第31話:飯能・日高軍の進軍
鉄路の枕木を踏みしめる大軍の足音。
飯能軍と日高軍は、運行の途絶えた西武秩父線の線路上を、徒歩で進軍していた。
秩父地方が『王国』を称して、一方的に独立を宣言した。
国賊となった秩父王国に対し、飯能と日高に帝都さいたま市から討伐命令が下ったのである。
こちらは南軍で、北側からは本庄を大将とする討伐軍が結成され、秩父鉄道の線路から進軍しているらしい。
二方面からの挟撃作戦。
軍勢の数や埼力を鑑みれば、自分たち討伐軍側が圧倒的有利であることは疑いの余地もないのだが。
南軍の大将を務める飯能は不安を抱えていた。
飯能は自身が治める飯能市もまた山の地形であり、山で育てられた者たちの屈強さを理解していた。
秩父地方は決して人口が多い地域ではない。
しかし、あの地に生きる山の民は忍耐強く、兵もまた精強なことだろう。
横を歩く副将の日高へ、それとなく不安を吐いた。
「せめて入間が後詰めとして加わってくれていれば、心強かったんだけどね」
「そうだな。だが決まってしまったものは仕方ない。南軍は我々だけでやり通すしかない」
日高はそう言いながら、周囲の山林に鋭い視線を走らせるのを怠らない。
関東平野しか知らない帝都さいたま市の采配だったが。
結果としてダ・サイタマが決めたこの討伐軍の人選は、正解と言えた。
秩父地方に隣接する市をそのまま討伐軍として差し向けたわけだが、地理的な適性は極めて高い。
飯能も日高も、普段から山々の気配に精通している。
常に前衛に山岳戦に熟知した偵察隊および警戒網を展開させていた。
山林に身を潜めているであろう伏兵も、迂闊には手出しができないと見える。
今のところ静観を保っているようだった。
「ぼくたち飯能や日高の山と地形自体は似ている。けれど、やっぱりここはぼくたちの知らない山だ」
「ああ。だから慎重に進軍しよう」
時折、山林の陰からゲリラ戦を仕掛けられることもあった。
でも山道と違って鉄路は見通しが良く、道幅も一定に保たれている。
飯能・日高軍は乱れることなく、即座に迎撃の布陣を維持して対処した。
秩父軍は本気でこちらを壊滅させようというよりは、あわよくば疲弊させようという程度の牽制に留めて後退していった。
何度か小規模な小競り合いが起きたが、敵は本格的な交戦に入る前にあっさりと撤退して消えるのだ。
秩父軍の層の薄さが目立った。
討伐軍が南北から挟撃していることは、当然敵の偵察隊も察知しているだろう。
北側からの進軍の防衛にも人員を割かねばならず、こちら南側に配置できる兵力にも限界があるのだろう。
進軍一日目に、飯能・日高軍は芦ヶ久保駅をあっけなく陥落させた。
駅舎や道の駅での籠城戦にはなったものの、半日程度で秩父軍は陣地を放棄し退却していったのだ。
「う~ん、ねえ日高。どうも秩父軍は本気でぼくたちと戦っているように見えないんだけど?」
「確かに。気味の悪い引き際だ。だが油断は禁物だ。これまでの小競り合いだけでも分かる。秩父軍は精鋭だ。何か特殊な調練でも積んでいるのかもしれぬ」
ふたりの心配を余所に、二日目には次の横瀬駅もすんなりと陥落させることができた。
横瀬の砦にはおよそ1000の敵兵が守備に就いていたが、飯能・日高軍の1万で力押しをかけた。
すると多勢に無勢か、わずか数時間の攻防で秩父軍は速やかに退却していったのだ。
秩父軍側の誤算は、やはり同じく山に精通した飯能と日高の存在なのかもしれない。
ふたりは山道でなくても、これまで山間の鉄路に仕掛けられた罠の類を全て未然に回避してみせたからだ。
「よし! 横瀬駅の制圧完了!」
「皆の者、よくやった! 今日はここで一泊する。篝火を焚いて陣営を張れ! 飯盒の用意だ!」
日高の号令とともに、兵たちは駅の構内やホームに野営の準備を始めた。
討伐軍はすでに敵地である横瀬町の深部まで侵攻している。
目の前はもう、敵国首都である秩父市との市境。
見上げれば夕闇の武甲山が、不気味なほどの圧倒的スケールでそびえ立っていた。
飯能は支給された夕食を口に運んでいたが、あまりの順調さに逆に困惑していた。
「ねえ日高、ぼくたちはかなり敵陣の深くに入り込んでいるはずだよね。なのに相手は本気で抵抗してこない。このままだと大した戦闘もないまま、秩父市街へ足を踏み入れちゃうよ?」
「そうだな……ちょっと拍子抜けだ。罠なのかどうか。それとも本当に秩父地方は過疎化が進んでいて、防衛に回せる人員がいないのか?」
ふたりとも、決して秩父軍を過小評価してはいない。
埼玉国の平野部の市町村とは違い、山の民の恐ろしさを身をもって知っている。
「我々を奥地まで引き込んで、持久戦に持ち込む気なのだろうか?」
「でもさ、単なる誘引作戦には思えないんだよね。本陣を整えるための時間稼ぎなら、芦ヶ久保や横瀬の各駅でもっと粘るはずでしょ? なのに撤退の引き際が鮮やかなんだよなぁ。奪い返そうと反撃をかけてくる気配もないし」
飯能の言う通りだった。
芦ヶ久保駅と横瀬駅という二つの拠点を簡単に捨てた秩父軍の動向。
領土を犠牲にして時間稼ぎをしているようにはとても見えないのだが。
結局、横瀬の町を占拠したまま、飯能・日高軍は何事もなく翌朝を迎えた。
夜中立哨に当たっていた兵や、早朝から周辺の索敵に向かっていた偵察隊から次々と報告が入る。
周囲に伏兵は皆無で、秩父軍がこの陣地を取り返しに襲撃してくる気配はまったくなかった。
「こんなに無抵抗なら、横瀬町も飯能市にしちゃうぞ~!」
朝日を浴びながら、飯能は両手を上に伸ばして背伸びする。
穏やかな表情だ。
対して隣にいる日高は眉間にしわを寄せていた。
これほど不自然なほどスムーズに進軍できた場合、本来であれば一度進軍を停止し警戒すべきである。
何故なら奥へ進めば進むほど補給線が伸び切ってしまうからだ。
普通の将であれば、ここで進軍をためらうだろう。
「日高~! そんな難しそうな顔しなくてもいいんじゃない?」
飯能と日高はあまりにも有能すぎた。
彼らにとって、補給線の伸びなど何の問題にもならない。
領地が山の彼らはサバイバルに長けている。
秩父軍が仕掛けた罠を軽々と回避しつつ、周囲の山々から湧き水や食用の植物や獣を確保できた。
まさに現地調達しながら進軍が可能な討伐軍なのだ。
「ねぇねぇ! このまま一気に秩父王国の本拠地まで攻め込んじゃおうよ!」
「そうだな。行けるところまで、あえて踏み込んでみるとするか」
西武秩父線の終着点、西武秩父駅。
到着してみれば、ここにも秩父軍は配置されていなかった。
辺りに索敵をかけてみたが、伏兵もいない。
それどころか、駅に併設されていた商業施設『祭の湯』で、呑気に温泉に浸かっている敵兵を発見した。
秩父軍の捕虜第一号として取り押さえた。
温泉施設を手に入れた飯能・日高軍は、連日の進軍の汗を流すことにした。
束の間の入浴である。
「ふう、いい湯だったね~」
「ああ、極楽であった」
だが彼らの楽観ムードもそこまで。
湯上がり後に装備を整えていた時、入浴前に放っていた偵察隊が駆け戻ってきた。
「報告! この先の市街地の後方、敵影多数!」
飯能と日高は息を飲んだ。
「……なるほどね。流石にここからは敵さんも本気というわけか」




