第2話:苦悩する最強武将の大宮と浦和
帝都さいたま市内にある『ヤオコー』。
埼玉国を代表する食品スーパーである。
人々の生活の匂いが色濃く漂うその店内に、大宮は紛れ込んでいた。
ニット帽を深くかぶり、サングラス、そしてマスク。
すべてこれも、埼玉国を代表する服屋『しまむら』で揃えた。
一見すれば、どこにでもいる買い物客のひとりにしか見えない。
まさかこの男が帝都の重鎮であり、埼玉国に名を轟かせる最強武将“大宮”であるなどと、気づく者は買い物客に誰もいなかった。
店内には落ち着いたBGMが流れ、賑やかな雰囲気だ。
老若男女の客が行き交う。
大宮はそんな民を優しい眼で眺めながら、陳列棚の価格表示に視線を落とす。
(……良かった。思ったよりも安定している)
そんな時だった。
「大宮じゃないか?」
不意に背後から声がかかり、大宮の心臓が跳ねた。
この完璧な変装を見破る者がいるとは。
観念して振り返ると――
「浦和か! どうしてこんなところに?」
そこに立っていたのは、大宮と同じく帝都を支える最強武将の“浦和”。
しかも大宮と同様に徹底した“庶民仕様”の服装。
キャップ帽子にサングラスとマスク。
控えめなしまむらの衣服に身を包み、周囲に溶け込んでいる。
「奇遇だな。配下もつけず単身で。その装いは何だ?」
軽く目を細める大宮に、浦和は笑みを浮かべる。
「それは大宮もだろう? まぁ俺たちのような者が供を連れて軍服でこのような場所を歩けば、民を無用に騒がせてしまうからな」
大宮は苦笑した。
「そうだな。民の生活の実状を、この目で確かめたくてな。浦和もか?」
「ああ、そうだ」
互いに小さく笑みを交わす。
考えていることは同じだった。
「どうだ大宮? あっちにイートインコーナーがある。惣菜でも買って、少し話でもしないか?」
浦和が視線を向けた先には、簡素な丸いテーブルと椅子があった。
イートインコーナーの空いていた円卓の席。
そこに大宮と浦和は向かい合って腰を下ろした。
安価な椅子と簡素な材質のテーブル。
周囲では買い物帰りの客たちが惣菜を広げ、思い思いに食事をとって休憩している。
その中に静かに紛れ込む大宮と浦和。
民の中で、その名を知らぬ者はいない。
階級は同じ、ともに埼玉国を代表する中央の要職にあり、埼王ダ・サイタマ直属の臣下。
帝都さいたま市、いや埼玉国全土においても最強の武将である。
その実、水面下では事情が複雑だった。
帝都ではいまだ、旧大宮派と旧浦和派の役人たちが対立して燻り続けている。
その昔、合併の名のもとに一つとなったはずの都市は、内部ではなお派閥争いが収まっていない。
大宮は商業と交通の実利の力を誇り、浦和は行政の正統を誇る。
二つの派閥は互いに譲れぬ矜持を掲げ、庁舎の中では日々見えぬ火花が散っていた。
しかしながら、その頂点に立つ当の本人たちは違う。
互いにライバルでありつつも、良き友として信頼できる、無二の親友と認識し合っていた。
「……美味しいな」
大宮が、手にした惣菜の厚焼き玉子を口に運び、ふっと表情を緩める。
「小さい頃から地元のヤオコーには世話になってきた。こうして食べると、妙に落ち着く自分がいる」
その言葉に、浦和も頷く。
「ああ。こういう素朴な味こそ、馳走に勝る美味さがあるってもんだ」
周囲では笑い声が上がり、電子レンジの音が鳴る。
その平和な雑音が、殺伐とした庁舎に普段居る二人にとっては居心地が良い。
美味しい物を食べれば、人はとりわけ饒舌になる。
そして本音も出てくる。
浦和が静かに口を開いた。
「ダ・サイタマ様の専横は、日に日に増してるな。俺には、気分で国を動かしているように感じられる」
大宮が箸を止めた。
「同感だ。先日の布令も、現場の実情を完全に無視したものだった」
「帝都に宮殿を建てるってやつか。冗談かと思ったぜ。そんなもの必要ないだろう」
「だが異を唱えれば即座に粛清。それで役人たちは従わざるを得ない」
「まさに恐怖で縛る統治ってやつだな」
二人の間に、重たい沈黙が落ちる。
ダ・サイタマは、埼玉の三種の神器(埼器)を手中に収めている。
特にその中のひとつ、斉の鏡ミラージュ・サイ。
正当な埼玉国の王を映し出すと言われるその鏡が、ダ・サイタマを映し出したのだ。
それで当時の王であったコバトンが退位し、ダ・サイタマが埼玉の新王に就いた。
はじめこそ、強い指導者を求める声は確かにあった。
その圧倒的な存在感に、期待を寄せた民も少なくなかった。
しかしそんな期待は、ことごとく裏切られる。
重税は、月日を追うごとに増していった。
いや増すなどと、生易しいものではない。
絞り取る、と言った方が近い。
民が必死に蓄えたわずかな富を、ダ・サイタマは躊躇なく吸い上げるのだ。
私利私欲に走り、すべての権限を自分に集約させた。
力こそが正義、権力こそが秩序。
その頂点に立つ自分こそが、この国そのもの。
ダ・サイタマのそんな思想が、露骨に政事へと現れている。
民は顧みられず、人権などの基本的な権利も形骸化していった。
抑圧された環境で、やがて人々の感情は死んでいく。
黙って従う以外に選択肢がないと、心が麻痺しているのが埼玉の民の現状だった。
庁舎には始めこそ、独裁に異議を唱える役人も大勢いた。
役人だけじゃない、埼玉国中の活動家も立ち上がった。
しかし、そういった骨のある者たちを、ダ・サイタマはまとめて粛清した。
大量粛清。
彼らがどこへ行ったかは、誰もしらない。
見せしめとしては、それで十分だった。
やがて誰も不満を口にしなくなった。
進言も、諫言も、自殺行為に変わってしまったからだ。
残った活動家たちは解散し、役人たちは顔を青ざめて、ダ・サイタマに従わざるを得なくなった。
『恐怖がこの国を支配している』
誰も逆らわない。
誰も疑問を口にしない。
互いに監視し、互いに沈黙を守る。
波風を立てず、ただ耐える。
それがこの国の“賢さ”になってしまった。
そういう意味では、ダ・サイタマの政権は機能している。
皮肉なことに、その恐怖によって埼玉国は“回って”いた。
「中央の人間である我々も、同罪かな」
大宮がぽつりとつぶやく。
浦和は静かに目を伏せた。
「……よせよ」
短い言葉だったが、否定はしない。
ふたりの居座る円卓席に、近づく人影が2つ。
肩を落として溜息をつく大宮と浦和は、背後に迫るその気配に気づいていなかった。




