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第29話:旅立ちの日に

朝焼けの時刻。

黎明に染まる“秩父ミューズパーク”は、幻想的な静寂に包まれている。

その広大な敷地の一角、眼下を見渡す高台『旅立ちの丘』に、秩父地方の諸将たちが集結していた。


秩父ちちぶ小鹿野おがの横瀬よこぜ皆野みなの長瀞ながとろ、そして東秩父ひがしちちぶ


丘の下に広がる雲海をかき分けるように、浮かび上がる大勢の影。

霧の中からぞろぞろと兵たちが姿を現す。

建国決起に伴い秩父全域から徴用された総兵力は、流石に1万の大台には至らなかった。

総勢9000を越えたといったところだろうか。

膨大な人口を誇る関東平野の市町村と比較すれば、山岳地帯は居住地域が限られている。

故に兵の捻出も容易なことではなく、埼玉国との圧倒的な数的不利は否めない。


にも関わらず、統率する秩父の顔に心配の面影は微塵もなかった。

何故なら数を補って余りある絶対の自信があるからだ。

そう、兵は数より精鋭。量より質なのである。


秩父王国の兵たちは挙兵に先立ち、ある過酷な試練を課されていた。


『秩父札所三十四ヶ所巡り』


秩父地方に点在する三十四の観音霊場を全て徒歩で巡る、古より伝わる究極の修行である。

各寺を巡り、僧から朱印をスタンプラリーのように授かっていく。

その過程で兵たちは、己の煩悩を削ぎ落とすのだ。

三十四ヶ所の札所をすべて制覇した頃には、兵たちは心身ともに屈強な精兵へと変貌を遂げるのである!




東秩父が漉き上げた至高の細川紙で作られた建国宣言書。

諸将たちの想いが込められた調印が押されている。

事前に三峯神社と秩父神社で建国祈願も済ませた。

秩父全域からは続々と武具と兵糧も集結しつつある。


水平線から差し込む黄金色の朝焼けが、辺りを神々しく照らしていた。

あたかも天が独立を祝福しているようではないか。


国家樹立の準備は整った。




諸将と9000の精鋭兵たちは整列する。


「ワッショイ! ワッショイ!」


後方から掛け声とともに、秩父直属の衛兵が黒塗りの巨大なグランドピアノを囲むようにして運んできた。

やがて秩父の前でそれを鎮座させる。

遅れて椅子も運ばれてきた。


秩父は厳かな表情で、用意された椅子へ腰掛けた。

鍵盤に指を軽やかに走らせると、静寂していた丘に澄み切った旋律が響き渡る。

伴奏が始まった。


諸将も兵たちも両隣の者と肩を組む。

そして、昇る太陽に向かって一斉に声を張り上げた。


~【旅立ちの日に】~


秩父市にある中学校の教員たちによって生み出された合唱曲である。

今や全国の小中学校の卒業式で“定番の卒業ソング”として歌い継がれており、その知名度は計り知れない。



『白い光の中に~♪ 山なみは萌えて~♪』



『遥かな空の果てまでも~♪ 君は飛び立つ~♪』



誰が指示したわけでもない。

自然と兵たちの声は、バス・テノール・アルト・ソプラノに分かれていた。

大軍勢による混声四部合唱が、秩父の山々にこだまする。

大地が震えているような気さえした。



もともとこの曲は、学校の先生が生徒たちの未来を想って作ったという背景がある。

希望と別れをテーマにした、卒業後の新しい世界へと送り出す力強いメッセージ。


旅立ちは期待だけではなく、不安も付きものだ。

慣れ親しんだ仲間との、別れの寂しさもある。

でもそれらを全て受け入れて、未来への揺るぎない希望と決意を掲げる。


この歌には、その万感の想いが込められている。



『いま別れの時(埼玉国から)~♪』



『飛び立とう(建国しよう)未来信じて~♪』



『弾む若い力信じて(気持ちはいつだって青春)~♪』



『この広い~♪ この広い~♪』



『大空に~~~♪』




おとこたちの目が、熱い涙で濡れていた。

この魂の大合唱は、きっと遠く離れた帝都さいたま市にも届いたことだろう。



合唱が終わり、秩父は残響を慈しむように鍵盤から指を離した。

辺りを再び静寂が包む中、秩父はゆっくりと立ち上がる。

時間をかけて整列する同志たちを見渡した後。

声を高らかに宣言した!


「諸君! 我らは今日、埼玉国から“卒業”する! そして――」



諸将たち、9000の兵の熱い視線が秩父に注がれている。

秩父はそれに応えるように、拳を天に向かって力強く突き上げた。



「『秩父王国』の建国を、ここに宣言するーッッ!!」



「おおおお~~ッッ!!」

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