道から引き下がっていった。
侵攻2日目は野上駅でまとまった敵軍と交戦した。
駅舎でしばらく攻防が続いたが、数に利のある討伐軍を足止めできないと悟ったのか。
泥沼の長期戦に入る前に、またもや敵兵は手際よく後退していった。
手合わせした本庄ら諸将の顔に、余裕の笑みはない。
戦ってみて、はっきりと分かった。
秩父王国の一兵一兵が、異常なまでに強い。
迂闊に深追いすれば、討伐軍に大きな被害が出るだろう。
引き際も見事なもので、敵の損失兵はほぼいない。
本庄は副将の上里へ唸るように言った。
「秩父軍の兵は強いですね」
「だよな。認めたくねぇが、俺たちの連れてきた兵よりも精鋭と言わざるを得ない」
何か特殊な特訓でも積んでいるのではないか。
本庄の背筋に冷たいものが走った。
もし鉄路ではなく山道から侵攻していたらどうなっていただろうか。
本庄、上里、神川、美里は、埼玉国内では山間部に近い大名だ。
山適性Bのステータスを持った手堅い陣営といえる。
それでも南軍の飯能や日高のような、山適正Aランクの大名には及ばない。
もし山中で秩父の兵と対峙していれば、奇襲や罠にはまり甚大な被害が出ていたかもしれない。
その点、見通しが良く罠も見破りやすい鉄路進軍という帝都が指示した進軍ルートは、今のところ正解と言っていい。
本庄たちは慎重に鉄路の枕木を踏みしめ進軍していった。
討伐軍による1日目の樋口駅制圧、2日目の野上駅制圧。
3日目の夕刻にはその更に先、長瀞駅の陥落に成功した。
しかし本庄たちの顔に安堵はない。
長瀞駅の東にそびえる宝登山に、広範囲にわたって無数の篝火が灯っていたからだ。
秩父軍は山中に大規模な陣を張っている。
このまま鉄路を突き進み、敵国首都の秩父市へ向かうのは危険だ。
宝登山の敵を無視して全軍を進めれば、横腹を突かれるか、背後から挟み込まれてしまう。
討伐軍は進軍を一時停止し、荒川を背にする形で陣営を組んだ。
東側の山際に数百人の立哨を配置し、こちらも篝火を焚く。
長瀞駅を中心にあちこちで陣屋が手際よく設営され、飯盒の煙が立ち上り始めた。
今夜はここで寝泊まりする。
美里が美里町の特産であるブルーベリーをかごに山盛りにして持ってきた。
疲弊した将兵たちに配って回る。
「うっま!!」
口にした誰もが思わず開口一番にそう言っていた。
フレッシュな甘みと絶妙な酸味。
全軍の疲労が吹き飛ばされていく。
敵が布陣している宝登山の方面は張り詰めた空気が漂っている。
対照的にその逆方面、討伐軍陣営のすぐ裏手に広がる荒川の河川敷は穏やかであった。
静かに佇む、長瀞の岩畳。
地球の歴史を物語る地質学の聖地として語られていた。
かつてここは海であったという。
悠久の川の流れは、遠く帝都さいたま市の方へと続いている。
川底の岩盤が削られてできた穴型のポットホール。
海底だった地層が剥き出しになった秩父赤壁。
見る者を惹きつけてやまない地質現象。
だが岩肌の縞模様が不気味だった。
夜襲を警戒しつつも、何事もなく夜が明けた。
朝日が昇るのと同時に、本庄は放っていた偵察兵から報告を受ける。
宝登山の敵陣に『皆』の旗本を確認したという。
すなわち秩父王国の将、皆野の本陣ということだ。
「ほう。ここは長瀞町ですが、皆野が戦線を張っているのですね」
さらに偵察兵は明るくなった今になっても、敵兵の数が読み切れないと報告してきた。
「敵は巧妙に山中の木々に隠れているということでしょうか?」
本庄の問いに、偵察兵は困惑した様子で答える。
「それが……山中に秩父地方のマスコットキャラクターの等身大パネルが大量に配置されているのです!」
「はい?」
「秩父市のポテくまくん、小鹿野町のおがニャッピー、横瀬町のブコーさん、皆野町のみ~な、そして長瀞町のとろにゃんです! これら等身大パネルが至る所にあり、遠目からは兵と見分けがつきません!」
本庄と一緒に偵察兵の話を聞いていた副将の上里が顔をしかめた。
「秩父王国め、小賢しいマネしやがる。宝登山に布陣する敵数をこちらに把握させないデコイ作戦か。だがな、どのみち討伐軍の方が圧倒的に兵数が上なんだ。なぁ大将! 俺たち1万の圧倒的兵力で宝登山を一気に包囲、掃討してやろうぜ? 後顧の憂いを絶ってから敵国首都の秩父市へ進むのが上策だと思う」
そう進言する上里に対し、本庄は首を横に振った。
「こちらが焦って宝登山に攻め上ったら、逆落としをかけられます。仮に皆野軍を駆逐できたとしても、我ら討伐軍の被害は甚大なものになるでしょう。敵はまだこの先にいるのです。ここは迂闊に動かず、長瀞駅に滞陣してしばらく様子を見ようじゃありませんか」
「そうだな、分かったぜ大将!」
しかし、
宝登山の秩父軍は一向に山から下りてくる気配を見せず、ただ沈黙を貫いている。
長瀞駅周辺に陣を構える本庄たちと、宝登山に陣取る皆野軍は睨み合いのまま、丸一日が過ぎ去った。




