第30話:秩父王国討伐軍の編成
帝都さいたま市、桜区下大久保にある埼玉大学。
その地下に、総力研究所が存在する。
モニターのブルーライトが薄暗い作戦会議室を満たしている。
総力研究所が導き出した『VS秩父王国』侵攻シュミレーションの結果を所長が報告していた。
「以上が模擬演習の結果です。埼力と秩父地方の入り組んだ山道からの多角的な進軍。これらを判断材料にあらゆる想定を繰り返しましたが、我が埼玉国の勝利は揺るぎません」
所長は中指で眼鏡を押し上げ、自信に満ちた表情を浮かべてダ・サイタマに結論を述べた。
ダ・サイタマは満足げに笑みを漏らす。
「余裕で勝てるということか。やはり秩父などただの過疎地だな。赤子の手を捻るようなものだ」
その場に同席していた与野が、所長に横槍を入れる。
「待て。このシュミレーションは人口差と単純な埼力の基準に偏り過ぎていないか?」
所長は嘲笑うようにして応えた。
「与野様、埼力は公式の戦闘力指標です。そして人口と兵力差は戦の要、我が埼玉国と比べ物になりません」
「私が聞いているのはそういうことではない。あとこのシュミレーション、進軍ルートが山道となっているが?」
「はい。秩父王国は我が軍の討伐を察知し、西武秩父線と秩父鉄道の運行を全面的に停止させました。鉄道網を潰せば我々の進軍を防げると思ったのでしょう。しかし見て下さい。山道はガラ空きです」
所長は手元のリモコンを操作し、モニターにGoogleマップを映し出した。
「秩父地方の地形と道路網を徹底的に調べました。多方面の山道から強襲するのが上策。これは我ら埼玉国側が確実に勝てる完璧な算出データなのです」
「そうは思えない。このシュミレーションはあまりにも楽観的過ぎないかと聞いているんだ!」
与野が激を飛ばすと、所長はビクッと肩を揺らした。
「まず埼力はあくまで目安であり、絶対視するものではない。そして山道からの進軍は悪手だ。道幅が狭く、こちらの大軍の利を殺すことになる。国道を使おうなどと思わないことだ。あれは酷道だぞ?」
与野の凄みに所長が後ずさる。
「秩父地方の山道は、彼ら山の民にとって罠を張る格好の場。平野部での戦いしか知らない我々が踏み込めば危険だ」
「で、では一体どこを進軍路にすればいいんですか?」
「電車が封印されたのなら、その鉄路そのものを徒歩の軍道として使えば良い。鉄路は常に一定の幅が保証され、見晴らしも良い。敵のゲリラ戦や奇襲にも対応しやすい」
「そ、そうですか……」
「進軍ルートの問題だけではない。討伐に参加させる将の候補者は? 山岳における地形適性を考慮しているか? 想定される秩父王国側の気質、敵将の埼術考察についてはどうなんだ!?」
「えっと、その……っ!」
与野の質問攻めに所長はしどろもどろし、言葉が詰まってしまう。
これまで静観していたダ・サイタマが、やれやれと割り込んだ。
「そういきり立つな、与野よ。所詮は山奥の田舎民による烏合の衆ではないか」
「ダ・サイタマ様。秩父王国を甘く見てはいけません」
与野は険しい様相でダ・サイタマに訴える。
「秩父地方は険しい山岳地帯であり、言わば天然の自然要塞なのです。あの地を攻略するには相当なリスクが伴う。攻める側が圧倒的に不利です」
「まあ良い。埼力数値を鵜呑みにするなというお前の意見も分かるが、それでも一つの確固たる物差しであることに変わりはない。おい、所長。そのデータ表を見せろ」
「はは……っ!」
所長は眼鏡をクイと押し上げると、リモコンを操作してモニターに秩父勢力のデータを映し出した。
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【秩父王国の暫定埼力(戦闘力)表】
秩父王国の総埼力:95500
秩父:60000
小鹿野:10000
皆野:9000
横瀬:7500
長瀞:6500
東秩父:2500
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数値を見上げたダ・サイタマは、心配するなと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「与野よ、見てみろ。あのお山の大将どもの合計埼力値など、10万にも届いておらんではないか。恐るるに足りん。所詮は田舎者どもが起こした一揆よ」
「ですが、敵の地の利を考えると……」
「西部偵察隊の目視調査によれば、秩父王国の兵数も1万に達していないと報告が入っている。与野よ、吾輩は肩の力を抜けと言っておるのだ」
「しかしながら、ダ・サイタマ様……!」
食い下がる与野に対し、ダ・サイタマは肩をすくめ、構わずに話を進める。
「それでは秩父討伐軍を編成する。『秩父王国』などという独立国家はこの世に存在しない。あれは我が埼玉国の領土を不法に占拠するただの反乱勢力だ」
だが今回もダ・サイタマに、さいたま市から兵を出す気は微塵もなかった。
遠方までわざわざ帝都の精鋭を出すまでもない。
都会の人間は忙しいのだ。
田舎の平定などに構っている暇はないという、傲慢な思いがあった。
何より、宮殿の完成もいよいよ大詰めだ。
とは言っても、近隣の市町村へ大規模な動員令を出すのも乗り気ではない。
討伐軍を大掛かりに編成すれば、動員された市町村は軍役優先で納税が滞る。
帝都の歳入が減るのをダ・サイタマは嫌う。
ダ・サイタマは与野の横顔を覗き見た。
一向に険しい顔を崩していない。
あそこまで警戒しているのは、この埼玉国を思ってのことか。
ダ・サイタマはその意を汲み、討伐軍を編成することに決めた。
「よし。では二手に分かれ、南北から挟撃する。討伐軍の編成は――」
ダ・サイタマからの下知を受け、所長は速やかに討伐軍の編成データを作成した。
モニターへ投影する。
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【秩父王国討伐軍編成】
南部進軍ルート
(正丸駅より西武秩父線鉄路にて徒歩進軍)
主将:飯能(埼力:78000 出兵:6000)
副将:日高(埼力:54000 出兵:4000)
埼力合計:132000 総兵力:10000
北部進軍ルート
(寄居駅より秩父鉄道鉄路にて徒歩進軍)
主将:本庄(埼力:77000 出兵:5000)
副将:上里(埼力:30000 出兵:3000)
部将:神川(埼力:13000 出兵:1000)
部将:美里(埼力:10000 出兵:1000)
埼力合計:130000 総兵力:10000
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「どうだ与野、これならお前も不満はあるまい?」
「……確かに、数字の上では」
ダ・サイタマの誇らしげな視線を受け、与野は沈黙する。
それを見て所長も安堵したようだ。
「埼力も兵数も、敵である秩父王国の倍以上だ。それを挟撃の二方面で作戦展開する。直ちに該当の市町村へ王令を通達せよ! 功績を挙げた者には、先の鴻巣平定戦の時のように恩賞を約束するとな!」




